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Ep.10 回り道でほのぼのしているだけ

 真っ白な空間の中、体も動かせず、ただ果てのない天井を見ていた。

 水面下から見た世界のように、ひどくぼやけていて、辺りが白いことしか認識出来ない。


「――から、穴があると思われます。――には?」


 感情の乗っていない声が、覚醒しきっていない脳に届く。言葉は途切れ途切れで、一体どんな話しているのか、分からない。


「おい! ――だろ!? 知らないくせに、手を――!」


 激昂した男性の声が響き、これは言い争いをしているな、と気づいた。

 固定された頭を諦め、眼球だけでも動かす。


「――君。とりあえず、Y-A1の血液を」


 やがて言い争いも収束し、声主の一人が近づいてくるのが気配で分かった。


 気配のする方を必死に見るが、顔や服も認識出来ず、辛うじて輪郭が分かるだけだ。

 ただ一つ、右手の注射器ははっきりと見える。


(注射は痛いから嫌! やめて! やめろってば!)


 得体の知れない影より、目の前で光る針に恐怖を感じ、一生懸命叫んでいるのに声が出ない。

 声の主は左腕を手に取り、非情に注射針を突き刺した――











 第二隊の面々と共同生活を始め、早一週間が過ぎようとしていた。

 勝手の分からなかった銅も、今では生活に馴染みつつある。


 基本、出先には誰かが同行する。もしくは、銅からは見えない場所で監視しているので、良くも悪くも一人の時間は少ない。


 常に視線を感じるが、それで安全が守られるのだから、銅は何も言わない。

 むしろ常に人がいる生活は、銅にとってぬるま湯に浸かるような心地良さがあり、妙に懐かしかった。


 きっと、銅の温かい過去を彷彿とさせるからだろう。

 家に誰かがいて、何気ない話で笑いあったり、些細なことでも気にかけあったり。随分と前に無くしたものが、また戻ってきたようで、銅は密かに気に入っている。


 そしてこの一週間、観察していて気づいたことがある。いや、改めて気づかされたと言うべきか。

 皆が皆、個性的で少々気が滅入るということだ。


 班のリーダーである月輪は、見た目通りの豪快さと優しさに加え、かなりの天然で、話し出すと止まらない。年齢は知らないが、邪気の無さはまるで少年だ。

 そのせいで、話を遮ることも憚られ、何時間も意味をなさない会話に付き合わされる。


 リーダー補佐の千坂は、一番接しやすい。

 姉と呼ぶように迫られる度に断るが、明るくて包容力があるところは、確かに姉と自負するだけはある。

 ただ、十回に一回の割合で、厳しい言葉を投げることがあり、それが中々怖い。


 遊馬はとにかく静かだ。自己紹介の時、千坂が人見知りちゃんと言っていたが、全くもってその通りだった。敬語が常で、銅に向けた表情は固い。

 初めて会った日に比べれば、遠慮はなくなってきたし、毒舌具合も加速している。


 一路には、年上特有の余裕があるように感じる。砕けた口調のおかげで話しやすく、気遣いが上手い。

 そんな一路にも難点はある。下手な冗談を言って場を凍らせたり、センスの無い服を着たり、若干常識とズレていて、たまに困ってしまう。


 中でも一番難しいのは美狼だ。誰に対しても容赦ない物言いに、鋭く向けられる警戒心。

 それでも距離感だけは無いので、銅もパーソナルスペースに入れるのだが、その度に馴れ馴れしくするなと言われてしまうのだ。


 やっと人柄を掴めてきたと思えば、個性的な面が更新されてしまう。

 カテゴリーで言うと"その他"に分類される銅にとっては、性格だけでなく存在自体、別次元に思えてならないのだ。


 銅はそんな人たちに混ざり、今日も朝食を食べていた。

 朝が弱い美狼以外は、白米と味噌汁、鮭の切り身という昔懐かし日本の朝食を、談笑を交えている。

 ちなみに、月輪はランニング後らしく、今はご飯三杯目だ。


「今日は逸実も同行してもらう。あと、遊撃隊が関東まで来ている為、俺たちは遠出になる」


「ええ! …あの子たち苦手なんだよなぁ。ていうか、遊撃隊は遊撃担当じゃなかった? わざわざ、うちらのとこまで来る必要ないでしょ」


「本当ですよ。後から派遣されてきた挙句、エリート組とか言われて上からもチヤホヤされて。私は関わりたくありません」


 珍しく饒舌の遊馬は、千坂に便乗して苦言した。どうやら二人は、第三隊をよく思っていないらしい。

 銅はまだ会ったことなく、そもそも存在自体初めて知った。


「まぁ人は多い方がいいし、会うことはないだろうから、あまり気にすることはない」


「え、第二隊以外にも、この時代に来てる人いるんスか?」


「俺たちが来た三ヶ月後に派遣されてきたんだ。遊撃隊は日本全国を転々としているからな。こっちとは戦略が違う」


「そうそう。どうせ上層部のおじ様たちが、第二隊の粗探しでも命じたんでしょうよ。うちらは訳あり隊だからねぇ」


 頬を膨らませ、いかにもつまらないと言った風に千坂は吐き捨てたが、


「バカ言うな。俺と指揮官はまともだ」


 欠伸をしながらやってきた美狼が、その言葉に反応して言い返した。

