Ep.22 情報共有という名の反省会 〜ぬいぐるみの謎はそのままに〜
涼やかな空気に、どんよりとした雰囲気が入り交じった室内。
遊撃隊の仮住まい十四階では現在、一同が顔を突き合わせて討論している。議題はそう、先ほどの件についてだ。
話は今から一時間前に遡る。
マンション近くの山では結構な騒ぎが起こり、皆して混乱する状況に陥った。
黒巻に化けた敵の襲来に、見せつけられた圧倒的な強さ。隊員の攻撃をものともしない防御性。やり返すことすらしない余裕。
あの後、場にいた全員を倒した挙句、マンションにでも攻め入られるのかと身構えていたが、意外にも敵はあっさりと身を引いた。
『こんなものか』という屈辱的な言葉を残し、黒い煙の中に消えていったのだ。突然で一瞬の出来事だった為、止めることもできなかった。
幸いなことに黒巻は直ぐに見つかり、誰一人大きな怪我をすることなく終わったが、その場に遺恨が残ったのは言うまでもない。
そんなこんなで、今は情報共有という名の反省会をしている。
部屋の雰囲気に似つかわしくない、可愛らしい動物のぬいぐるみやフェルトが置かれたテーブル。
こんな空気の中では聞き辛いが、銅は先ほどの件と同じくらい、それが気になっている。まぁ、聞いた途端に遊馬あたりがブチ切れるのは目に見えているから、決して口にはしないが。
馬鹿なことを考えている銅をよそに、他の者達は真剣に意見を交わす。
「あの強さはCとは全く異なる構造だった。我々三人で挑んでも倒すことは出来ず、傷をつけられた様子も感じられなかった」
「あれは完全に戦闘特化型サイボーグだな。それもおそらく、Cを造り出した者が制作したサイボーグ。あそこまで精密なら完全作と言えるだろう。弱点も見つからなかった」
「えぇ〜。僕らは見てないから分かんないけど、サイボーグならどこかに弱点はあるでしょ。それよりも、まずはあいつの目的が何なのかだよね〜」
(あのぬいぐるみは猫か? それとも熊か?)
「まぁ、確実に僕達の偵察と腕試し目的だろうね。Cを作るにあたって、どこまで驚異となりうるのかを確認にきたのかも」
「不幸中の幸いはスキルでの攻撃をしなかったことかも。要とも言える武器がバレなかったことねぇ。隙を与える材料は少しでもない方がいいわ」
「しかしまた紛れ込まれたら、悔しいことに次も気づかない可能性がある。…黒巻、その為にもお前が捕まった時の状況を説明しろ」
「ええ…。皆さんお気づきかと思いますが、捕まったのは私が連絡を取りに離脱した時ですわ。看板を通り過ぎた時に人とすれ違って、次の瞬間には意識を失っていましたわ。次に目を覚ましたのは右璃達に声を掛けられた時でした」
あまり核心をつけない答えに、不動のうさぎ顔は難しい表情に変わる。
「相手の顔や何か変わったことは?」
「正直、相手が人だったことしか覚えていません。すれ違いざまに目が合って会釈されて。今考えれば、何らかの認識阻害を掛けていたんでしょう。不甲斐ない話ですが、特に印象もなくほとんど記憶にありませんわ」
語った黒巻は、悔しそうに唇を噛んで眉を寄せる。
「なるほどね。でもこれで、奴のある程度の能力は分かった」
(あのペンギン……。体が緑色なせいで大きい細菌に見えるわ)
「まずは何かしらの発動条件、例えば三秒以上目を合わせるとか、相手とコンタクトを取るとか、比較的難しくない条件をクリア出来たら、相手の容姿に化けれるんだと思う」
「そうか。黒巻に接触して容姿を模写。おまけにスキルまで模写した、と」
「うん。それに加えて敵本来の特別な能力、瞬間移動に謎の靄。不動君が触っても平気だったから害はなさそうだけど、目眩しとしては十分。プラス、備わってる身体能力も並外れていると思う」
「ハイハイ、ようは完璧なサイボーグだって言いたいンだろ。だがな、所詮は作りもんだ。本気だしゃあ片付けられるワ」
「そんなこと言ってぇー。全く歯が立ってなかったじゃん。虚勢張るのだけは得意だね、狼ちゃん」
横槍を入れた美狼に対し、今まで黙っていた蛇狂がここぞとばかりに絡んでいく。
蛇狂は人を揶揄うことが生きがいだ。一方、美狼は誰彼構わず噛みつくのが通常なのだ。そして二人が混ざれば、必ず言い合いが始まる。
「ウッセェぞ、クソ蛇野郎。いつも俺に負ける雑魚が話しかけてくんな」
「そんな汚い言葉使っちまってなー。世界上級長の耳にでも入ったら怒られるんだろうなー」
「あいつは関係ねェだろうが! 自分が底辺だから上に縋りつくことしか出来ねぇのかァ?」
「上司に報告するのは社会人として当たり前のことだよ。それすら理解出来ない君は……あ、人間じゃないから仕方ないのかぁ、ごめんごめん」
