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Ep.5 W.R戦鋭第二隊の大型新人

 ――ガチャ


 先ほどあんな戦闘を見せられたのだ。どんな奴が入ってくるのかも分からない銅は、警戒レベルマックスで厳つい表情を作る。


 心持ちゆっくり開くドアに向かって、ファイティングポーズをとる。

 何事も形から入るタイプなので、本当にただの()()()でしかない。


「あれ? 見知らぬ少年がいる」


 ドアが開いて一番、優しい声色が聞こえたと思ったら、白い眼帯をした薄水色の男性が立っていた。


 銅と同じくらいの目線にターコイズブルーの涼やかな片眼。月輪が偉丈夫なら、こちらは随分な色男だ。


 そして、その容姿の良さを打ち消す『ウサギと亀』という可愛らしいフォントに、小学生の絵にしか見えない、兎と亀の落書きがプリントされたティーシャツ。

 今どき幼稚園児でも着ないであろうデザインだ。


(いやいや、激ダサティーシャツを着てる眼帯つけたイケメンって、色々目に余るだろッ!)


 ほんの数秒で目の前の男にツッコミを入れ、恐る恐る口を開く。


「いやそこじゃないよな……。えっと、どちら様で?」


 口をついて出たのは、何とも間抜けで愚直な質問だが、他に言葉もなく、銅はただただ返事を待つのみである。


「冷凍品あるから、まずこっち片付けさせてね」


 眼帯の男は手に持っていたらしいエコバッグを、顔の高さまで持ち上げてみせた。

 銅は右に寄って通路を空け、男が通り過ぎるのを待ち、何となく後に続く。


 リビングに戻ると、月輪は水を飲む手を、遊馬は本を読む手を、千坂は自室に入ろうとする手を止め、今しがた入ってきた男に振り返った。


「お疲れ様です」


「おっか〜。うち、お腹空いてきたんだけどォ」


「お帰り大凱。お、逸実にはもう会ったようだな」


「少し遅くなっちゃったみたいだな。すぐ準備するよ。…で、逸実くんって言うのか。彼なら玄関でばったりね」


 スムーズに会話をしている様子で、男が仲間であることが伺える。それも、先ほどチラリと聞いた名前だ。


「そうか。では夕食の準備もあるだろうし、手短に新人を紹介する」


「OK。これ、冷蔵庫に仕舞いながら聞くよ」


「彼は――」


 半放心状態で聞いていた銅は、あまりにも自然な談話のせいで、聞き捨てならない単語を取り零すところだった。


『新人を紹介する』


(あれ、新、人…? 今新人って言ったよな。うん言ったな。それってもしかしなくても俺ンことか? ……ッいや、もっと別の言い方ってもんがあるだろ、誤解されちまうよ! 訂正した方がいいよな、だよな)


 銅がボヤボヤと考えている間にも、月輪が紹介してくれていたのか、男はこちらに向き直っていた。


「あぁ、だからここにね。ドア開けた途端に拳を握りしめる人影が見えたからびっくりしたよ」


「……あ! その節はすいませんっした!」


「ハハハ。気にしないでいいよ。そんなことより、僕は一路(いちろ)大凱(たいが)。一でも大凱でも気軽に呼んでね、逸実くん」


 初めて聞いた時と同じ穏やかな声色は、一路の容姿や口調にひどく合っている。

 こりゃまた優しそうな人だ。


「それでだな、逸実は意図せず解眼をやってのけたらしいんだが、元技術班の大凱目線で何か分かることはないか?」


「うーん…。Cの件が判明してすぐに、技術班を抜けたからなぁ」


 顎を擦りながら唸ってみせた後、一路の視線は問題の男に向けられた。


「Cが解眼出来る仕組みは、人間でいうところの、脳への刺激から生まれるものだからね。…推測になるけど、逸実くんの脳がどういう訳かCとリンクしていて、傍によると脳信号が反応し合うんじゃないかな。だから頭痛がするし、頭を叩くことが引き金になってるとか?」


