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Ep.29 凍てつく空気

 腕を組む世界を前に、子供のようにそっぽを向く美狼。

 ハラハラしながらも二人を見守る月輪が、意味もなく両手を上げ下げする。


 無事助かったにも関わらず、銅の鼓動は未だ激しく脈打っている。


 ……現在、室内は冷たい空気に包まれています。



* * *



 部屋(エリア)の第一印象は『最悪』の一言だった。

 湿り気の強い真っ暗な部屋。銀をむき出しにした無骨な檻。

 精神的にも衛生的にも、誰もが滅入るような劣悪環境。ここに踏み入った者達が、例に漏れず顔を顰めたことは言うまでもない。


 そんな環境に閉じ込められていたのは総勢二十四匹。

 その内の二匹を無断で連れ出した美狼は、しれっとこう説明したのだ。


「こいつら、第二隊の預かりになったから。世話の方ヨロシク」


 独断で連れ帰った二匹を、あろうことか他の人に丸投げしたのである。


 研究所の裏手にある森の入口で、見慣れない生物と美狼の取った行動に皆が唖然とした。

 しかし沈黙のままという訳にもいかず、一路が代表して口を開いた。


「んん? 美狼、どうして彼らを連れてきてしまったのかな。世界指揮官に許可は取ったの?」


「いんや、取ってねェ」


「逸実君を助けて有元を捕らえた瞬間から、あの施設はW.Rの監視下になったんだよ? つまり君が連れ出した時には、既に彼らもW.Rの持ち物になっていた、というわけだけど」


「そうよ。どうせ美狼んのことだから『黙ってれば問題ねェ』とか思ってるんだろうけど、その服の胸元、カメラ付いてるのよ」


 一路の言葉に同調した千坂は、上手いこと美狼の真似をしてみせた。

 しかし誰もそこに突っ込むことはしない。


「……カメラなんて付いてたのか。ンなこと聞いてねェ」


「バッカねぇ。美狼んのことをよく理解してる指揮官だからこそ、秘密裏にカメラを付けたのよ。とにかく、勝手に連れてきちゃった理由を話してみなさい」


 一頻(ひとしき)り呆れてみせた後、千坂は話の軌道修正を図る。


「深い理由はねェ。連れて行ってほしいって言われたから連れてきただけだ。……別に一匹や二匹いないくらい、どってことないだろォが。いちいちウルセェんだよ」


 唸るような声をあげ、美狼は唇を尖らせてみせた。だが、いかにも「不貞腐れています」なんて顔をしても話が終わることはない。

 千坂と一路の追撃は続く。


「一匹や二匹ってねぇ…、数の問題じゃなくて行動自体が咎められるものだって言ってるのよ」


再三(さいさん)言っているけど、今回の任務はいつもとは違うんだよ。メンバー内の繋がりが大事になってくる。そんな中で勝手な動きをされて、挙句、連帯責任なんてことになったら――」


「〜〜ッ、チッ! オレから報告してちゃんと許可とりゃいんだろ!」


 こんこんと説教まがいのお言葉を受けた美狼は、話の途中で自分から折れてみせた。我の強い男と定評のある強者も、一路の諌言の前では型なしである。


 ぶすくれた顔でブツブツと文句を垂れ、地面の砂を蹴る。取っている言動はまんま子供だ。

 一同はそんな美狼を見ては呆れるのだった。



 ――なんて厄介なやり取りがあり、どうにかマンションに戻った面々は現在、大画面を前に固まっている。


 どす黒い闇を背負った世界が、心臓を撃ち抜けそうな程の睨みを利かせているのだ。疲れ切っていた銅は勿論、いつもは飄々としている千坂や一路でさえ、画面から目を逸らすくらいの威圧感である。


 そのなかで唯一、画面の男を平気な顔で見つめる美狼。いや、平気というよりも顔色を伺うような、ある意味レアな表情を浮かべている。

 良くない行動をしたという自覚がある為、いつもの強気な態度を()()()封印しているようだ。


「で、お前達は止められなかったのか。こいつの向こう見ずな行動には目を光らせておけと言ったはずだが」


 あらかた説明を受けた世界はまず、仲間である月輪達に矛先を向けた。


 部隊が組まれた時から呪文のように聞かされていた、「あいつは突拍子もない男だから常に注意して見ておけ」という世界の言葉が一斉に皆の脳裏に蘇る。

 理解出来たと思い込み、ある程度放任していた自覚のある者達は冷や汗をかく。


 その微妙な表情の変化を感じ取ったボスは即座に斬り込む。


「もう何百回も言ったはずだ。美狼のことは宇宙人だと思って接してくれ、と。今までは出来に関係なくでも言われた通りには動けていただろう。それなのにこんな簡単な()()()を守れないとは。どうやらお前達のことを過信していたみたいだな」


