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Ep.9 二人のゴシックと賑やかなカレー

 街中で銅たちは目立つ。背が高くがっしりした男前に、グラマラスな美人、黒髪の清楚で可憐な少女。ここに美狼や一路が居れば、より視線を集めるだろう。

 そしてその中に混ざる銅も、ある意味目立っていた。


 幼馴染みといる時、身長差が二十センチ近くあるので、時折、視線を受けることはあるが、今日は自分が芸能人かと錯覚する程に視線が突き刺さる。

 いや、厳密に言えば銅の横を見ているのだが。


 駅を出て商店街、工場跡地と過ぎ、マンション(基地)のエントランスへ着いた時には空が闇に包まれていた。

 四人はエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。皆を乗せた箱は止まることなく十七階まで上がっていく。


(そういや、どこの階に何があるか、ほとんどわっかんねぇなー)


 エレベーターの階数が大きくなるにつれ、そんな事を考える。

 銅は結局まだ建物探検をしておらず、十五階に大浴室、十六階に一路の部屋があること以外知らないのだ。

 今度建物見学でもするか、と思い立つ。


 ポン、という音でエレベーターが開き、手前の千坂から順に降りていく。

 どうやらこの階には、銅たちの部屋以外ないようで、廊下には白いドアとエレベーター横の階段だけが鎮座している。


 生体認証でドアを開けた千坂に続いて、のそのそと部屋に入る。

 列になって短い廊下を抜け、リビングに入った瞬間、香ばしいカレーの匂いが鼻を掠めた。


 キッチンで料理をしていた一路は、部屋に入ってきた皆に気づき、ドアの方へ視線を投げた。


「皆、おかえり。(……あれぇ、美狼が見当たらないってことは、まーた道草食ってるのか。これが続くようなら主人に報告だな…。)まぁ、皆はとりあえず好きに過ごしてて。夕食の時間になったら声掛けるよ」


