Ep.27 救出作戦
――マンション
美狼から連絡を受けた四人は、時間の猶予もない中でいくつかの仮説を立てていた。
ああでもないこうでもないと脳をフル回転させ、やっとのこと仮説を二つに絞れたタイミングで、世界指揮官から通信が届いた。
銅が消えてすぐ連絡を入れたおかげで、いつも忙しくしている世界から即座に返事がもらえたのだ。
「概要は把握した。とはいえ、そちらの時代で空間装置が使えるであろうブラック人物は二人。お前らのその妙な状況を見るに、ブラックリストA2の有元菓子が犯人で間違いないだろう」
「では、我々は有元の居場所を火急速やかに突き止め、そちらに向かいます」
「有元の大体の居場所はこちらで把握している。今まで過去に行った者まで面倒みきれなかったが、こうなってしまったら制裁せざるを得ない。アジトは破壊し、主犯共はこちらに送ってくれ」
「イエッサー!」
四人は声を揃えて返事をし、画面に向かって綺麗な敬礼を送る。
「念の為に遊撃隊と偵察班にも動いてもらうが、銅のことは伏せておく。よって、彼を認知しているのはお前達だけ。そして助けられるのもお前達だけだ。以上」
プツリ。
途切れた通信画面には、未だ敬礼したままの四人が反射する。
世界が最後に伝えた言葉は、一人の命を背負っていることを忘れるな、という忠告だった。
言葉の意図を理解した四人の表情は、いつになく険しいものである。なんと言っても、これからの自分達の行動で銅の生死が決まるのだ。
少しの時間も無駄には出来ない上、有元という人間を知っているせいで、溢れ出す緊張感は半端ではない。
有元菓子――その名を知らぬ者の方が少ないくらいに知名度が高い人物。
表の顔は市販薬からパーティグッズまで、多岐にわたった開発をする真っ当な研究者。裏の顔を知る者達には、人道無視の改造狂いと呼ばれて恐れられる存在。
人間や動物を捕まえては改造を繰り返し、時にはゼロから生命を創り出してまで、改造を楽しむ研究者。
可愛いものが好きと公言する彼女は、世間一般では気味悪いと言われるような生き物を創り出している。
潤沢の資金と天才的な頭脳、生き物の命を簡単に奪う倫理観の無さから、彼女は早々にW.Rのブラックリストに名を連ねた。
一刻も早く助けにいかなければ銅に未来はない。
通信終了後、戻ってきた美狼に大まかな事情を話し、すぐさま有元のアジトに向かった。
道中、会話らしい会話もせず、ただ銅の無事を願う五人であった。
* * *
――有元のアジト
東京郊外にどっしりと構えられたドーム型建築物。移動の傍ら建物の情報を確認したところ、地上二階から地下六階の計八階建ての研究所だと確認出来た。
有元が占拠する前は、ほとんど使われていない施設だったが、元々建物自体は立派な造りだった。構造もかなり計算されていて、これ以上の増築や改築は難しい。
その為、建物内の仕組みについては以前の設計図で事足りた。生憎、施設の構造以外に詳しい情報はなかったが、監禁場所やメイン研究室は地下にあると推測できる。
裏がある研究所は、大体が地上階や地下一階をカモフラージュに使う。それを考慮した上で銅の居場所に当たりをつけ、居なければしらみ潰しに探すというのが、今の最短ルートで最善策だ。
「目的の場所までは全員で。銅が確認できなかった場合は二組に別れて行動。発見次第合流する。あとは速やかに対象を捕縛し、施設を破壊。いいな?」
建物近くの茂みで月輪が声を潜める。入口の見張り二人に気づかれないよう、作戦の最終確認を終えた。
皆が頷き合うと、美狼と一路が素早く立ち上がり、瞬く間に見張りの背後へと回る。
見張りは気づかないうちに首を絞められ、まもなく何が起きたかも分からず意識を失った。
「出来る限り誰にも見られないように」
先頭を行くリーダーの言葉を最後に、皆が口を噤み静かに行動する。気配を消し、足音を立てずに階段まで走った。
彼らの忍者のような動きに、通路を歩く人々は気づく様子がない。
地下一階、二階と降りていき、地下三階まで来たところで足を止める。事前情報によれば、地下三階と四階の数箇所に監禁部屋があるらしい。
まずは三階の監禁部屋を目指す。
監禁という単語だけ聞くと、鉄格子で囲われる粗末な部屋を想像したが、目的地の監禁部屋は意外と小綺麗だった。
強化ガラスのはめ込まれた白い部屋が、通路の左右に十部屋並んでいる。その部屋を順に見て回ったが、どこも使われた形跡がない。
焦りながらも三階最後の監禁部屋を覗く。案の定、ここも使われた形跡がなかった。探し物が最後の最後に見つかる確率なんてたかが知れている。
「四階を探して、いなければ別行動だ」
三階の探索を諦め、一行は地下四階へ向かった。
先ほどの階より人の気配が強く、殊更息を潜める。リスクは高くなったが、銅のいる可能性も高くなった。
途中、運悪く鉢合わせた研究者の意識を落としながら進む。
特に目立った障害もなく、無事、四階の監禁部屋が並ぶエリアに到着した。
それから一切のロスもせず、エリア毎を区切るドアを開ける。番号入力システムだった為、簡単なハッキングですぐに解除出来た。
――と、ここで気づくべきだった。
有元のような一流研究者が使う最新施設を、こうも簡単にハッキング出来るなんておかしいということに。
短い解除音がした後、大きなドアは重たそうに口を開けた。
その瞬間、ドア口の正面にいた美狼が臨戦態勢に入った。そんな美狼の所作を見た他の四人も、ワンテンポ遅れて臨戦体勢に入る。
「何か、来るッ!!」
切羽詰まった美狼の声が全員に行き届いた時、黒い何かがドアの向こうから飛び出した。
通常では追えない速度で黒い塊が美狼に襲いかかる。
いち早く臨戦態勢に入っていた美狼は、その黒い塊を受け止め、渾身の背負い投げを決めた。
ドスンッッ!