 きっと彼なりに考えて意見してくれたようだが、噛み砕いての説明にせよ、銅には難しくて頷くことしか出来ない。


「ごめん、本当に憶測でしかないから。医療班や今の技術班に調べてもらった方が確かだよ。勿論それも一つの案だから、今後どうしたいかは自分でゆっくり決めるべきだね」


 わざとか無意識にか、銅が追い詰められない言い回しをして、一路はキッチンの方へ引っ込んでいった。



* * *



 リビングの中で一等広い空間。銅、月輪、遊馬、千坂はそこにあるソファにつく。

 特になんの準備もしていないようだが、全員でテーブルを囲む。


 では、と月輪は言って、手に持っていた黒く四角い物体をテーブルに置いた。

 手のひらに収まるサイズのそれは、上の面以外真っ黒で、ただ上の面の中心部だけが、白く点滅している。


 次の瞬間、黒い物体は希釈し、何も無い宙にスクリーンを浮かべた。

 映像は一瞬だけ荒れたが、すぐにどこかの部屋を映し出した。


「んだこれ。距離感が掴めねぇな」


 誰も映っていない画面から、突然テノールボイスが聞こえたと思えば、スクリーン全体にグレーの猫っ毛が広がった。


「お、その声は美狼(みがみ)か?」


「俺の顔ちゃんと映ってんノか?」


「いや、頭しか見えないぞ。美狼がそこにいるってことは、指揮官が出られない状況なのか」


 しばらくすると、スクリーンの向こうにシルバーグレーの髪を襟足まで伸ばした男が映った。

 前髪から覗く金の瞳と口元の犬歯が、美狼という男の鋭さを感じさせる。


「…やっと見えたか。指揮官なら後ろ」


 美狼は投げやりな態度で、立てた親指を後ろに向けた。


「おい、いい加減退くんだ。報告が聞けないだろうが」


「はいはァーい」


「返事くらいしっかりしなさい。…ったく、お前には手を焼いてばかりだ」


「べっつに返事くらい何でもいいだロ」


 画面の奥、美狼が振り返って何者かと話した後、その奥から、威圧感を全身に醸し出した細身の男性が姿を見せた。

 左目から左頬を伝うタトゥーと濡羽色の髪は特に印象的で、全身から静かな迫力を感じる。


「はぁ。……諸君、待たせたな。それでは報告を」


世界(せかい)指揮官、お疲れ様です。早速ですが、一週間で21体のCに遭遇。そのうち2体が初期型トレード。新型トレードは発見出来ませんでした」


「了解した。新型を見つけた場合は、1体でも、その一部でもいいから確保しろ」


「はい」


 返事を聞いた世界は軽く頷くと、チラリと銅の方を見た。

 青と金、色違いの瞳に睨まれた銅は、体を小さく震わせて会釈する。


「さて月輪。そっちの彼について話すことは?」


「あ! そうそう、それが凄いんですよ! 偶然の中にも必然というか、俺たちにとっては必然の運命というか! 偶然で必然というか――」


「誰か簡潔に説明してくれ」


 月輪は目を輝かせ、報告中の大人しさとは打って変わり、意気揚々に声を上げた。

 ニコニコと楽しそうな分かりやすい表情とは裏腹に、口から出た言葉は理解に苦しむ。世界はため息を吐きつつ、他へ視線を巡らせる。


「彼は我々がCと対戦していた際、突然に姿を現しました。Cでないこと、現代の者であることは確かだと思われますが、自発的に解眼出来るようです。まだ脳への影響や身体能力の変化は確認されていません。うちらには測りかねる問題故、どうするべきか判断お願いします」


 フム、と考える素振りを見せた世界は、厳しい顔つきで銅を見つめる。

 その視線に耐えられず、視線の先の男は沈黙を破った。


「あの、銅 逸実っス。…その、俺にも状況が飲み込めてないんです。なので、何か分かることがあれば小さなことでも教えてくれると有難いンすけど。またCとやらに襲われても敵いませんし」


「世界指揮官、彼はあくまで一般人です。その辺りは配慮願います」


「ああ。それくらい理解はしている。Cに関しての情報が少ない今、彼を上へ報告するのは適策ではないだろう。実験対象にされるのは目に見えている。つまり、銅氏のことはひとまずここで留めておくべきだ」


「じゃあ、俺はこれからどうすれば…?」


「とはいえ、ある程度の検査はしてもらいたい。そして銅氏は万が一の為に、第二隊で保護という形をとる。月輪、部屋は空いているだろう」


「はい!」


「では銅氏。身の危険を少しでも減らしたいのなら、彼らと生活を共にしてくれ。生活に必要な物はこちらで揃え、一時的に第二隊のメンバーに迎え入れる」


「えーっとぉ……それって強制っスか?」


「強制はしない。が、銅氏は私が言った事を理解出来たはずだ。その上で判断してくれ」


 有無を言わせない話し方は、品位と恫喝を兼ね揃え、銅はつい頷いてしまった。


「分かってくれたのならいい。それでは、銅 逸実。ようこそ戦鋭第二隊へ。これにて通信を終了とする」


 こうして流れに流されて、世界国家組織の一員となってしまった銅。


 この短時間で分かったこと。どうやら銅は、流されやすいツッコミ体質らしい。

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