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Ep,24 平和な一日 本章

 キッチン側のダイニングテーブルではなく、リビングの奥にあるローテーブルに、それらは置いてあった。

 ダンボール箱と言うには、些か頑丈すぎる箱が四箱積んである。


 物資の確認という名目で全員が集まる。そこに銅が交じり、見事に第二隊が勢揃いした。


 銅が興味深そうに覗き込んだタイミングで、月輪が開封を始める。


「医療品と緊急用の栄養剤フードで二箱分。いつものやつだな。大凱、そっちは?」


「この箱には訓練用の衣類や備品が入っているね」


 一箱ずつ開封して中身を確認していく。それぞれの反応を見るに、特段変わったものでもない、れっきとした物資しかないようだ。


 初めて未来からの物資を見た銅は、少々気落ちしていた。未来の日用品やなんかを見られると思ったのに、入っていたのは任務に置いて必要なもののみ。


(でも考えてみりゃあ、それが当たり前だよな。なに勝手にガッカリしてんだ)


「うんうん。いつものが三箱分、ね。じゃあ、この箱は何かしら? ……あれ、ここに何か書いてあるわよぉ」


 他と比べて小ぶりな箱に手をかけた千坂は、側面の文字に気づいて辿るように読み上げる。


「山、茶、花。…あらら、山茶花小級長の名前があるわ。これは良いものが入ってる予感」


 そう言って容赦なく開封していく。銅は弾む気持ちで、中身が見えるのを待つ。

 パカッと開いた箱の中、何が出てくるのかと期待したが、入っていたのはお菓子に洋服、おもちゃだった。


「なんだこりゃあ。あのフワフワ女、こんなくだらんものを物資として送ってきたのかヨ」


 最初に文句を言ったのは美狼だった。それに同調するように、遊馬が渋い顔をする。


「た、確かに……。一さん宛にでもして普通に送れば良いのに。えっと、お菓子に可愛いお洋服。…くだらない子供用おもちゃも入ってる」


「あはは。まぁ彼女らしいプレゼントだね」


 わずかに白けた雰囲気で、銅だけが興味津々にそれらを見ていた。

 おもちゃというものの、しっかりハイテクな造りで、システム工学や機械工学に興味ある人なら、夢中になって調べるだろう。銅には良い解体材料だ。


「物資は整理するとして、とにかくこのお菓子は皆で片付けてしまおう。ほらほら、嫌でも一人一個は食べてくれよ」


 食べ物は無駄にしない精神で、月輪が強制的にクッキーやら飴やらを配る。

 渡されては仕方ないと、全員が不満そうな顔でお菓子を口に放った。


 そうして、しばらくは舐めたり咀嚼したりと、口を動かしていたのだが――


「うわ!?」


 声を上げたのは一体誰だったか。


 白い煙が体をふわっと包んだと思えば、瞬きの間に消えた。匂いもない煙は幻だったのか、跡形もない。

 何が起きたか理解出来ていない銅は、周りを見渡して余計に混乱した。


「な、なんスかそれ!」



 皆の頭や背中に何かが付いている。いや、生えている。



「逸実、お前にも付いてるからな。何やらデカい耳が」


 犬耳を生やした月輪に指摘され、自分の頭を触った銅は、奇妙な感覚に身震いした。

 形や大きさからするに、ネズミの耳だ。おそるおそる背中にも手を回してみれば、ピンクの尻尾が生えている。


「いやいやいやなんスか、なんなんスか、これ!」


 引っ張ってみても、当然だが取れやしない。そればかりか、痛みまであるではないか。


「だァァァァ! あのバカ女、また変なもん食わせやがって!」


 テンパる銅の横、羊のような角を付けた美狼が唸っている。ちなみに、しっかりとモコモコの尻尾つきだ。

 他にも、千坂には猫耳と細長い尻尾、遊馬にはうさ耳と丸い尻尾、一路には小さく固い耳と太く長い尻尾。


 パッと見ただけで、大体はどんな動物か分かる。ただ、一路の耳と尻尾は一見しただけでは分かりずらい。


「千景の(あね)さんが猫。シドは兎。蒼志さんは犬、かな? んで美狼さんが羊。…となると、大凱さんは何の動物なんスか?」


 銅の疑問に、皆の視線が一路へ向けられた。当の本人は、小さく尖った耳に触れてニコニコしている。

 全く危機感とか焦りはないらしい。それに自分で検討がついているようだ。


「これはトカゲかな? ほら、この立派な尻尾はドラゴンみたいじゃないか。それに耳もトカゲ科っぽいし」


「もしかしなくても、あのお菓子は今話題のなりきりセットなんじゃない? ああ、だからこんなに沢山服が入ってるのかも」


 若干一名、まだ事情を飲み込めていない者もいるが、未来組の五人は、こうなった原因が何なのか分かっているみたいだ。


「そんなに慌てなくても大丈夫よ。これは今流行ってるパーティグッズでねぇ、食べると一定の時間変身出来るっていうお菓子なの」


「こっちの袋にはコスプレキャンディが入っている。お、よく見ればこっちにはファンタジーマシュマロがあるじゃないか。俺達が食べたのは運良く動物お菓子だったみたいだ」


 誰も彼も焦った様子を見せない。どうやら大事はないようだが、銅には何が起こったのかまだ分からない。


「ちゃんと説明すると、このお菓子はパーティグッズなの。今食べたのがアニマルパニックっていうお菓子。これを食べれば動物の耳と尻尾が生えてきて、動物になりきれるよ、っていうものなんだけどぉ。効力は三時間程だから、時間が経てば勝手に消えるの」


