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〜とある公爵子息の嘆き〜
僕が公爵家の後継者である。それが最も重要で最も厳守されることだ。
なので、僕は一つ違いの弟と僕の違いをよく理解している。
家庭教師も多く、勉学も武術も弟より厳しい教育がされている。弟は僕が公爵になったら公爵領の三割ほどの領地の管理者になって僕を支える予定でそれなりに家庭教師が付いているが、僕ほど厳しいものではないし自由な時間も与えられている。
誘われる茶会の数も僕の方が多いし、衣装を作ることも僕の方が多い。
跡取りに相応しく、侯爵家のご令嬢が僕の婚約者だ。弟に婚約者はいない。当然、ここにも違いがある。
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そつなくこなしてきた婚約者侯爵令嬢との交流であったが、学園に入学し毎日顔を合わせるようになると少々口うるさいところが鬱陶しく感じるようになった。
そう感じていたところに現れた男爵令嬢は無知でただただ笑っていて、何より体が弛かった。僕が初めてであったときも手慣れた様子でリードしていたので、複数人と関係を持っていることは明白だったし、それらが誰であるかも取り巻きを見れば明白だった。僕が知らない者も複数人いると思う。
僕も外から見たら取り巻きの一人に見えただろうが、僕にとっては吐き出し口でしかなかったからそれでいい。そして、そいつらとのバカらしい与太話が気楽でよかったのだ。
ある日その男爵令嬢が第三王子と知り合いになりたいと言った。第三王子は公爵家に婿入りするし、僕は公爵家の跡取りであるため、すでに交流があったので紹介してあげた。
第三王子はすぐに落ちた。そういえば、第三王子の婚約者の公爵令嬢は生真面目で融通がきかず、僕の婚約者と仲が良かったことを思い出す。第三王子も婚約者に気が滅入っていたのだろう。
生真面目な生活。そんなものは婚姻してからで充分だ。婚姻までは好きにさせろ。男なら誰でも持つ欲求だ。
第三王子が取り巻きに加わったことで多くの者が遠慮して男爵令嬢から離れていった。残ったのは、僕と侯爵令息二人。
だが、第三王子は身持ちが固いらしく、またしても男爵令嬢から相談を受けた。公爵令嬢に虐められたことにして第三王子の同情を引きたいという。
「ついでに俺たちの婚約者にもしらしめましょうよ」
「だよな。ここで弱みを握っておけば婚姻しても優位でいられる」
「罪悪感を植え付けて、彼女―男爵令嬢―との関係も認めさせよう」
その頃には、侯爵令息たちとお互いの婚約者への不満を言っていた。三人共、婚約者と婚姻しても男爵令嬢との関係を続けたいと考えていたので、よい作戦だと思えた。
まさかそれらが国王陛下の監視下にある者たちに見張られているとは思いもしなかった。
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第三王子はどうやら男爵令嬢に本気のようだ。だから手を出さないと宣言していた。僕たちがすでに手を出しているとは考えていないようで、僕たちのことを二人の間を取り持つ者たちだと思っているようだった。あながち間違いではない。
しかし、第三王子と男爵令嬢が愛人契約ではなく婚姻となったらさすがに僕たちは手を出せなくなる。かといってその男爵令嬢に拘る必要もなく、『男爵令嬢との付き合いはお二人が婚姻するまでだな』と三人の意見は一致した。
そしてパーティー当日。
第三王子から贈られたという高価なドレスに身を包んだ男爵令嬢を庇うように立ち、自分たちの婚約者を責め立てた。婚約者たちを公衆の面前で罵り、それを赦してやる大きな男であるとアピールすることが目的だ。
「お前のような性格が醜悪な女と婚姻などできるものかっ! 婚約解消だっ!」
少し驚いた。第三王子が男爵令嬢に本気だとは思っていたが、まさかここで婚約解消を突きつけるとは……。
しかし、僕は男爵令嬢の顔を見てさらに驚いた。目を潤ませてうっとりとして第三王子を見つめていたのだ。僕に向けたことがないその顔に僕は強く嫉妬した。