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Ep.20 勝利の行方

 溜め息を吐きつつ、本当に一瞬だけ銅に視線を投げた。


 その視線で何を伝えたいのか、口に出さずとも分かった。あの作戦を実行するなら今だと言っているのだ。


 今なら大門の意識が完全に美狼一人へ向いている。

 フィールドの端っこで存在を消し、ブレインコントロールを試す。


 タイミングとしては今から五秒間。


 相手が後方に下がり、動きを止めて技を繰り出す数秒。その間に集中と接続を完了させ、見せている妄想を現実に置き換えさせる。


 大門達が地面を蹴り、後ろへ飛び退く。


(今だっ!!)


 周りの景色を思い浮かべ、登場人物を置いていく。自分以外の人を配置につかせたら、大門達へ意識を集中させる。

 厳密に言えば大門達が身につけているアクセサリー型の武器に。


「繋がった! ではやりますね!」


 電源がついたようにパチッと脳波が重なり、美狼にだけ分かるよう、合図を送る。



ブレインコントロール(脳内操作)!)



 ここからが本番だ。

 作戦の通り、自分を認識させずに美狼がいるはずの位置も少し変える。


 現実では大門から見て左斜め前の位置、先ほどと変わらず同じ場所にいるのだが、妄想の中にいる美狼はもっと後ろにいて、距離が開いているように見える、はずだ。


 対象との距離を測れなければ、攻撃もあやふやなものになる。

 大門ズは自身が強いにも関わらず、あまり前線に出ようとしない。本人達は傍観者の方が楽しいらしい。



ギガ(巨化)ツー(2)


 声に合わせて現れたのは、巨大化した二人の分身。

 見た目は本体と同じで愛嬌があるのに、迫力は阿吽像のように凄まじい。


 五メートル近くある巨分身が動き出す。見た目に反し、敏速な行動で幻影の美狼に近づく。


 現実空間では、標的を通り過ぎ何も無い場所へ向かう巨分身。動きを追う遊撃隊の仲間は困惑している。


 それもそうだ。巨分身が見当違いに動く隙に、美狼が本体の二人に忍び寄っているのだから。


コンバティック(超陰電の統合化)


 最後の時は意外とあっさり来た。


 いないはずの気配を感じ取った大門は、急いで退こうとしたが、それよりも先に美狼の攻撃が当たった。

 スキル名と共に静電気が発生し、物理的に大門ズをくっつけてしまった。


「降参ちまちゅー! って叫んだら拳骨仕舞ってやるヨ」


 楽しそうに右手を上げている姿に、そっとブレインコントロールを解く。


 それによって姿を現した美狼は、()める大門ズへ不敵に笑ってみせた。


「チッ。……降参」


 大門達が両腕を上げた瞬間、遠くから一路の声で終了を告げられた。



「勝者は第二隊。傷の手当が必要な場合は、配布した救急セットで処置してね。…そうだ、前半戦は大きな怪我なかったからいいけど、重傷以上は負わせたらだめ。潔良い降参も大事だよ」


 そうか、怪我。

 終わってみて考えれば、銅は思いっきり電撃を浴びた。後遺症はないのだろうか。


 まだ若干震える足でフィールド外へ退出する。美狼は涼しげな顔で先を行き、共に戦った味方を気にしている様子もない。


(うぅぅぅぅ、やっぱ美狼さん強ぇな。にしても、この痺れはどうにかなんないのかね。さっきから震え止まんねぇ)


 痛くはないけど違和感すごいわ。そう、脳内で独り言を並べている銅だったが、フィールドから半歩出た瞬間、スラスラ出ていた独り言は収まってしまった。


「…っ!? あれ、痺れが消えてる!」


 ついさっきまで震えていた足は、串のように真っ直ぐに戻っている。

 無論、驚いた銅は声を大にして歓喜した。勝利への歓喜ではなく、体の異常が消えたことへの歓喜だ。


「勝利おめでとう。二人とも見事な戦いぶりだったぞ」


 一人、別口で喜んでいる阿呆な男を尻目に、月輪達は称賛の声を寄せる。

 ただ銅のみ、痺れが無くなったことへの喜びと疑問でいっぱいだ。労いの言葉も、半分聞き流してしまっている。


「美狼さんのおかげとはいえ、勝てたのは嬉しいッス。でもそれよりなにより、この人体の不思議が気になってしゃーないんスけど」


 興味津々といった態度の銅に、軽い笑みを浮かべた月輪が返答する。


「ああ、説明していなかったな。その痺れは特別武器によって出来た負傷だから、フィールド内でのみ作用するように出来ているんだ」


「そうそう。まぁ簡単に言えば、フィールドは仮想空間だったってこと。物理攻撃なら傷は残っちゃうけどねぇ。…あ、C達と戦う空間は仮想じゃないから、そこは気をつけるのよ」


 二人の説明と補足を聞き、銅はあぁ、と納得して足に触れた。

 全く違和感がない体は、左手の拳のかすり傷を除いて訓練試合前と変わりない。


「あ、そのかすり傷くらいならすぐに治せるから、この消毒液と絆創膏で様子みて。一時間後には無くなってるわ」


 拳の傷に気づいた千坂が甲斐甲斐しく手当をする。

 舐めれば治るくらいの小さな傷で、本人はそこまでしなくていいと止めかけたが、年上美女に手当される褒美を手放すのは惜しかった。


「あ、ありがとうございました」


「いいのよ。勝ってくれたお・れ・い」


 一文字ずつ区切るように答えた千坂は、最後に銅の長い指先にちょん、と触れた。


「でへへ。頑張った甲斐ありまし、……っ!? (いて)ぇぇぇぇ!」


 だらしなく顔を崩す銅に、次の瞬間、容赦ない鉄拳が降り注いだ。

 結構な威力のそれは、銅が大声を出すに足るものだった。


「馬鹿みたいな顔しないでください。さっきから見ていられません。ていうか、次私の試合なのに士気が下がるんですけど。それにそんな強く叩いていません。私の力がゴリラ並みとでも言いたいんですか。何でもいいけど、そろそろ気持ち切り替えてくれませんか」


