Ep.2 青空の下で情けなく叫ぶ男
「な、なんなんだよこれ」
駅のホームから人が消えたと思えば、突然の爆発と凄まじい爆音。
よく目を凝らし見えてきたのは、空中に飛んでいる何か。
(あれって人か!?)
空を飛ぶ人影、およそ九個。見たままで言うなら、アニメさながらの空中戦。
「絶無限赫地獄!!」
頭上から聞こえる可愛らしくも力強い声と共に、人影の一つを複数の炎が囲んだ。
炎はメラメラと燃え続け、やがて人影すら残さず消えていった。
その光景に、更に混乱を極める銅は十メートル先に降り立った"それ"が、自身を狙っていることに気づかない。
正面に立ちはだかり、こちらを見つめる真っ黒な目に気づいた時には、既に逃げ場はなかった。
視界に立ち塞がった"それ"は一見すると人間なのだが、不自然な程に真っ黒な瞳や、操り人形のような関節部分が人間でないことを告げている。
更に気味の悪いことに、その瞳は膨張している。
人間じゃないと判断した途端、身体中から大量の汗が吹き出す。
逃げたくとも体は硬直し、目を逸らすことが出来ない。
(何だか分からんが、このままだと確実に死ぬんじゃねぇの…!)
"それ"は垂らしていた腕を持ち上げ、銅に掌を向けた。
掌の中心部分に青白い光が集まり、甲高い機械音が耳を刺す。
死ぬ覚悟なんてないが、この流れでは間違いなく死ぬ。汗と鼻水を垂れ流す顔は絶望に歪む。
「そこのきみぃ、少し下がってちょうだ〜い」
緊迫した状況下、どこからか柔らかい声が響いた。
「至締荊棘」
その言葉を合図に、"それ"の足元から棘のついた蔦が生え、体に巻き付いた。
蔦は徐々に体を締め上げ、ギギギ、と鈍い音をたてて体を潰す。
さっきの炎といい蔦といい、銅の思考はいよいよ停止してしまう。そんな彼を他所に、今しがた蔦を出した女性は、今しがた助けた男の顔を覗きこんだ。
女性に頬を掴まれ我に返った銅は、目の前の姿を見、また固まってしまった。
体のラインに沿った焦げ茶色のタイトなワンピース。そのワンピースに袖はなく、胸元から膝上十五センチ丈という際どいデザイン。
もはやバスタオルを巻いているだけに見える。
ウエストには赤いベルトが巻かれ、ワンピースの胸部分と裾部分には白いファー。
おまけに彼女のブラウンの髪が揺れる。その全身像は、セクシートナカイコスだと言われても頷けるものだ。
固まってしまった銅にどこ吹く風の女性は、可愛らしく首を傾げ、首元のベルをチリンと鳴らした。
「あれ、君はコピーじゃないわよね?」
「コ、ピー? ……って、それよりここどこっスか! あんたら誰っスか!」
水を得た魚のように、突然手足をバタつかせ始めた銅を尻目に、女性はひとつ頷いた。
「うーん、違うみたいだねぇ。とりあえず今は忙しいから、色々と後で説明するわね。じゃあ、出来るだけじーっとして待ってること!」
そう言ってウィンクすると地面を蹴りあげ、空高く飛んでいった。
銅はその女性を目で追い、未だ繰り広げられている空中戦を見つめる。
空には声をかけてきた女性を含め、七人の姿があった。
よくよく目を凝らしてみれば、先ほどの女性と、彼女の仲間と思わしき二人が"それ"らを討伐しようとしているのが分かった。
「このオリジナルは八十。速攻で仕掛けないと無理だ。ルビー、アントラーに続いてあれを!」
「はい!」
ルビーと呼ばれた少女は、赤いリボンで結んだ黒髪を揺らしながら勢いよく返事をする。
一際素早く動き回る巨体が少女に向かっていく。風を切るその速さは、目で追うのがやっとである。
「至締荊棘」
棘のついた蔦が巨体に巻き付き隙を作り出す。
「絶合加即燃焼」
次の瞬間、巨体を締め上げた蔦ごと燃え上がり、火が消えたと同時に灰になって散ってゆく。
空中の彼女達は続けて、見るも鮮やかな攻撃で"それ"らを破壊していく。
五分後、ついには最後の一体をも破壊し、いつの間にか真っ青な空が戻ってきた。
銅は首の痛みも忘れ、ただただ空を眺めていた。
短くも濃い戦いは終わり、唖然とする銅の前に先ほどまで戦っていた三人が降りてきた。
その内の一人、背が高く屈強な男が爽やかな笑顔を浮かべて近づいてくる。
「待たせたな、少年。では失礼する」
深海のような青い髪を横に払うと、筋肉の詰まった腕で銅を担ぎあげた。
予想もしなかった展開に、銅は情けない声を上げる。
「ちょおーっ、何するんスか! いやいや、こりゃどういう状況なんだ!」
「我々の基地まで最短ルートで行くからな、落ちないように大人しくしていろ!」
溌剌な声でそう言われ、銅は抗議の声をあげようとするが、言葉を発する前に男が飛んだ。
「ちょぉぉぉぉい! まだ死にたくねぇぇぇぇ!」
晴れやかな空に叫び声が響く。
頭の下には街が広がっていて、目を瞑っていなければ失神してしまいそうだ。
景色は華やかな都会から、緑の多い街並みに変わっていく。
徐々に下町になっていく中、場違いな巨大建物が鎮座しているのが見える。
進行方向には山々がそびえ立ち、その山々の前にある場違いな建物の屋上へ降り立った。
やっと愛しの地面に降ろされた銅は、腰を抜かさないように震える足でなんとか立つ。
しかし、無理する姿はさながら産まれたての子鹿。ビビっているのは一目瞭然。
そんな様子を見た男は、心配そうな申し訳なさそうな顔で銅の肩を叩いた。
「まるで童話に出てくる子鹿だな。大丈夫か?」
「あ、あぁ。まあなんとかな…」
「さて、"還戻"」
"還戻"その言葉が発せられてすぐ、空は一気に暗くなり、車や街の音がそこかしこから聞こえ出す。
まるで元の世界に戻ってきたようだ。
「なぁ少年。いや、いつまでも少年呼びは失礼か。俺は月輪 蒼志。貴殿の名前を聞いても?」
「ああ、俺は銅 逸実っス」
男――月輪の丁寧な言葉遣いに、銅もしっかり自己紹介を返してしまう。
親愛を込め、月輪が銅の肩を叩こうとした時、間延びした声が動きを止めた。
「自己紹介中ごめんねぇ。でも部屋に戻るのが先よ」
ここ一時間ですっかり聞きなれてしまった綺麗な声だ。
「その通りだな。じゃあ逸実、俺についてきてくれ。話はその後だ」
屈託の無い笑顔を浮かべ、月輪が歩き出す。それに続いて屋上のドアをくぐると、エレベーターに乗るよう促さた。