表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/31

Ep.26 マッドサイエンティスト

 この上ない恥を晒しながらも、無事お使いを終えた銅は帰路に着いた。


 未だに視線を感じるが、敢えて人通りの少ない道を歩いている為に、先ほどよりは落ち着いている…気がする。

 それに視線の一つは陰ながら監視している美狼のものだと分かっている。


 動く度、ピコピコ可愛い効果音が聞こえそうな耳は、相変わらず頭の上で存在感を放つ。


「帰ったら部屋に引きこもってやる。そんで皆が俺を忘れるウン十年後まで堕落した引きこもりになってやる」


 呪文のようにくどくど引きこもり宣言する銅を、美狼は冷めた目で眺めていた。

 さすがに彼一人での外出はさせられない。常に自分達が監視するか、予めスティアプテロ(緊急監視用機械)をセットしないと危険だからだ。

 なので不承不承と、ビルの陰や屋上から不貞腐れた銅を監視している。


 ブツブツ呟く銅に呆れつつ、今しがた通信を受けた腕輪型端末に視線を移す。

 連絡は未来の本部からで、現任務とは関係の無いものだった。とりあえず返事は後回しに、改めて銅を監視しようとしたのだが――


「!? ……どこ行きやがった!」


 ほんの五秒、目を離していた隙に監視対象が消えていた。


「クソっ!」


 自分なら、小さく揺らぐ気配すら感じ取れるはずなのに。

 おかしな動きをした気配はない。更に言えば怪しい気配も感じない。それ以前に、気配らしい気配を感じ取ることが出来ないのだ。


(このオレが気づかないはずがねェ。まさか……、だがアレはこの時代にないはずだ)


 隠密や五感に特化した美狼さえ気が付かない相手とは。この時点で既に、銅は連れ去られたものだと確信していた。


 美狼は辺りを見回して何者かの気配を探ったが、心が乱れているせいか、何も見つからない。

 盛大に舌打ちをした後、仕方なく仲間へ緊急連絡を入れた。




* * *




「どこだ、ここ……」


 頭の痛みで目を覚ました銅は、見知らぬ景色に体を固くした。

 道の真ん中で突然意識を失ったことを最後に、一切の記憶がない。次に意識が覚醒した時には、この部屋で寝かされていた。


 簡易ベッドが置かれた部屋は清潔に保たれていて、誘拐されたにしてはどこかが引っかかる。


 目の前の壁はガラス張りで、奥には廊下のような通路が見える。こちら側から見えるということは、向こう側からも見えるということ。

 それに気づいた時、まるで自分が見世物にされているみたいで、居心地の悪さと底知れぬ嫌悪を感じた。


 部屋の観察と現状確認をざっと済ませ、壁と同化したドアに近づく。

 ドアの周りに開閉出来そうな仕掛けはない。境目に手を這わせたが、頑丈さを感じただけで、残念ながら収穫は何もなかった。


 次にガラス張りの壁へと近づき、ガラスの強度と外側の廊下を確認する。

 触ったところ、どうやらガラスは最強度で出来ているようで、割ることは叶わなそうだ。分厚いガラスのせいで廊下もまともに見られない。


 脱出はどうにも難しそうなので、一旦簡易ベッドに腰掛けて冷静になる。


(可能性としては、美狼さんがササッと助けにきてくれて助かるパターンが一番可能性デカいよな)