 殴った犯人である遊馬は、突然ペラペラと早口で捲し立てる。彼女がはっきり敬語を使う時は、怒っている時か照れている時だ。


 今回は何故だか怒っている。銅にとっては意味不明で理不尽な話だが、とりあえず謝っておく。


「なんかすいません…」


「はぁ……。以後禁止ですよ、そのふざけたデレ顔」


 溜め息をつきたいのは銅の方だ。それでもこれ以上引きずるのは得策でない。ため息と文句を飲み込む。


「もぉ。可愛いシドちゃん、少しお口が過ぎるわよ。逸実ちゃんも気にしないでね」


「別に大丈夫ですけど。名前のちゃん付けはイヤっスよ」


「あらぁ、良いじゃないの。とにかく、シドちゃんは次の試合だけに集中して!」


「そうですね。では行ってまいります」


 激励を送る千坂へお辞儀をした遊馬は、ちょうど号令をかけられてフィールドへ向かった。



「あれ、黒巻隊員はどこへ?」


 こちら側が準備体制に入った時、対戦相手の姿がないことに気づいた一路が遊撃隊に問いかけた。するとリーダーの不動が一歩前に出て、


「待たせてすまない。先ほど通信が来たとかで少し席を外している。しかし、もう戻るはずだ」


 声を張り上げて答えた。

 そしてその言葉通り、黒巻はすぐに現れた。


「遅れてすいません」


 貴族令嬢のような縦ロールヘアを優雅に揺らし、黒巻は審判へ謝罪の意を示した。


「それでは位置についてください」


 前試合と同じように一路が腕を振り上げる。


「開始!」


 指を鳴らすような高い音と、フィールドを囲む薄い色のシールドが出現した。



 始まりと共に動いたのは遊馬だった。

 彼女は左足を後ろに下げ、姿勢を低くする。ジャリっと砂を蹴る音がしたと思えば、次の刹那、矢の如く飛び出した。


 宙を疾走する馬はたてがみに炎を纏わせ、威嚇するように火力を増す。

 電光石火の勢いで黒巻に近づいた遊馬は、先制攻撃を仕掛けようと踏み込んだ。


 炎を伴う右足で相手に切り込み、左足を軸に回転する。

 相手の横腹に入れば、間違いなく吹っ飛ぶだろう。躱したとしても、何らかの反動は覚悟しなければならない威力だ。


 しかし本当ならここで、逃げようとする動きや、構える素振りがあるはずなのに、痛快な蹴りが入る寸前まで黒巻は動かなかった。


「スペティバル」


 どこまでも冷静な声色がした響いたや否や、遊馬の体勢が歪んだ。


 体幹が左に傾き、あと少しでバランスが崩れるというところで、何とか立て直して相手と距離を取る。


エンドレスファイ(絶無限赫地獄)!」


 何かを警戒する仕草で視線を巡らせ、自身の周りに火柱を上げた。火柱を四阿に見立てた、防御優先の技。


 観客である銅は一連の流れについていけず、ただ目を白黒させている。


「逸実、あれが黒巻のスキルだ」


 銅の気持ちを察したのか、観戦はそのままに、隣の月輪は解説を始めた。


「空間を切り取り、転移を可能としたもの。今のはシドが蹴りを入れる寸前を狙い、彼女の足下の転移陣を発動させたのだろう。流石に人一人を転移させるのは難しいが、体の一部を転移させて隠密的に行動を起こせる」


「じゃあ今のは、シドの足下に自分の腕だけ転移させ、足を掴んで体幹をブレさせたってことッスか」


「イエス。彼女は、相手の弱点である接近戦に持っていき、直ぐに決着をつけようとしたのだろう。勿論、簡単にやられてくれる相手ではないから、希望的観測に過ぎないが。長引くとあちこちに転移陣を残されるから不利になるんだ」


(なんとも便利な武器だな。長引かせずに接近戦で…なんて難しすぎるだろ)


 解説を聞き、銅の顔は渋くなっていく。遊馬も十分強いのだが、スピードと接近戦に特化していなければ勝つのは至難の業だ。


 勝利は早い段階で傾きつつあるが、遊馬の表情はそれ程厳しくなかった。


ファイプラスト(絶種灼熱爆破)


 直径五センチにも満たない黒い球体を、無造作に地面へ放る。

 球体は落下していき、いとも簡単に地面へぶつかった。



 ――ゴオォォォォォォ!!



 小さくバウンドした球体は、天に向かって大きな炎を上げ、凄まじい音を立てた。


 黒巻の前方は苛烈な炎で埋め尽くされ、視界がくすんでいく。

 その隙をつき、遊馬が攻撃を仕掛ける。


 転移するには視界が最も重要になってくる。この攻撃はそんな特性の弱点を狙った手だ。


 第二隊や審判側からは相手の姿は確認出来ず、遊馬にも直接は目視出来ていない。

 それでも豪炎の後ろで揺らぐ気配は分かる。


 音もなく炎の中に突っ込んでいき、敵の気配を探る。


 当たりをつけ、素早く腕を振り上げた。首の後ろに手刀を入れようとしているのだ。


 炎を切った腕が黒巻に当たる寸前、彼女の引き締まっていた口元が酷く歪んだ。黒巻らしくない、意地の悪い表情。


 その顔に遊馬は目を見開くが、今更止められない。手刀は上手いこと頸に当たり、黒巻は確実に倒れる――はずだった。

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