その1の1
試し書きです。
4話くらい投げます。
とあるお昼過ぎ。
王都北方のザベクの町。
薬屋の、正面扉が開かれた。
「いらっしゃい」
店長の男は、なかば反射的に、扉の方に声をかけた。
「失礼します」
少女が1人、店内に入って来た。
その背には、木組みの箱が見える。
彼女は長いさらりとした銀髪を持つ、美貌の少女だった。
外見年齢は、10代の後半。
服装は、少し冴えない。
質素で古びた衣服に、身を包んでいた。
それでも、日本のナンパ男であれば、彼女を放ってはおかないだろう。
彼女の容姿には、それだけの価値が有った。
だが、店長の男は、それを見て嫌そうな顔をした。
「チッ……。ゴブリンかよ」
彼がそんな顔をしたのは、来客の顔つきに問題が有ったからではない。
少女の種族が理由だった。
少女は人族では無かった。
ゴブリン。
古代の言葉で、『長い耳』という意味が有る。
その名の通り、長い耳が特徴の、森に住む種族だ。
人族という種族から見て、ゴブリンは侮蔑の対象だった。
ゴブリンの少女も、そのことは理解していた。
だが、自らの意思で人里に居る。
多少の理不尽は、受け入れる覚悟が有った。
「お目汚し、申し訳ありません。
今月の分のお薬を、持って参りました」
少女はそう言って、木組みの箱を、カウンターテーブルに置いた。
箱の中は、細かく区分けされていた。
30ほどに分けられたスペースに、1本ずつ、薬瓶が入れられていた。
瓶の中は、緑色の液体で満たされていた。
少女が作った薬だ。
負傷を癒やす、回復ポーションだった。
「ほらよ。代金だ」
店主はカウンターテーブルの上に、銀貨を転がした。
「ありがとうございます。あっ……」
銀貨を拾い上げた少女が、思わず声をもらした。
「何だ?」
「その……いつもより……」
銀貨の量が、減らされていた。
少女はそのことに、気付いてしまった。
「文句が有るんなら、よそへ行けよ」
店主は冷たくそう言った。
「えっ……」
「気味の悪いゴブリンの薬を、
わざわざ置いてやってるんだ。
店の評判が落ちるかもしれないのにな。
それで文句が有るってんなら、
よそへ行け。
俺は別に、お前の薬なんか無くても、
構わねえんだからな」
理不尽だ。
だが、その理不尽に対し、少女は逆らわなかった。
「……わかりました。
いつも、ありがとうございます」
少女は頭を下げた。
人里でゴブリンが生きるとは、こういうことだ。
仕方の無いことだ。
そんな風に思っていた。
「わかりゃ良いんだ。
わかりゃあな。
ホラ、代えの空き瓶だ」
店主の男は、空き瓶が入った箱を、カウンターテーブルに置いた。
「はい。それでは、また来月」
少女は、空き瓶入りの箱を背負った。
「おう」
ゴブリンが、店から去った。
その入れ替わりで、別の客が入ってきた。
20代後半くらいの、体格の良い男だった。
男の職業は、冒険者だ。
迷宮などに潜り、魔獣と戦うのが仕事だ。
荒事をこなすには、薬は欠かせない。
特に、回復ポーションが。
そういうわけで、男は店の常連だった。
「らっしゃい」
「今の客はゴブリンか?」
正面口の方を振り返りながら、冒険者の男が尋ねた。
「ああ」
「まだ縁を切ってなかったのかよ。
空気がまずくなるぜ」
「嫌われモンのゴブリンだ。
優しい俺が、取引してやらにゃ、
飢え死にしちまうからよ」
「優しい? お前が? よく言うぜ」
「うるせえ」
「そういやあ取引って、
ゴブリンなんかと何を取引してるんだ?
