Ep.7 新章には危険とスリルが必須
一か八か、避けられるかもしれないから、と。
足下で青白い光線が伸びている。
爪先スレスレで当たらなかった光は、後ろの工事看板にぶつかり、けたたましい音を鳴らした。
強い力で地面を蹴ったせいで、空まで飛んだ体は重力に従って落ちていく。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい!)
こっちを見据えて飛んできたCを、眼下に捉えながら、落ちる体がCにぶつからないよう、必死に体をスライドさせて地面を目指す。
幸い動体視力も上がり、Cの体が小柄なこともあって、接触する寸前でギリギリ交わすことは出来る。
Cを意識しつつ上手く着地する、なんて高度な技術はないが、近づく地面への衝撃を考え、膝だけは曲げるつもりだ。
銅の後を追い、落ちてくるCとの距離を図ると、もう一度地面を正視する。
腕と足を大きく広げて、大の字の形で着地姿勢を取り、地面が触れた瞬間に膝を曲げた。
「フンッッ!」
相撲取りのような格好で不細工に着地した銅は、足から走りくる痺れに何とか耐え、瞬時に上を向く。
Cの落下地点は自分の上だろうと踏んだ銅は、ギリギリまで留まり、すんでのところで左に跳んだ。
――ドンッ
余韻の痺れで未だ目に涙をこさえたまま、Cの着地した地面を見た。
そこには、体の大きさから想像もつかない程の深い足跡が、コンクリートに残っていた。
(攻撃するとしても、拳より足技の方がまだ痛くないよな)
昨夜、月輪から説明された話では、解眼によって異空間に飛ばされれば、Cを壊すか、自分たちが再起不能にならない限り、現実空間には戻れないらしいのだ。
つまり、Cの気配に気づいて月輪たちが来てくれるのを待つか、銅が自らの手で倒すしか方法はない。
ここで問題になるのは、銅に実戦経験がないことだ。
アニメや漫画のおかげで、どんな技があって、どんな風に有効かは一応知っているが、銅には平均並の力しかないだろう。
(こうなりゃ、やりたい放題やるだけだ…。これ以上逃げても埒が明かん!)
意を決した銅は、およそ十メートル先にいるCへ一気に詰め寄り、先ほどの光線が出せない距離で蹴りを、と考えたのだ。
身体能力が格段に上がっている今なら……。
一瞬の出来事に、動きを鈍らせたCは、左脇から炸裂された銅の蹴りを辛うじて受け止めた。
蹴りによって体がくの字に曲がったCは、電柱にぶつかり、そのまま倒れ込んだ。
大きい損失はないようだが、胸元の青い光が不規則に点滅している。
しかしさすがロボットだ。ゆらゆらと立ち上がったCは、青い光に触れた後、銅に向き直った。
さっきの蹴りで、足に鈍い痛みを感じるも、特に異常はないようで、その足で間合いを取る。
(倒すには……。もっと勢いのある攻撃をするしかないか)
Cがどんな技を使えるか分かっていないが、人間以上の丈夫さと、謎の光線が使えることは確かだ。
一定以上離れているなら躱すのみ。手足が届くなら直接攻撃。今は回避することに専念し、また隙を見て、より強い力で攻撃を与える。
「来るなら来い!」
自身に喝を入れる為、大声を出して身構える。
それから十秒、ただ見つめ合うだけでどちらも動かない。
「う、動くなら動くって言ってくれよ!」
もう一声かけるが、Cが言葉を返すことはなく、固まるCへ一方的にでかい声を浴びせるチンピラ図が完成している。
「ッセ! お前マジでうっせェ!」
銅が一方的に叫んでいる中、どこか知っている声が、頭上の方から聞こえてきた。
「アイシクルブレット!」
続けて月輪の声がしたと思えば、Cの脳天に巨大な氷柱が突き刺さり、氷ごと砕け散った。
突然の登場に仰天する銅は、建物の屋根にいた二人を仰ぎ見る。
「予定外のことが起きて遅れてしまった。怪我はないか?」
いつの間にか降りていた月輪は、銅の前に立ち、視線を合わせた。
「大丈夫ッス。むしろ有難うございます」
「何も無いなら良かった。では早速だが、俺たちについてきてくれないか。一度合流したいんだ」
「了解しました。…ってもしかして、また担がれるんスか?」
そう言って昨日のことを思い出す。いくら月輪が逞しいからと言って、成人男性を抱えながらの移動は、辛いのではないだろうか。
「もし、これが使えなかったらそのつもりだが、一度使ってみてくれ」
右手を差し出され、反射的に受け取ったものは金属のブレスレットだった。
チャームのような丸い飾りがついている以外、何の変哲もない、少し太めのアクセサリーにしか見えない。
「これはアンクレット型の空気抵抗機だ。使い慣れるまでは難しいかもしれないが、まずはアクセサリーのように足に付けてくれ」
言われるがまま足首につけると、若干の重みは感じたが、動くのに邪魔になる程ではない重力が加わる。
「脳からの伝達機能で動くからな。上手くいけば空に浮いたり、走ったりが出来る。足首に集中して空を駆けるイメージを浮かべるんだ。それから地面を蹴って空を切る。ほら、やってみて」