 とは言っても、目が覚めたタイミングでなんらかのアクションがないということは、直ぐに救助、というのは望み薄だ。

 どれくらい寝ていたかは分からないが、周りに誰もいないのを見るに、連れてこられてから程々に時間が経過しているのだろう。


 そもそも自分は今、他人任せな脱出方法ばかり考えてしまっている。誰かが助けに来てくれると勝手に期待をして。


 頭を振って今の思考を遠くへ追いやる。一度リセットだ。


 こんな時、主人公たちならどうするだろうか。多分、自分ならどうするかを熟慮するより、第三者を見立てて考えた方が良い案が浮かぶ、気がする。

 それからは、全く役に立たない知識を引っ張り出しては頭を悩ませた。


 体感にすれば三十分。あまり時間の余裕がない中、苦悩するだけしていたが、ついに成果もなく終局を迎えた。


 ピーーッと甲高い音が部屋に鳴り響く。


 思考の深淵にいた銅は、危険を知らせるようなその音で現実へと引き戻された。


「あははァ〜。この子が、()()ねずみ男ちゃんか。うーん、イイねぇ。直ぐに実験ラボ行きだねぇ」


 入ってきて早々、銅を値踏みするように見つめた女は、短いポニーテールを揺らして身悶えた。

 微妙に語尾を伸ばした喋り方は、千坂に似ているようで、全くの別物だった。


「て、てめぇは誰だ。どうして俺を」


 慌てても仕方がない。銅は平静を装って女に噛み付く。


「うーん、今自己紹介しても無駄だよぉ。数時間には自我すら覚えてないんだし。とは言っても礼儀として…私は有元 菓子よ。可愛いものを創る為に心血を注ぐ、一生懸命で真面目な研・究・者♪」


 自己紹介の前にとても不穏な言葉が聞こえたが、まずは探りを入れなくては。


「で、その研究者サンが何で俺を」


「ふっふ〜ん。その可愛いらしい耳に鋭い三白眼、箸みたいに頼りない痩躯。かっわいいわぁ。でもでも、もーっと可愛くなれるのよ。ていうか可愛くしたいの。だから創り変えるわ」


 彼女の言い分に銅の顔が嫌悪を表す。鼻に皺を寄せ、うげっと苦い声を吐き出した。


「キモッ! 俺が可愛いとか、アンタ新手の変態か! つまり、ねず耳の俺が何故か可愛く見えたので誘拐し、挙句に改良して一層可愛くしようってことか!? じ、自分で言ってて鳥肌立ったわ……」


 相手の言葉を復唱しながら、銅は耐えられずに自分の体を抱きしめた。違う意味で身の危険を感じる。


「カメレオンちゃんの特性とぉ、メガネザルのお目目。手足はアルマジロにしようかしら。コウモリの羽もいいかも」


 拒絶反応を示す銅をよそに、有元の計画妄想は止まらない。

 先ほどから可愛い生き物というより、奇妙な生き物の名前が挙げられている。それを聞くに、この研究者の感性は世間一般と少々ズレているようだ。


 想像もつかないような組み合わせのせいで、現実的な恐怖を感じられない。なんだか拍子抜けしてしまい、銅はそっと肩の力を抜いた。


「色々迷っちゃうけど、まずはネズミちゃんの意識を抜かないとねぇ。それから脳も抜いちゃいましょうか。いっそ、組織ごと組み換えちゃおうかしら。とにかく、移動しなくちゃ始まらないわね。くまちゃん、彼を運んで」