体に強い衝撃を受けた黒い塊――モンスターは、小さく跳ねると床に倒れた。
「なんだ、こいつは……」
どこからともなく言葉が零れる。
モンスターはその小さな呟きに反応し、前足をピクリと動かした。それから続けざまに痙攣を起こすと、再起動した機械のように俊敏な動作で起き上がった。
第二隊の偉丈夫、月輪と同等の大きさである黒い塊は、興奮した闘牛さながら、前足で地面を蹴り始めた。
「こいつ、有元の創り出した改造動物のようだ……。形は牛だが、どんな特性を持っているか分からん。慎重にな」
「おーよ。オレが相手してるから今のうちにアイツ探しとけ。他にも改造動物いるかもしれねぇから気ィつけろヨ」
美狼の言う通り、今は銅を探すことが先決だ。
敵の相手は一旦美狼に任せ、他の面々は監禁部屋を見ていく。
二手に別れているおかげでスムーズに捜索が進む。
「ねぇ! ここに誰かいたみたいよ。もし逸実んがいたんなら、うちらは一足遅かったわ」
右手側の監禁部屋を捜索していた千坂は、奥から三番目の部屋に誰かがいた痕跡を見つけた。
「……今から別行動で下の階を捜索しよう。大凱、美狼のことは頼んだ。千景とシドは行くぞ」
いつでも頼りになるリーダーは速やかに場を仕切り直し、千坂達を引き連れてエリアを後にした。
残されたのは美狼と一路、そしてモンスター。
モンスターは形こそ牛型だが、大きさは普通の牛より遥かに大きく、口元は耳の当たりまで裂けている。毛も異常に長くて皮も厚い。
美狼はかなり厄介な相手だと毒づく。象やカバのような皮なら鋭い爪や牙は通じない。
最短で倒す方法を脳内で弾き出す。
「オレが注意を引きつけて弱らす。一は隙をついて首を攻撃してくれ」
「分かった」
考えた結果、一層毛の濃い首が急所だと判断した。生き物の急所は頸であることが常だ。そして急所故に毛が濃いのだと踏んだ美狼は、自分の推察に賭ける。
威嚇するモンスターの前に躍り出ると、大袈裟な動作で近づく。牛型なら動くものに反応するだろうと考え、いつもより大きくジャンプした。
その考えは見事に的中する。
モンスターの目には、既に大きく動く美狼しか映していない。
「ブヒィィィィィィ」
首を振ったモンスターは汚い鳴き声を上げ、美狼に頭突きを仕掛ける。
それを宙返りで避けた美狼は、勢いで前方に倒れかけたモンスターの胴を蹴りあげた。
鈍い音を上げ、モンスターの重心が右にズレる。だが攻撃は大して効いていないようで、間髪入れずに美狼の方へ振り返った。
「ブヒ、ブ、ブヒィィィィ!」
今の攻撃で余計にいきり立っているのが分かる。
先ほどよりも耳を刺す鳴き声に、美狼達は顔を顰めた。
興奮したモンスターは一度後ろ足で立ち上がり、的である美狼に突進していく。速度も十分ながら、醸し出す気迫も十分なもので、普通の人間ならば失禁するレベルだ。
しかし、彼は違う。
「ハッ! 突進しか出来ねぇのか、ヨ!」
モンスターの行動を見切った美狼に、気迫もパワーも通じはしない。
ぶつかる寸前でくるりと身を翻し、後ろ足を蹴り上げる。続けて胴に掌底を食らわす。
蹴りに掌底、更には肘打ちをお見舞いして敵の威力を削る。少しでも動きを鈍らせ、弱らせることが出来れば――
「美狼、離れて」
目論見通り、足がよろけたタイミングで一路が牽制の声を上げた。
トン、と軽やかに跳んだ一路は宙で舞う。彼は風切る音すら出さない。
踵を突き出し、重力を感じさせない動きでモンスターの頸を狙う。
静粛さすら感じる動作は見る者を魅了する。美狼は初めて目にした彼の実践技に、素直な感心を寄せた。
今までの訓練は別々、この任務に就いた時でさえも別メニューだった為、こんなに迫力のある彼はほぼ初めて見たのだ。
全体重に、勢いも加えた痛快のキックが決まる。
先ほどまでは重力を感じなかったのに、キックが入った瞬間、地面を抉る程の重量がモンスターにのしかかった。
頸を踏まれたモンスターは地面にめり込み、床下の茶色い玉石が辺りに散らばる。
動きに一寸遅れて低い音が響き渡り、そこでやっと技が決まったことを周りに知らしめた。
「皮膚が硬いから足の裏が痺れるよ」
一路は伏したモンスターの頸に乗ったまま、足首を軽く振った。
強烈な一撃を与えたとは思えない程の声のトーン。それでも表情や声の端々から、ピリついた雰囲気が見え隠れしている。
「……一の戦い方って、カイに似てるな」
「お、君にしては素直に褒めてくれるんだね」
「まぁ、なんだ、容赦ないとこがカイっぽいワ」
「指揮官と言えば全知全能なんて言われる方じゃないか。そこまで強くないよ、僕は。でもありがとうね」
話の流れでお礼を言われた美狼は、どこか照れくさそうにそっぽを向いた。
分かりやすく鼻を擦り、次の言葉を紡ごう口を開いた瞬間、不自然に動きを止めた。
「また変なんが来た」
顔を顰めた二人は気配のする方へ向き直り、臨戦態勢を取った。