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Ep.25 ひとりぼっちの見る世界

 空想上の世界はいつも賑やかだった。


 寡黙でも不器用に愛してくれる父。朗らかで前向きに愛してくれる母。色んな感情を教えてくれる人形たち。

 俺は、自分とは正反対の彼らを心から想っていた。


 それが壊れたのはいつだったか。しっかり覚えていることは呆気なかったってことだけ。


 妻を亡くした父親は研究に没頭し、無色な世界には僕一人。

 なんとなく生きて、父のように勉強ばかりをするようになった。最後には研究の真似事までしてみた。


 でもやっぱり色はつかなかった。唯一の彩りは、小さい時に撮った数少ない写真の中だけ。


 俺が十歳を迎えた日、父から"慈愛と無慈悲を併せ持ったロボット"を与えられた。

 仕事一辺倒の寡黙な父でも、息子のことは気にかけていたらしく、友達であり家族でもある彼をくれた。



 時が経ち、十七歳の秋に父が病死した。それと同時に父の研究所に勤めていた者達が逮捕された。

 時空逆行罪と反研究罪、他にも色々な罪状があったが、俺は彼らを悪者だとは思えなかった。


 父の思想を理解し、心から応援していたのだ。勿論その意思を継ぎ、今はCと共に世界を一掃している。

 全ては母の為。父の理想の為。色や感情を与えてくれた彼らの為に。











 部屋の壁いっぱいに拡大したモニター。映し出されているのは、昨日の戦闘場面。

 倫諸とW.Rが初めて対峙し、戦っている映像だ。

 ちなみに、初めてといってもこちらは一方的に監視していたので、正しくはW.Rにとって初めて、だ。


 ゆったりとした座り心地を堪能しつつ、モニターに集中する。


 映像の中では、靄を発した直後に後退していく人達が写っている。

 随分と素早い動きだが、紫才はこの後退するという行動に疑問を覚えた。


 普通なら得体の知れない者が現れた際、背を向けるなんてことはしない。全員で臨戦態勢に入るはずだ。

 その点、画面中の二人の動きはおかしい。


(後ろに何か大事なものでもあるのか……?)


 顎に手を当てながら推理する姿は絵になっている。


 足を組み直して無意識に目を細める紫才だが、いくら目を凝らしても奥の映像は見えない。


 画面の映像は倫諸視点から捉えたものだ。

 見えている景色から、(おおよ)その奥行や映っていない景色の推測は出来るが、実際そこに何があるのかまでは分からない。


 少し首を動かせば見えるのにと、焦れったさを覚えたところで、映像の視野が広がった。

 倫諸が頭を持ち上げたことで、より遠くが映る。


 そのおかげで、先ほどまで見えなかった後方が見えたのだが、残念なことに、大事な部分は既に緑の壁で隠されていた。

 正体不明の緑壁の横には、後退した二人のうち一人が壁を守るように立つ。


(この大きさの壁で何かを守るってことは……()()()、か)


 少し考えを巡らせ、そこでようやく合点がいった。


 ある時期から第二隊に加わった謎の人物。時折、偵察報告の中に出てきた"銅 逸実"という男。

 偵察していた限りでは、特別な何かがあるようには思えなかった。


 存在を知って直ぐに調べたが、どうやら現代に生きる大学生だ、ということしか分からなかった。特出した何かがあるわけでもなく、何故第二隊と共に行動しているのか、まだ理由は掴めていない。


 おそらく、その銅という謎の男が壁の向こうにいるのだ。


 当の本人は戦うことをしない。ましてや、有能な戦闘員を削ってまで守られている。至極大事にされているようだ。

 様相は不健康そうだが、険しい顔立ちと長身なことから、弱そうには見えない。


 この映像で分かったことは一つ。簡潔且つ重大なことだ。


 それは銅逸実の存在価値。


 外野からは決して分からない、深い事情があることは確実。彼さえ手に入れば、煩わしい蝿は追い払える。

 ただし紫才自ら手を下す必要はない。こちら側につかせる以外にも、対処する方法はある。


 IQ200を超える天才を父に持つ紫才は、自身も相当な天才だ。なんせ、七歳で大学レベルの勉強をこなせる程だったのだから。

 よって、既にいくつかの方法を思いついている。


 寝返らせる、脅す、人に対処させる、ベタに正面からぶつかる。他にも色々な手段がある中で、一番自分から縁遠く、直接手を下さない方法をピックアップした。


 不敵な笑みを浮かべた紫才は、テーブル脇の平たい画面に手をかざした。

 テーブルと同色の白い携帯端末が鈴のような音を鳴らし、やがて立体映像を浮かび上がらせた。


 宙には半透明の画面が表示される。

 紫才は一つ瞬きをした後、その画面に何かを入力していく。

 ポンポンとリズミカルな音を立てて、手際よく作業を進める。一瞬一瞬の動き方はまさに神の手だ。


 淀みなさは今日も健在で、多くの数字や数式に大小の英文字が並ぶ小難しい列を、サッと読み解いていく。

 所々が虫食い状態になっていて、その虫食い部分を順調に埋める。


(……その為、至急監視対象の様子を確認せよ、と)