『意識と脳を抜く』。その言葉に、今しがた抜けたばかりの力が体中に戻ってくる。

 現実味のない話なのは変わらないが、先ほどとは違って明確な恐怖を感じた。


 おぞましい計画をサラッと話した有元は、後ろにいる誰かに指示を出す。

 そうして後ろから顔を出したのは、見たこともない程不気味な生き物だった。まさにそれは有元が創り出した哀れな混ぜ物。


 シルエットは熊なのだが、背中は大小の岩でぼこぼこしていて、米粒大の目玉が極端に離れた位置にある。

 更に手足は人間と同じ形で出来ていて、器用に蠢いているのだ。


 他にも不気味な箇所が見受けられる。が、これから自身に起きるであろうことを聞かされた銅は、その生き物の存在にすら気づいていない。


 熊もどきは銅を担ぐと、先導する有元の後を追う。


 のしのしと進む度、担がれた銅は上下へと揺れる。恐怖で支配された体は鉄のように角張っている為、その揺れが不自然で妙に気持ち悪い。

 遠目から見えるシルエットは、川で狩った鮭を(かか)え帰る熊だ。ただし、今回の鮭は燻製されてカチカチになっているが。


 廊下を迷いなく進んだ一行は、T字路の突き当たりに佇む大きな扉の前で止まった。

 先頭の有元が瞳の虹彩スキャンを行い、ゆっくりと開いた扉へ入っていく。


「ようこそ、私の第一実験ラボへ。君は今からここで生まれ変われるんだよ」


 中央まで進んだ有元は勢いよく振り返り、熊たちの方へ楽しそうに語りかけた。笑顔と弾んだ声が彼女の浮つく気持ちを表す、何よりの証拠だ。

 そんな彼女の気持ちとは逆に、銅の心境は余計に萎んでいく。


 実験ラボと称される部屋には、動物や体の一部のホルマリン漬けに加え、禍々しい実験器具が並ぶ。更には壁際にいくつもの檻が置かれ、中には見たこともないような生物が潜んでいる。


 銅は部屋を見渡し、最終的に檻の方に視線を奪われた。

 土竜に似た何か。うさぎに似た何か。ゴリラに似た何か。生き物にすら見えない何か。

 大小様々な檻には、無惨な姿に成り下がった生物が閉じ込められている。


 そんな生物たちに言葉も出ず、しかし、その存在によって銅は正気に戻った。

 同時に、やっと自分が担がれていることに、担いでいる者が普通じゃないことに、抜けていた出来事に次々と気がつく。


「う、うぉぉぉぉ! なんだか分からんが下ろせ、下ろしてくれぇ!」


 脇下で急に暴れだした荷物(あかがね)を、熊は無情にも真下へ落とした。

 地面に衝突し、ぶへっ、と間抜けな声を発した銅は、少しして起き上がった。


 額を摩り、渋々といった様子で状況を飲み込んだ銅は次の瞬間、目の色を変えて走り出した。逃げるなら今だと全速力で。


 とりあえず開いたままの扉を越え、通路を直線に走り抜ける。

 左右の扉を流しながら、本能で前へ前へと駆けていく。好都合なことに人っ子一人いないので、走ること自体は難しくない。ただひたすらに突っ切るのみ。


 懸念材料は、後ろから追いかけてきているであろう、あの熊もどきだ。

 重量を感じさせる足音が、すぐ後ろまで迫っている。

 あえて付かず離れずの距離を保っているようで、目の前の獲物をからかっている風だ。


 それが理解出来ていても、銅は止まらずに走った。


 いくつかの角を曲がり、目的地もなくがむしゃらに進んでいたが、袋の鼠よろしく、とうとう退路を絶たれてしまった。

 長身の銅をゆうに上回る熊もどきは、二メートル超えの巨体を生かして逃げた実験対象を捕らえた。


 息も乱していない熊はそのまま来た道を戻る。

 逃げようと体を捻る銅には見向きもせず、のしのし大きな歩幅で、あっという間にとんぼ返りを果たした。


「全くぅ、おいたが過ぎるよ。まぁ時間もないことだし、今回はお仕置しないであげる。じゃあ熊ちゃん、彼を台に置いてね」


 熊はその言葉に一つ頷き、尚も暴れる銅を台に置くと固定具で止めた。

 ここまで来たら逃げることも出来ず、大人しく実験されてしまう他ない。銅はダメ元でも交渉しようと口を開いた。


「実は俺のこの耳と尻尾、自前じゃねぇんだ! なんかよく分からん飴食ったらこうなっちまった。だから実験なんて意味ねぇぞ!」


「ん? まさかアニマルキャンディ食べたの? この時代にはなかったと思うけど……」


 実験器具を弄っていた手を止め、有元は一瞬考えこんだが、すぐに器具を並べ直す。


「まぁいいわ。今がネズミちゃんなのは変わりないし、その姿形は自前でしょ? でもあれは持続時間あんま無いわよねぇ。よし、急いで取り掛かりましょう!」


 いつの間にか実験ラボの扉は閉まっていて、マッドサイエンティストと二人きりになっていた。熊が居ても状況は変わらないが、居ないと居ないで精神的余裕が余計失われる。


 銅は焦り半分、諦め半分で有元の動向を追う。

 キラリと光る銀のナイフが滲んで見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