 一瞬、自分たちを卑下した千坂を、彼なりに否定したのかと思ったのに、冷静に考えたらそんなことは無かった。


「あららー? 朝から指揮官大好きアピールかしらぁ? …っていうか起きるの遅いわよぉ」


「おお、美狼おはよう!」


「美狼は相変わらず世界さん一筋だね。っと、それよりもご飯準備してあるから、温かいうちに食べてね」


「はいはい。……あ゛ぁぁ、クソ眠ィ」


 首元の太いチョーカーを引っ張り、美狼は大きく首を回す。すり足で進み、いつもの椅子についた。


「じゃあ俺は先にご馳走様するから、美狼はしっかり食えよ」


 美狼と入れ替わりに、月輪たちは立ち上がって片付けを始める。

 銅もそれに倣い片付ける。手を動かしながら、初めての一日同行へ思慮を巡らす。


 第二隊に遭遇から一週間。二日目までは十体近く見たのに、三日目からはめっきり見なくなった。良い事ではあるが、Cを間近で見て詳細を知りたいのも事実。

 今日はCが出没するのか、若干の緊張をこさえつつ、自室へ戻った。




* * *




 九月 二十九日 午前十時


 五人は予定時刻より一時間遅れて基地を出た。荷物は最小限に抑え、秋晴れ太陽の下を歩き出す。

 てっきり銅は、未来の技術を駆使してパトロールするのかと思っていたが、その予想は外れた。基本は公共機関で、たまに車やアンクレットを使うらしい。


 今日は電車だというので駅まで歩き、目的地の方面に向かう電車に乗った。

 休日なだけあり、いつもより家族連れやカップルがいるが、幸いなことに頭痛はしない。つまり、Cはいないということだ。


 電車に揺られ一時間もした頃、やっと終電駅に着いた。

 乗り継ぎもなく一本で行けたここ、天守衛(てんしゅえい)駅は自然多き観光地として有名で、駅に降りた途端、清涼な風が体を撫でる。


 人がそこそこ多いということは、Cがいる確率も高い。この風と緑で、少しでも落ち着きたいところだ。


「そんなに構えなくていいからな。なんなら観光している気持ちでいていい。ただ、警戒は忘れずに。我々は油断が命取りになるんだ」


「うっス。それで蒼志さん、早速浮かれている人がいますよ。あ、団子屋に入っていきました…」


 駅前の広場で月輪が進言している間に、千坂たち女性陣は団子屋の暖簾を潜り、着いて早々に別行動を始めた。

 その流れはあまりに自然で、月輪は渋い顔をしたが、止めることはしなかった。


 美狼はガードレールに腰掛け、平常通り体を伸ばして欠伸をしてと、緊張感を微塵も発さない。全く我関せずな精神は、何処でも何時でも発揮されるらしい。


 五分もしないで戻ってきた二人は、醤油団子を頬張り、悪びれもなくこちらに手を振る。


「ごめんごめん、美味しそうでつい入っちゃったのよねぇ」


「私もすいません。匂いをかいでしまったら抗えませんでした。お詫びに、このお団子を贈呈します」


 手に提げていた袋を漁り、三本の団子を差し出す。どれも香ばしい匂いで、確かにこれは抗えないな、とそれぞれ団子に手を伸ばした。

 周りの目に晒されながら食べる団子。喉に詰まらないか心配になる。


「むぐむぐ、ごくっ。…よし! 気を取り直して、この街をパトロールするぞ。危険信号もキャッチしているんだ、用心しろよ」


 壮快と食べ終えた途端、目の色を変えるところは、さすがだと言わざるを得ない。月輪がプロだと実感させられる。

 だが一人、銅だけは呑気に団子を食っていた為、格好はつかなかった。




「大変美味しかったですね。千景の(あね)さんの餡子蕎麦も興味深かったな」


「確かにな。それより、このままではただの観光になってしまう! Cの生体反応があったはずなんだがな〜」


「Cはいないに越したことねぇし、このままでもよくね。つか、こんだけ食ったら眠くなってくるワ」


 昼を回った時刻、緩やかな山道を下りつつ、五人は雑談に花を咲かせていた。


「そーいや、遊撃隊のやつらは何でこっちまで来たんだ」


 不意に話題が変わり、皆の表情が軽く強ばる。


「十中八九、古参連中の指示よねぇ。どうしてうちらを目の敵にしたいらしいから。下手したら逸実っちの存在も知られちゃうかなぁ」


「逸実のことは、世界指揮官と大凱が全力で隠しているだろう。それに、彼らは若く有望じゃないか」


「うちは苦手だわ。第二隊がミスするのを待ち望んでいるみたいだしぃ」


 清々しい顔と苦々しい顔。同じ話題に対し、相反する顔が並んでいる。

 銅はそんな様子を見ながら、まだ見ぬ遊撃隊に思いを馳せた。興味をそそられるのは仕方ない…はずだ。


 お寺の門前を通り過ぎた一行は、よもやま話をそこそこに、隣駅までの道筋を辿っていた。


「――っっ!?」


 まったりと過ぎる時間を断ち切るように、銅の頭部に激痛が走った。


(ヤバい! きた!)


 苦辛し始めた銅を見た四人に、ワンテンポ遅れて信号が届く。


 そう、Cがいるのだ。


「皆、戦闘態勢に入れ!」


 周りの目も気にせず、瞬時にリンクを測る。四人それぞれのアクセサリーに触れ、解眼した。

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