表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

Ep.6 新たな生活でさっそく死亡フラグ

 どこからか聞こえてきた生活音に意識が浮上していく。

 ゆっくり瞼を開き、見慣れぬ綺麗な白い天井を目に馴染ませる。

 飛び込んできた陽の光に、昨日の出来事を鮮明に思い出す。


(そうだ、昨日からここにお世話になってるんだった〜。……って、今何時だ!?)


 覚醒した脳で、枕元のスマホを探す。

 スマホに表示された時刻は、講義一時間前を指している。


「まずい…!」


 部屋に備え付けの洗面台で顔を洗い、寝癖を治した所で、服がないことに気づいた。

 昨日はなんだかんだありつつ、ご飯食べて風呂入って疲れから直ぐに寝てしまったのだ。


 一路か月輪にでも借りなければと焦って自室から顔を出すと、リビングには既に月輪以外の人たちが揃っていて、それぞれ優雅に過ごしていた。


「おはよう、逸実くん」


「あ、皆さんおはござッス」


 いち早く銅に気づいた一路が、キッチンから挨拶を投げかけてくれたので、銅は緊張せず全員に向かい挨拶が出来た。


「すんません大凱さん、俺の服ってどうなってます?」


「あぁごめん。まだ生乾き状態だから、今日の所は僕の服で我慢してくれないかな」


 家事を担当しているという一路は、申し訳なさそうにキッチンから出て銅の体を下から上へ眺める。

 その動作から、体型や身長を目測しているのが分かった。


「逸実く〜ん、本当に大凱さんの服でいいの? 昨日の見たでしょ。難ありティーシャツ」


「確かに、(いち)さんの服は人類のセンスと少しズレてると思います。思わざるを得ません」


 ソファに座っていた女性二人は、身を乗り出してまで一路のセンスを評した。

 そんな辛辣な意見に、一路は眉を下げて悲しいとアピールする。


「えぇー、みんな手厳しいな。僕にもティーシャツ以外の普段着はあるし、あのティーシャツたち可愛いじゃないか」


「あの、とにかく借してくれるのであれば何でも有難いッス。それと、今日は色々持ってきたいものあるんで、アパートに寄ってから帰りますね」


「そういえばそうよねぇ。よし、学校帰りも危険かもだから、誰かについてもらうことにしましょ。蒼くんに話しておくわ」


「分かりました。あざっす」


 銅はお礼を伝えた後、一路が用意してくれたトーストとスクランブルエッグを頬張り始める。

 あまり時間がないので急ぎつつも味わい、皿をキッチンへ持っていく。


「逸実くん、これ。サイズ的には着られると思うから、今日はこれで我慢してね」


 自室へ戻ろうとした時、一路に呼び止められ、下の階の部屋から持ってきたのであろう服一式を渡された。

 渡された服は意外にもシンプルで、これなら着られそうだと静かに息を吐く。


「あざっす! これは俺が洗濯して返します」


「いいよ。洗濯は僕が一気に済ませた方がいいし、気持ちだけ受け取っておくよ」


 物腰柔らかに断り、もう時間じゃないかと銅を急かす。

 銅は遠慮気味にも了承し、自室に戻る。リュックの中身を簡単に確認し、スマホを手に取ったタイミングで着信が入った。


 画面には天利の名前が表示され、彼の性格を表すように明るく忙しなく着信音が鳴る。


「はーい、もしも」


「あっ! やーっと出たな! 何回電話したと思ってんの!」


「悪い悪い、今気づいたんだよ」


「これだから携帯を携帯しない人は…。ほんと、逸実の面倒を見るのは、ミカンの皮にスイカの中身を詰めるくらい大変だよ」


「なんだその例え。よく分かんねぇわ。でもごめん、そういや駅で待ち合わせてたな」


「その様子だと今思い出しようだね、ちみ。今どこにいるのかね」


「ちみって何だよ。それにその喋り方も流行ってないぞ」


「いちいちツッコミしなくて良いから!」


「悪い悪い。実は急遽昨日から知り合いのところに世話になっててさ。だから先行ってくれていいよ。お詫びに昼飯を献上致します」


「全くもう。とりあえず学校で待ってるから、遅れず来いよ!」


「分かってるよ、じゃあ」


 回り道をしながらも通話を終わらせ、借りた服を着て家を出る。

 リビングからは「行ってらっしゃい」と声を掛けられ、気恥しい気持ちで「行ってまいりやす」と返事をした。



* * *



 カラッと晴れた空の下、駅までの道を教えられた通りに進む。

 駅のホームは通勤ラッシュを過ぎている為、比較的空いている。


 ちょうど滑り込んできた電車に乗り込み、あいていた角の席に座った。

 いつもなら乗り換えをするところだが、この駅からは一本でいけるようだ。

 落ち着いた気持ちで窓の外に目をやる。


 銅が住むことになった場所は、緑が広がっている山々と街の境目辺りだ。マンションの窓からは緑と街を堪能できるが、この車窓からの景色は都会になっていく。


『NEXT,藍渓(あいけい)大学駅』


 二十分から三十分は、電車に揺られただろう。大学の最寄りである駅がアナウンスされた。

 同じ目的の学生たちと共に電車を降り、気持ち足早で大学へ向かう。




 何とか遅刻せず講義室に入ると、銅に気づいた天利が手を振る。どうやら席を取っておいてくれたようだ。


「おはよ、今朝は悪かったな」


「それはいいんだけどぉ……。まさかのまさか彼女が出来たとかじゃあないよな?」


 席につくなり天利は銅の肩を小突き、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「別にそんなんじゃねえよ。第一、この俺に春が訪れると思ってんのか」