「んなすぐに出来っかなー……」
半信半疑で説明された通りのことをしてみる。月輪は既に屋根の上で、隣にいる男と銅を見ている。
銅は視線を感じつつも、目を閉じて忍者をイメージをし、思い切って跳ね上がった。
体が重力に勝ち、地に足がついていないのを感じた途端、体の軸がブレて体全体が左右に揺れ始めた。
「うおぉぉぉ! すっげー酔いそう! これ、どうすりゃ降りられるんだ!」
顔色が悪くなった銅を見兼ね、月輪が肩を支えた。
「伝えるの忘れてたけど、飛ぶ時とは反対に、集中力を途切れさせれば降りられる。…そうそう、そんな感じだ。正直、空中で体を止めることより、走ることの方が簡単なんだ」
「だったらそう忠告してくださいよ!」
「すまない。君の素質を見たくてね。うーん、ポテンシャルは高いみたいだが、すぐに焦るのは改善点だな」
キレ気味の銅を気にもせず、月輪は笑い飛ばして評価までくだした。
「はぁ……。ンで、走る時と止まる時はイメージすればいいんスか?」
「ああ。だが初めての場合は、片足でも両足でも、踵でブレーキするように止まった方が、色々安全ではあるな。…そういえば初訓練の時、シドが両足で止まったのを見て、少々不格好だったからか、美狼が鼻で笑ってな。それを見た指揮官に頭をはたかれていたんだ」
銅に教えを施していたと思ったら、突然思い出話をされ、銅は面食らう。
(そういや、昨日の報告の時も話が逸れてたな。なんか、蒼志さんの性格が手に取るように分かるわ…)
ペラペラと喋る月輪の横で、銅もその様子を伺っていた。出会ってまだ二日目。この話を止めていいのかも、止めるタイミングも分からないのだ。
「蒼、いつまでくっちゃべってるんだヨ。えーっと、隣の……三白眼も待ってるぞ」
悩んでいる銅が焦れったくなったのか、さっきうっせェと言い放った声が、今は天からのお告げのように聞こえてきた。
「またやってしまったか。逸実もストップかけてくれて良かったのに。俺、喋るのが好きでいつまでもペラペラ喋ってしまうんだ。次からは止めてくれ」
銅と屋根の上にいる男に一言謝ると、そろそろ行こうかと地面を蹴った。
それに続くように銅も空へ飛び、月輪の後にくっつく。そこでやっと、屋根にいた男と対面を果たした。
「あ、彼は美狼だ。W.Rの中にある秘密部隊の一人で、もの凄く強いやつなんだ」
思い出したように美狼の紹介をした月輪は、満足気に二人を見る。
ここで社交辞令でも何でも、一言あると思っていた銅は、じっと前髪から覗く深い金色の目を捉えるが、相手は一向に口を開かない。
「…美狼さんってかっこいい名前っすね」
沈黙に耐えかねた銅は、当たり障りない言葉を伝え、相手の出方を伺う。
「ハッ、本名じゃねェけど」
それだけを吐き捨て、すぐに顔を逸らしてしまった。
見た目といい、態度といい、名前といい、彼の全てが野生の狼みたいで、銅は安易に近づかんべきだなと悟った。
一方の月輪は、会話を交わしたことが嬉しかったのか、終始にこやかな表情である。
銅だけが気まずく感じるまま、月輪と美狼に倣って空へ飛び上がった。
二人は銅に合わせるよう、昨日より落ち着いたスピードを保ち、前を走っている。
その空を駆ける御業は完璧玄人だ。反対に、ど素人はたまにバランスを失い、屋根を蹴りながら進む。
一駅分は移動した頃、前を行く人影の片方が振り返り、銅のそばまで下がってきた。
「進みながら耳に入れてくれ。忘れているかもしれないが、荷物はスフィアプテロが運んでいるから安心しろ」
「スフィアプテロ?」
「本来は監視する為の機械なんだが、二十キロに満たないものなら運べるんだ。俺たちの住居である基地が帰還場所になっているからな、自動で戻るはずだ」
「ほぇー、未来って進んでるんスね」
「まあ、科学技術だけは目覚しい発展をみせている。医療技術も少しずつ成長しているのだが、Cのようなサイボーグやロボット、昔やっていたアニメの未来グッズとやらの方が、金持ちや国には必要らしい」
いつの時代も、金持ちが経済を回している。月輪の話を聞き、銅はつくづくそう思う。
「W.Rも例に漏れず、偵察用だったり戦闘用だったり、その技術を活用しているのだが、富裕層も無駄なお金でそういったものを作っている。やっぱりその金や技術は良い事に使うべきだよなー」
沁々と語る姿は、彼にとって大事な何かを、回顧しているように思える。
小さく相槌を打ち、深くは追求しないでおく。
「とにかく、この動きに慣れるのが先決だ。ちなみに今向かっているのは、神某駅近くの商店街な。先ほどまで千坂たちが見回りしていた地域だ」
「そういや、昨日もあの辺りにいましたよね」
「昨日は偶然あそこでCに遭遇したが、今日は危険信号を探知してな。だから逸実を迎えいってから合流しようと思った。まぁ、Cの姿は見られなかったから安心して」
それからは、空気抵抗を慣らす為に走って飛んで、月輪が提供してくれる話題に耳を傾けた。