 途中、小声になって聞き取れなかったが、一路の言葉にそれぞれ短く返事をすると、各々自室に足を運んだ。



* * *



 月輪はキッチンの前を横切り、三枚並ぶドアの一番手前、黒いドアをくぐった。


 ただいま、我が城。


 入ってすぐ右手には、簡素な洗面所とシャワールームがあり、この一部屋で大体のことは済ませられる。

 一人用テーブルやベッド以外に筋トレグッズが幾つも置かれ、清潔で程よく男性的な部屋。それが月輪の城だ。


 部屋の電気をつけ、すぐにベッド脇の窓に青いカーテンを引く。

 筋トレグッズを跨いで部屋を横断し、来た道を辿る。

 洗面所で丁寧に手を洗い、硬くなった背筋を目一杯伸ばした。


「よし、報告書でも済ませるか!」


 気合いを入れる為、やるべき事を言葉にする。これは有言実行という、月輪の志しからの行動だ。


 早々にジャージへ着替え、丸テーブルにつく。

 何となく椅子を二つ用意したのだが、今のところ片方は荷物置きになっている。椅子に座る度、どうも気になってしまう。


 デジタルスクリーンに名前を記入して、各項目を埋めていく。出来るだけ世界指揮官が読みやすいよう、簡潔に。

 それでも、書くことはいつもと大差ない。些か進展状況が心配になるが、CHCの任務は長期を見越している。結果的に前進してればいいか、と眉間を抑えた。




 一方その頃、銅は自室前に置かれていたスーツケースを広げ、荷解きをしていた。

 普段は使わない筋肉を惜しげも無く使ったせいで、体に疲れが貯蓄されている。銅は時々肩を回し、こりを誤魔化す。


 といっても、持ってきたのは服や歯ブラシ、タオルくらいなもんで、特に大事なものは家族写真だけだ。


 元々自室には最低限の家具が備わっている。黒ベースに白いラメが散りばめられた、お洒落なカーテン。シックなブラックカバーのベッド。

 他にも時計やクローゼット、何故かドレッサーと姿見も置いてある。


 自分の荷物を仕舞うと共に、簡単な配置替えをする。

 一通り終えたところで時計を見ると、夕食まではまだ時間があった。昨夜は二十時に夕食だったから、今日も同じような時間だろう。


 何かしようか考え、風呂で疲れを落とすことに決めた。

 タンスへ入れたばかりのバスタオルと着古した部屋着を持ち、息急きと自室を出た。


 テレビを見ている千坂と、料理中の一路に軽く会釈し、部屋を後にする。

 ドアの斜め先、エレベーターの前で足を止めるが、二階下ならと考え直して階段で行く。

 銅なりに、少しでも体力作りを心がけるつもりなのだ。

 階段の上がり下がりだけで、そう簡単に変わるものでもないが。


 十五階には大浴場があり、まるで高級ホテルのような造りになっている。浴室中も申し分ない広さで、ほとんど貸し切り状態になっている。


 シャワーを浴び、熱めのお湯に浸かる。この熱さに慣れれば、たちまちそこは天国になるのだ。

 くたびれた体をセルフマッサージして、きっかり十五分後にお風呂を出た。



 タオルで頭をかき混ぜ、適当に水気を取りながら廊下を歩く。

 そのままの流れでエレベーターに乗りかけ、自分が楽をしようとしていることに気づく。


 やはり、ここは階段で行こうと思い直した時、遠くから声が聞こえてきた。


 声の行方は上の階からで、それが段々と大きくなり、やがて声の主が姿を現した。

 銅よりも身長の低い男女。二人は髪色や瞳の色が酷似していて、外面的には姉弟に見える。


 少年の方は銅と目が合うと、いち早く少女の前に立ちはだかった。

 容姿に似つかわしくない眼光は、明らかに敵意を表していたが、少女は反対に、冷静でいて興味深そうな眼差しを向けた。


「あら、こんばんは。貴方どちら様です?」


 絹のような白くウェーブがかった長髪に、黒いゴシックドレスを身に纏った少女は、初対面の男に怯むことなく真っ直ぐな言葉をぶつける。


「ど、どうも。あの俺十七階に住んでいる者ですが……」


 少なくとも前の二人は関係者なのだろうが、自分のことを話していいか分からず、ひどく曖昧に答える。

 銅の濁した返事を聞いて、少女は小さく頷いた。


「貴方が第二隊の新人ね。大凱さんから話は聞いているわ。(わたくし)は偵察班の白雪(しらゆき) カロナです」


 自己紹介をした白雪は、少年の横をすり抜けて白い手を差し出した。


「どうも。俺は銅 逸実っス。よろしくお願いします」


 小さく柔らかな手を握り返し、色素の薄い茶色の瞳を見る。


(身長は奏陽と同じくらいか? にしても、こんだけ似てるならこの子達は姉弟なんだよな。二人ともまだ中学生に見えるけど…)


 幾つも浮かぶ疑問に、不躾ながら視線を這わせてしまう。銅のそんな思考に気づいたのか、白雪は微かに笑った。


(わたくし)、こう見えて十八歳なの。それに彼も先日、十八歳のお誕生日を迎えたのよ。ちなみに(わたくし)達は姉弟でもないわ」


 律儀に答えてくれた言葉に、ある種の感心を寄せる。


(へぇ、姉弟じゃないのか。十八歳で同い年――)


「ええっ!? 色々と、ええっ!?」


 少年に視線をやった白雪は、驚きのあまり声が出た銅に対して、クスクスと肩を揺らした。

 反応が面白かったらしい。


「自己紹介が遅れて悪い。俺様は空閑(くが) 銀治(ぎんじ)だ。白雪と組んでいる。……して銅。今後俺様に偉そうな口を聞いたら、いくら戦闘班と言えど容赦しない。肝に銘じておけ」