「うーん、言われてみればそうか。逸実に彼女なんて想像つかん。だけど、そのシャレオツな服は初めて見た」


「あぁ、昨日から世話になってる人が貸してくれたんだよ」


 簡潔に伝えた途端、何故だか天利が驚愕した。


「なっにぃー!? それが巷で噂の彼シャツってやつか! いやはや、逸実が着ると大人っぽ不良のスカシコーデって感じだね」


「はァ? 言ってる意味はよく分からんが、ちみが褒めてないってのは伝わったよ」


「十分褒めてるよ! ただ、逸実らしからぬ服装だったからちょっとビックリしただけ。…ほら、その服のおかげか斜め後ろの女子がチラチラ見てるぞ」


 早口で捲し立てられ、いつも通り天利のペースに巻き込まれる。

 そのままたっぷり怒涛のトークが続き、教授が入ってきたところでやっと解放された。




* * *




 長い講義が終わり、遅めのランチを済ませた二人は、それぞれ別の用事があると大学内で別れた。


(そういや千景の(あね)さん、誰かをつけてくれるとか言ってたけど、連絡も入ってないし、あの話は流れたのか?)


 今朝の話を思い出したが、千坂たちも何かと忙しいはずだと考え直す。

 このまま時間を潰すのも癪で、千坂には連絡だけ入れ、自分のアパートに戻ることにした。




 昨日と同じくらいの時間で、駅はそれなりに混んでいる。昨日みたいにならないよう、意味はなくとも肩を狭ませ、人の顔を見ずに歩く。


 駅からアパートまでの道のりも、人通りの少なそうなところを選び、無事、頭痛に襲われることなく、アパートまで帰ることが出来た。

 たった一日帰らなかっただけで、懐かしさを感じる。


 都会では無いからか少し広めの1Kは、必要最低限の家具しか置いていない。

 タンスや本棚から必要なものを出し、リッュクとスーツケースに詰め込む。


 作業はすぐに終わり、元々少なかった部屋の中身は、よりスカスカになった。

 名残惜しみつつ、ドアの鍵を閉め、アパートを後にする。


 新たな家へと帰る前に、スマホを確認して、千坂にもう一度メッセージを送る。


(時間もあるし、ゆっくり行くかぁ)


 リュックを肩にかけ直し、先ほど来た道を戻っていく。

 アパートから真津(さなづ)駅まで、約十五分かかるところを、いつもより遅いペースで進む。


 商店街を抜け、次の交差点を左に曲がろうとした時、後頭部を鈍器で殴られたような痛みが、突然襲ってきた。


(まずい、解眼の合図だ…!)


 瞬時に悟った銅は、ここで解眼する訳には行かないと、強烈な頭痛に耐える。

 それでも痛みは増すばかりで、十秒もしないうち、ギブアップした。


 街は一気に静まり返る。人がいないということは、異空間へ移動したということだ。



 ――キュイィィィィィン



 後ろから機械の起動音に似た甲高い音が響く。まるで銅を脅かす為に鳴らしたような音で、その思惑通り銅の背筋は凍りつく。


 ゆっくり振り返ると、少し離れたところに小さな人影が見えた。

 まだ人の形は分からないが、足を竦ませた銅に一歩一歩近づいてきているのは分かる。


 徐々にはっきりしてきた形は銅の予想より小さく、人間でいえば小学低学年くらいの大きさだ。

 ロゴの入ったシャツに、ピンクのサロペットを着た格好は人間。しかし、不自然なほどに大きい闇色の瞳と関節部分は明らかにCのそれ。


 姿を認識したところでやっと我に返った銅は、そーっと後ずさりながらも、Cから視線を外さない。


 Cが立ち止まりこちらを見据えた瞬間、銅は脱皮の如く走り出した。

 どのタイミングで逃げればいいのか分からぬまま、とりあえず走ったのだ。


(……ん? あれ? 体が軽い!)


 銅自身が自覚した時には、もの凄いスピードで駆け抜けていた。そう、人間の身体能力では考えられない程の速さで。

 すぐに止まれない体は交差点を曲がり、Cの視界から隠れるように走る。


 これはまさに鬼ごっこだ。それも無人街でのデスゲーム。

 また先の角を曲がると、その通りには道路工事の看板が立てられていた。

 人はいなくなっても街並みは変わらない為、道路に空いた穴もそのままだ。


 思わぬ行き止まりに銅の思考と足はストップし、またも追い詰められる。

 遥か後方に見えていたCも着々と近づいて、遂に数メートル先で止まった。


 絶体絶命と思われたその時、上から月輪たちが……というご都合展開などある訳もなく、Cは無情にも銅に右手を向けた。


 ――ブイィィィィィン


 空気の振動音と手のひらに集まっていく青白い光は、死のカウントダウンを知らせてくる。



「うぉぉぉぉ! もう、どうにでもなりやがれ!」



 ビームが放たれる瞬間、銅は叫びながら真上にジャンプした。

 一か八か、避けられかもしれないから、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