 ナイフのように鋭い声と一緒に、届かないはずの冷気が画面から漂う。


「"馬鹿"とまでは言わないが、良くも悪くも本能に従って生きるやつだ。共に生活し、それは嫌というほど理解できただろう。その本能に従った結果、ほとんどが良くない方向へ転がっていく。()()()()へとな。その尻拭いをさせられる者はたまったものじゃない」


 視線を巡らせつつ、抑揚のない声で叱責を始めた世界だったが、「厄介な方」と発言した辺りから、ただ一人、美狼を睨みつける。


 もはや遠回しでもなんでもなく、視線で、言葉で、ありありと避難しているのが分かる。冷え冷えとした空気感の中、更に辛辣な言葉が重なっていく。


「昔から、いらないことに手を出しては中途半端に放りだし、後のことは一切考えない。お前はいつになったら成長する。いつになったら大人になる。一度矯正プログラムを受けてみるか」


 この説教で一番怖いところは、声のトーンに変化がないところだ。低い声で淡々と紡がれる言葉には、自然と恐怖を覚えてしまう。


 それは、普通なら人を萎縮させる、欠点となる部分だが、世界の場合はそれを意図的にやっている。

 今のように自分の立場や強さを示す為、彼がよく行う手段だ。厳しい環境の中で上り詰めるには必要になってくる強みでもある。


 そんな上司の上司たる面を直接実感しながらも、六人は十数分にわたり、指揮官の言葉を受け止め続けたのだった。






 画面からの、気の抜けたチャイム音。その音が合図だったようで、説教という名の雨がようやくと止む。

 世界の圧から解放された六人はハッ、と小さく息を吐いた。無意識下、静かに息を止めていたらしい。


 チャイム後の一瞬の沈黙が過ぎ、最初に口を開いたのは今の今まで説教をしていた指揮官だった。


「……最終的に脱線してしまったな。だが私の言いたいことは概ね伝わっただろう」


「はい。今回は我々のミスでお手を煩わせてしまい、すみませんでした。同じ過ちを犯さないよう、しっかりと肝に銘じます」


 さすがに隊のリーダーをやっているだけあり、先程までの怯みを出さずに受け答えをする月輪。その姿を間近で見た銅は、心の中で「おぉ」と間抜けな声を上げる。


「言葉だけで終わることの無いようにな」


「イエッサー」


「そしてさっきから全く動かないそこの二匹。君達は一旦、保護という名目で第二隊預かりにする。一応君達の意思も聞き入れての判断だ。その代わり何かあった時は直ぐにこちらへ応じるように。では」


 最後に、部屋の隅で静かにしていた二匹に言葉を残し、指揮官は通信を切った。説教に熱が入り、てっきり忘れているのかと思っていたが、そこは指揮官だ。広い視野と常に複数のことを考える頭は、施設から連れ出された動物達についてもしっかりと考えていたようだ。


 画面に向かって敬礼した銅以外の五人は、真っ暗になった画面を確認してから、そっと腕を下ろす。

 それから態度大きく、美狼がソファに腰掛ける。ドスンと音をたてて行儀悪く座り、徐ろに顎を上に向けた。


「おい()()()()()()()。今日からお前らの住処はここだ。くれぐれも迷惑かけンなよ」


 不遜な態度でそう言い放った美狼は、マイペースに体を伸ばしてゆっくりと立ち上がった。

 あまりにも自然な動作と、いつも通りの雑な話し方のせいで、皆が皆、反応し損ねた。が、


「ん? ちょっとちょっと、穀物とアーモンドって何よ」


「何ってアイツらの名前だろォが。なんか文句でもあんのか」


 さも当然のように彼は連れ帰った二匹を指差し、アイツらと言う。穀物とアーモンドと言うのは、どうやら二匹の名前のようだ。

 いきなり勝手な名前を付けた上に、センスも良いのか悪いのか分からない。


「なぁんでそんな名前にしたのよ。もうちょっと可愛い名前でも良いじゃないのぉ」


「アァ? 動物の名前は食べもんって決まってんじゃねェか」


「なに、その意味不明な決まり」


「カ……、世界指揮官は犬にステーキって名前つけとった。デカい亀にはキャベツ、インコには小松菜、猫にはツナ缶」


 突然、暴露とも取れる話をしだした美狼を、慌てて止めにいく一路。


「コラコラ。上官のそんなごく個人的な情報は滅多に話すものじゃないよ。上官には威厳やメンツがあるんだから」


「別に秘密にしてることじゃねェだろ」


「そういうことじゃなくてね……。はぁ、もういいよ。とにかく、彼らにはこのリビングで自由に過ごしてもらおうか。ベッドとかそういった類のものはおいおい」


 話を切り替えることで名前問題を保留にした一路は、小さく笑みを浮かべ、肩を竦めたのだった。

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