 白雪より少し小さい背。意志の強そうなラピスラズリの瞳。

 膝上丈の黒いサスペンダーパンツに、ふわりとした黒いブラウス。襟元の青く大きいリボン。


 ゴシックファッションなのか、それとも中世貴族の子供をイメージしているのか。

 とにかくそれも相まって、実年齢より幼く見える空閑が、突如として辛辣な言葉を放った。


「よく分かりませんが、とりあえず気を付けます!」


 銅の方が年上のはずだが、つい敬語で返してしまう。


「銀治、初対面の方に失礼なこと言わないの。全く、甘やかしすぎたみたいね。育て方を間違えたわ」


「白雪に育てられた覚えはない。だが、言葉を選ぶべきだったな。…俺様は少々幼く見えるし、こんな服を着せられている。舐められないように牽制してみたんだ」


「いいっスよ、気にしないで」


「有難う。それでは俺様たちはこれで失礼する。部隊の皆によろしく言ってくれ」


「ではこれで。ご機嫌よう」


 ゴシック貴族ペアは、優美な所作で頭を下げ、銅の横を通り過ぎていく。


(……ンン、個性が強すぎるなぁ)


 銅は二人の後ろ姿を見送り、乾きかけた髪を意味なく拭いて、階段をかけ上った。



「あ、もうすぐ夕飯だから席についてね」


 部屋に戻ってすぐ、一路が声をかけてきた。リビングに誰かが入ってきたた時、最初に声をかけるのは毎回一路だ。

 見れば遊馬以外は揃っていて、夕食の準備をしている。銅も急いで準備を手伝い、テーブルに料理を並べる。


「おーい、美狼。もう夕食だから一旦ストーップ。ほら、ちゃんと座って。シドちゃんもご飯だよ!」


 ソファの方で一人、レモンをつまみに酒を飲んでいた美狼は、一路の言葉に顔を顰めつつ、鈍重な足運びで椅子まで歩く。

 その五秒後、謝りながら部屋から出てきた遊馬と、準備を終えた月輪たちが席につき、夕食が始まった。




 談笑を交えた夕食は楽しく進み、食事が終わる頃には、何を話していたか覚えていない程、とりとめのない話ばかりが話題に上がっていた。


「そういや、大凱さんって偵察班じゃないっスよね?」


 今話していることも終盤に入り、話題を変えようとした時、さっき会った白雪たちを思い出した。


「風呂の階で白雪さんと空閑さんに会ったんスけど、大凱さんと知り合いだったみたいで。…あぁ、でも同じW.R所属なら皆さんも知り合いか?」


「カロナと銀治は知り合いだけど、僕は偵察班じゃないよ。籍はまだ戦闘班かな。でも元々は技術班だったし、この任務が終われば、とりあえず戦闘班は辞めるつもり」


「ほへぇー。それで、他に班はあるんスか?」


「戦闘班、技術班、医療班、偵察班の四班かな。その中でも細かい割り振りはあるけどね。あと、W.Rはそれなりに大きい組織だから、全員が全員を知ってるわけじゃないよ。ほら、細胞の名前全部を覚えられないのと一緒さ」


「あぁ……。なるほど、そうなんっスね」


(例えがびっみょー…)


 思うことが銅と同じだったのか、美狼が犬歯を覗かせて、横の一路を見ている。


(はぁ? ンな微妙な例えあっかよ)


「はぁ? ンな微妙な例えあっかよ」


 心の声を漏らした美狼は、結局悪びれた様子もなく、また酒を煽り出した。


(…ぶっちゃけるなぁ)


 反応に困った銅は一路を見たが、彼は怒る素振りすら見せず呑気に頬を掻いている。


「分かりづらかったかぁ。ていうか、わざわざ例える必要もなかったね。まぁ、詰まるところ、僕は連絡係兼雑用係だから、所属とか班とかないも同然かなー」


 そういって、話は終わりとばかりに席を立ち、皿を片付けだした。

 そんな一路を皮切りに、月輪たちも片付けを開始したので、銅は倣うように立ち上がり、大きく息を吐いた。


(これからはこんな日々が続くのか)


 一人暮らしのせいで、いつの間にか寂しさを感じていたらしい。

 こんな騒がしい生活も悪くないと、銅は知らず知らずのうちに微笑んでいた。その笑顔を偶然見てしまった美狼は、うわっヤなもん見ちまった、と盛大に顔を歪めた。

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