 説明を受け、やっと安心できた。安心できた、のだが未来にはそんなくだらないものが…。


 コスプレキャンディは、例えば海賊という職業の飴を舐めれば、服は海賊衣装に変わり、自分もその役に入り込んでしまうという、周りから見たら少々イタいキャンディらしい。

 もう一つのお菓子、ファンタジーマシュマロは、名の通りにファンタジーな生き物に変身出来るという、マシュマロらしい。それもケモ耳の程度を超え、生き物そのものになってしまうという。


 その話を聞き、まあ確かに耳と尻尾程度で済んで良かったのか、と理不尽にも納得してしまった。


 さてさて、気持ちが一段落した銅だったが、更なる問題が発生した。


「ところでさ、今日は夕飯の買い物に行く予定だったんだ。でもこんなことになっちゃって…。誰か代わりにスーパーと、ついでに替えの電気買う為に駅前の方まで行ってくれないかな」


 日常で欠かせないご飯。特に夕食は、時間の使い方によっては豪華なものを作れる。しかし、その為には材料が必要だ。

 家事をこなすのは一路であるが、確かに買い物まで彼でないといけない、わけでもない。


「ゴホンッ。夕飯の買い出しか。そんなこと思いつきもしなかった。いつも大凱に任せっきりだからな。だが、いくら行きたい気持ちはあっても、俺みたいな大男がこの格好で外を出歩くのはいかがなものだろうか」


「オレも絶対パス。誰が悲しくてこんな格好晒すかヨ。どうせその格好気に入ってるんだろ、ちか。ならお前がいけよ」


 角を気にしながら、頭の後ろで手を組んだ美狼。自分は関係ないと言わんばかりに、顔を逸らす。


「えぇぇぇ。確かにこの姿は気に入ったわよ。だけど、不特定多数の男性から遠慮ない視線を浴びるのは目に見えてるわぁ。うちは自分をそんな安売りしないし、勿論、シドちゃんもね」


「は、はい。あの私もさすがに恥ずかしいというかなんというか…、イヤです」


 多少はうさ耳を気に入っているのか、終始耳を触ってソワソワしていたが、断る時はきっちり断るようだ。イヤです、と言った時の顔と声は本気(マジ)だった。


「僕もいい歳したおじさんだし、こんな姿で歩くなんてね。その辺はしっかり弁えていないと。…てことで、若者代表の逸実くん。ついでに好きなもの買ってもいいから、お願い」


 一路特有の有無を言わせない笑顔に、若者代表は顔を引きつらせる。


「な!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 嫌っスよ〜、隠せる耳とか尻尾ならまだしも、俺のは絶対隠せないし!」


「仕方ない。ここは平等にジャンケンしよう。ちなみに行くのは二人だからね。……じゃあ、ジャンケン――」


 ポン!


 勢いよく出された手の内、四人分がパー、二人がグー。一発で、それも綺麗に勝ち負けが決まった。


 結果、負けたのは銅と美狼でした。


「はァ? 流れでジャンケンしちまったが、オレはそもそも行く気ねェ」


「本っ当にそんなこと言っていいのぉ? これ行ってきた人には指揮官からお駄賃が出るのよ。…ほら、最近お金入り用なんでしょ?」


「な、なん...だと」


 決め手は千坂の言葉だった。

 あれだけ渋っていた美狼が「しょうがねェな」と立ち上がり、未だ負けたショックで呆然とする銅を連れていった。




「おい細目野郎。いつまでショック受けとんだ。ほらさっさと買いに行け」


 マンションの外出口。突っ立っている銅に、グイグイと手提げを押し付ける美狼。

 推測するに、行ってこいと言っているのだろう。


「え! 美狼さんも行くんスよね? ね?」


「何バカなことほざいてやがる。オレがここで待ってる間に、お前はひとっ走りすんだよ」


「いやいや! せめて一緒に行きましょうよ!」


 無理やり一人で行かせようとする美狼に、これでもかと食い下がる。

 二、三分の攻防を繰り返したところで、遂に美狼がキレた。


 ――ガブッ


「いっでぇぇぇぇ! え? 今なんで噛んだんスか!?」


 突然腕を噛まれた銅は、声を荒らげて美狼に詰め寄った。

 普通は人の腕を噛むなんてしない。殴るなら分かるが、まさか噛むとは。


「てめぇがヒエラルキーを理解してなかったみたいだからナ。解らせてやったんだ。ホラ、これ以上痛ぇ思いしたくねぇなら、とっとと行ってこい」


 満足げに顎で指示を出され、銅は言い返すことも出来ず、ブツブツ言いながら外へ出た。



 道中、小さな子供に指をさされ、その母親に「見てはいけません」と逃げられたのは言うまでもない。


 ものすごく悔しかった銅は、せめてもの意趣返しに美狼・ジャルダン・町夫(まちお)という名で領収書を書いてもらったのである。

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