まさか、体でも買ってるってんじゃないだろうな?」
「バカ言え。
気味悪くて、ゴブリンなんざ抱けるかよ」
本音を言えば、店主はゴブリンの少女の容姿を、悪くないと思っている。
自分の女房なんかより、よっぽど良い。
許されるのなら、すぐにでも押し倒したいくらいだ。
だが、それを認めれば、ゴブリン好きの変態の烙印を押されてしまう。
ゴブリンを抱きたいなどと、口が裂けても言えなかった。
「まあ、そりゃそうだ。
それじゃ、何を?」
「そいつは企業機密ってやつだ」
「どこに企業があんだよ」
「うるせえっての」
「まあ良いや。
薬を見せてくれよ」
「おう。例の奴が入ってるぜ」
「ああ。これこれ。
すぐに売り切れちまうんだよな」
「1本銀貨5枚だ」
「チッ。足元見やがって。
命には変えられないけどよ」
「王都から仕入れた高級品だ。
手に入れるのも一苦労なんだぜ?」
「そいつは分かったが。
お前、いつの間に王都とのコネなんて作ったんだ?」
「企業努力ってやつだ」
「企業ねえ」
「買うのかよ? 買わねえのかよ?」
「買うさ。
今のうちに稼いでおかないと、
いつ廃業になるかもわからんしな」
「廃業? どっか悪いのかよ?」
「いや……。
これは城勤めの奴から聞いたんだがな。
城の連中は近々、
『勇者』を召喚するって言うんだな」
「勇者? なんだそりゃ?」
「知らないのか?」
「悪いかよ」
「勇者っていうのは、
外の世界から呼び出される、最強の戦士だ。
そいつが邪龍を倒して、
この世から魔獣が居なくなるんじゃないかって、
そういう話になってる」
「ふーん……? 勇者ねえ。
けど、ただの噂なんだろ?」
「そうだけどな。
もし本当だったら、俺たち冒険者にとっちゃ、たまらん話だ」
「ま、そうならんうちに、せいぜい稼いどくんだな」
「そうしよう。3本くれ」
「毎度あり」
店主は客に、3本の瓶を渡した。
その瓶は、ゴブリンの少女が運んできたモノだった。
……。
ゴブリンの少女は、家への帰り道を歩いていた。
(まさか薬代を、減らされてしまうなんて……)
突然の収入減少が、少女を少し落ち込ませていた。
(……いえ。
贅沢を言ってはいけませんね。
毎日ごはんを食べられるだけでも、感謝しなくては)
自分を励ましながら、少女は町を出た。
そして、町のそばの森へと向かった。
少女は嫌われ者なので、町には住めない。
だから、森に住んでいた。
少女の家は、木の上に有った。
ツリーハウスだ。
少女はハシゴを上り、自宅へと帰還した。
1人で住む家だから、中はそれほど広くは無かった。
少女は家の隅に、瓶の箱を置いた。
そして、壁にかけてあった弓矢を取った。
(さて、今日のばんごはんを、狩りに行きますか)
……。
弓矢を手に、少女は家を出た。
樹上から地上へ。
しばらく森を歩き、そして、矢を放った。
矢が向かった先には、1頭の鹿が居た。
少女は1本の矢で、見事に鹿を仕留めていた。
少女は鹿に歩み寄り、腰のホルダーからナイフを抜いた。
そのナイフを使って、血抜きと腸抜きをした。
後始末をすると、鹿を抱え、帰り道を歩いた。
途中、やや開けた場所についた。
そのとき……。
とつぜん、少女の前方の地面に、輝く図形が出現した。
(魔法陣……!?)
その図形が魔法陣と呼ばれるものだと、少女は知っていた。
魔法陣は、強く輝いた。
そして……。
(人……? 男の子……?)
魔法陣から、子供が現れた。
身長110センチメートルほどの、小柄な男子だった。
力を失った魔法陣は、跡形も無く消えた。
(こんな小さな子が、転移の魔術を……?)
空間を跳躍する転移の魔術は、非常に高度なものだ。
一流の魔術師であっても、たやすく使えるようなものでは無い。
それを、この少年が使ったのだろうか?
少女は困惑しながら、少年の様子をうかがった。
「ここ……どこだ?」
少年はきょろきょろと、周囲を見回した。
「ここはザベクの町の、東にある森です」
少女は少年の疑問に答えた。
「ザベク? 聞いたこと無いけど」
「そうなのですか?」
「ああ」
「あなたは遠い所から来たのですね」
「っていうか、なんで?」
「はい?」
「普通に道を歩いてたのに、なんでこんな所に居るんだよ?
お前が何かしたのか?
誘拐犯か? お前。
その鹿、お前が殺したのかよ?
人殺しか?」
「違います。
誘拐犯なんかじゃありません。
鹿は殺しましたけど、
食べるために殺したんです」
「俺も食べるのか?」
「食べません!
私は何もしてません。
あなたがひとりでに、ここに現れたんですよ」
「俺が? どうやってだよ?」
「それは……」
そのとき、少年の左手の甲が、少女の視界に入った。
そこに、赤く複雑な紋様が見えた。
ゴブリンの少女は、それが何であるのか知っていた。
「その紋章は……」
「もんしょー?」
「その、左手の甲に有る模様です」
そう言われてはじめて、少年は自身の紋章に気付いたようだ。
「えっ? 何だコレ? きもちわる」
彼は紋章を見て、気色悪そうにしてみせた。
「それは……伝説の勇者の紋章です」
「勇者って、父さんが好きなロープレの?」
「ロープレというのは良くわかりませんが……。
異世界からこの世界を救いに訪れた、
最強の戦士だと聞きます」
「最強? 俺が?」
「はい。勇者さま」
「勇者さまっての、止めろよ。きもちわるい」
「それでは何とお呼びすれば?」
「ユータ。俺の名前は、オーカワ=ユータだ」
「はい。ユータさま」
「さまって、止めろよ。ユータで良い」
「そういうわけには参りません。
勇者さまを呼び捨てにするなど……」
「うるせえなあ。俺が良いって言ってるんだよ」
「……それでは、ユータ」
「うん。
そういうお前の名前は?」
「私はゴブリンの、リーンと申します」