 最後に連絡事項を入れ、三分要したタイピングを無事に終える。通常では五分以上かかるであろう作業を、隙のない動作でテキパキとやってのけたのだ。

 幼い頃から電子機器に慣れ親しんでいるからこその早業である。


 もう一度画面に手をかざし、端末の電源を落とす。

 ひと段落した紫才は背もたれに寄りかかり、小さく息を吐いた。

 疲れたわけではないが、そのままの体勢で休息をとる。とある事情があってだ。


 彼が目を瞑ってから一分もしないうち、ドアをノックする音と誰かの靴音が部屋に木霊した。

 早足気味に響く音は、紫才が振り向く前に彼の真後ろで止まった。


「倫諸に指示を出したみたいだけど、何かあったのかい?」


「別に大したことじゃないし。ちょっと遣いにやっただけ。手を出す気もないし」


「君は何を考えているのかな?」


 相変わらず口元に笑みを携え、守代は椅子の背もたれに両腕を置く。


「あの映像を見て思いついたんだ。例の少年について思うところもあったし。倫諸の報告によっては直ぐに行動を起こす」


「まさか紫才君が自分の手で何かするわけないもんね。誰にやってもらうのかな。逞壊達にも頼まないだろうし。んー、誰かなぁ」


「気になるなら普通に聞けば。別に誰でも思いつくような考えなんだし、計画を出し惜しみなんてしない」


「じゃあ、天才なる紫才君の意見を聞かせてくれ」


「言い方ムカつく……」


 前を向いていた紫才は、悪態をつきながら後ろに向き直る。そして高い位置にある顔を仰ぎみた。


「考えた条件は三つ。無駄に殺さない、自分では手を下さない、派手な敵を使う」


「お、意外とお優しい意見だね」


「簡単に殺せば余計に虫が湧くし。あくまで自分とは関係ないってことを示さないと後々厄介になる。面倒は出来るだけ避けたい。最後に、派手な相手を用意すれば、その分向こうに目を向けさせられる。C以外の敵もいるって分からせておきたい。まぁ、他にも細かなメリットはあるけどね」


「ほぉー、よく分かった。倫諸はもうすぐ帰ってくるから、少し休憩してなよ。僕は管理室にいるからね」


「ん。計画が定まったらまた報告する」


 紫才は座り直し、暗に話は終わりだと告げた。


「はーい。じゃあよろしく」


 ね、と紫才の肩に手を置く。投げやりな言い方をされても、守代は一切気にすることなく返事をする。

 そして悠然とした態度で部屋から出ていった。



* * *



 指示を出して三十分後。書類と睨み合っていた紫才へ、例の連絡が入った。

 ピコンと可愛らしい音がしたのと同時、壁を覆うモニターに映像が映し出された。




『なんっで俺がこんな目に……』


 よく晴れた空の下、ブツブツと文句を垂れる銅の姿が映っている。

 彼は頭にヘンテコなものをつけ、小走りで道を闊歩していた。よく見なくても、その頭についたものがネズミの耳だと分かった。


『視線が痛いっつうの。くっそぉー、せめて耳が小さきゃフードで隠せたのに。尻尾も鬱陶しいなぁ、もお』


 言葉の通り、ズボンの隙間からピンクの尻尾らしきものが飛び出していた。歩く度、尻尾が左右に揺れる。


『ねぇねぇママ。あのお兄ちゃんの格好変だよ』


『シッ。見ちゃいけません!』


 親子がそんな会話をしながら去っていく。銅は恥ずかしそうに顔を伏せて、余計に小走りする。


「あと数時間の我慢だ。我慢我慢我慢我慢……」


 我慢という言葉をひたすらに繰り返し、ねず耳の彼はスーパーへと向かった。




 映像の銅を見て、ある人物が思い浮かんだ。


「この状況、彼女に任せるのがいいかな」


 彼女――有元(ありもと) 菓子(かこ)の悪趣味なままごとを思い出し、今が絶好のタイミングだと微笑する。


 有元 菓子。

 紫才達の生きる時代――未来で名を轟かせる研究者。いや、マッドサイエンティストと言っても大差ない。

 趣味の範疇を超えた大規模な研究を行い、アングラな世界では有名な存在。


 そんな彼女に一報を入れれば、飛びつくのは間違いないだろう。

 紫才はそう確信を持って携帯端末に向き直った。


 パネルを操作してメッセージを打ち込む。

 簡易的でいて興味をそそるような文に、短い動画と写真を添付する。


【本日、殻美戸駅近くにて動画の男を目撃。耳や尻尾には熱反応有り:動画,写真添付】


 文を打ち終えると、時間を置くことなく宛先へメッセージを送った。


「どうなるかなぁ……」


 常に監視がいる銅には、今もどこかで監視する誰かがついていることだろう。それでも彼女は上手いこと攫うはずだ。

 紫才の思惑は妙な確信に変わり、最終的には、既に終わったこととして結論づけられていた。

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