「人間じゃねぇのはテメェだろ。うんこ見たいに、とぐろでも巻いてろ雑魚蛇」
組織の中では割といつもの光景だが、こんな時にまで勃発するとは、と月輪達は痛む頭を抑える。
皆が溜め息を吐いているところ、すかさず止めに入ったのは最年長の一路だった。
「はーいストップ。今は戯れ合う時間じゃないよ。これ以上続けるなら、世界上級長と木蓮特級長に報告するよ。嫌なら静かにね」
一路の口から、それぞれ上司の名前が出てきて、二人は渋々黙る。美狼の方は特に機嫌を悪くしたのか、ソファの上に丸まってそっぽを向いてしまった。
「……話を戻して、一つ気になったことがあるんだ。奴が黒巻さんとして戦っていた時、何故わざわざあのタイミングで模写を解いたのか。本人は姿を晒す必要はなかったと思うんだ。黒巻さんのままでも十分強いし、姿を晒せばリスクが伴う」
「それこそ、また外せない用事で離脱するなり、黒巻の姿でその場を去った方がリスクは少ない、ってことですね?」
「うん。これは憶測だけど、模写する力には時間の制限があるのかもしれない。勿論、本来の姿でも強いはず。でも模写すれば相手の強さが上乗せされる分、体にかかる負荷が大きくなる。いくらサイボーグ造りに長けていても技術には限界があるんだよ」
この見解は、技術班での経験がある一路ならではのものだ。
「なるほど。そのご意見は一理ありますね。さすが一路小級長だ。私、遊撃隊リーダーとして、上を目指す者として、一路小級長のようにもっと見聞を深め、何事も経験しようと思います」
「あはは、僕を買い被りすぎだよ。でもありがとう。じゃあ不動君も何か気づいたことがあったり、考えがあったら教えてね。皆も、小さなことでも教え合うように。それと指揮官への報告もあるから、報告内容はしっかりとまとめること。……じゃあ最後に。今から夕飯までは体を休めて、気晴らしをすること」
では一先ず解散! と一路は手を叩いた。その音で、銅はぬいぐるみの謎から現実へと引き戻された。
「逸実、大丈夫か?」
ずっと一点を見つめて動かなかった馬鹿な男に、隣に座っていた月輪が心配そうな声で話しかけた。
「あっ! と、ダ、ダイジョブでーす」
まだ若干ぼんやりしていた銅には、意表を突かれたような投げかけで、意図せずカタコトで答えてしまった。
だがそんなお間抜けにも優しいのが、リーダー月輪だ。
「大丈夫ならいいが…。今日は訓練とは違う初の対人試合に、いきなりの敵出現だっただろう。何か発散したいなら一緒に走りにでも行こうか? それとも黙って話を聞こうか。同じ隊として、友達として力になるからな」
「ありがとうございます。でも今は大丈夫っスから、蒼志さんは気にせず休んでくださいよ。俺よりよっぽど疲れたでしょう」
「ハッハッハ! 心配してくれるのはありがたいが、俺はまだまだ元気だぞ」
爽やかに笑い飛ばして、でかい男を更にでかい男が犬にするみたいに撫でる。
「これは腐ってる私にとっておいしいシーンだわ。銀、直ぐに戻って作業しましょう」
「了解した」
銅達の斜め前にいた白雪が、ボソボソと空閑に話しかけ、とっとと部屋から出ていった。
彼女らの横で白雪の言動含め、たまたま一部始終を見ていた千坂と遊馬は、それぞれ頷いたり首を傾げたりした。
(全部聞こえてるし見えてるんだよ…)
半目の銅は月輪の優しさに感謝しつつ、そっと距離を取ったのだった。
▽
――某所
「報告致します。あの辺りを拠点としているのは十三人。その中の一人に成り代わりましたが、バレることはありませんでした。強さを観察したところ、今後邪魔になるであろう人間は三人。しかし脅威になる程ではないと思われます。我ら戦闘特化型サイボーグにかかれば問題ありません」
黒い人影――倫諸は淡々とボスに報告する。籠った低い声と表情が分からないせいで、冷たい印象を拭えない。
「分かった。…で、体の方は異常なかった?」
ボスは事務連絡をするかのように、抑揚のない声で答えると質問を投げた。
部下である倫諸も冷淡に感じるが、ボスはそれ以上に冷酷そうなオーラを放っていた。
「特に異常はありません。攻撃を受けた部分の内部回路が少々破損しているくらいです」
「そう。じゃあメンテナンス室に行って、守代に損傷部分を報告して。後で直す」
気持ちの感じられない表情。低く硬質な声。
二つが相乗効果となり、ボス――紫才の冷酷な佇まいは輪をかけて冷たく感じてしまう。
大半の人は、相手の気持ちを組もうとするが、紫才は相手の気持ちなんて気にしない。
「では失礼します」
倫諸は足音も立てず、部屋を出ていった。そんな彼を見届けることもなく、紫才は仕事に戻るのだった。




