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Ep.1 そこはかとない変態はサラリーマンで覚醒する

 2031年 9月20日



 ――ドッカァァァァァァアン!!!!


 鼓膜を震わせる程の爆音。降り注ぐ火の粉。空を舞う人影。


「な、なんなんだよこれぇ…」


 目の前、いや、頭の上で起きているこの光景は一体……

 男は開いた口を塞ぐこともせず、ただただ目を見張る。


 つい数分前までは、代わり映えのない日々を過ごしていた。いつも通りの帰り道。いつも通りの満員電車。いつも通りの駅。


 夢と言うには妙にリアルで、現実と言うにはあまりに突飛な光景。

 平々凡々な男はこの日、人類の未来に巻き込まれた。









 夕刻の大都会。

 雑多な街は今日も賑やかで、多くの人が行き交っている。


 そんな大勢の中でも際立った目つきの青年、(あかがね) 逸実(いつみ)は昨日見た夢のせいか、すれ違う人々の顔を無意識に眺めていた。


「ヒッ」


 人混みの中、偶然目が合った学生が小さく息を飲んで視線を逸らす。


 細身のわりに背が高く、軽く猫背になった背中。毛先に向かってピンクがかった黒髪。心臓を貫けそうな程鋭い三白眼。


 ……なんて風貌だからか、銅は意図せずも、今のように誰かをビビらせてしまうことがよくある。

 その度に申し訳なくなるも、生まれつきだから仕方ないだろう、と心の中で弁明する。


「おーい、逸実? さっきから人の話聞いてる?」


「……?」


 ふいに左腕を小突かれ、反射的に視界の端の橙色に目を向けた。

 視界の先、橙色の頭、もとい天利(てんり) 奏陽(かなひ)は不満げな顔をして銅を見上げていた。


「……あ、わりぃ。ちょっと考え事してたわ」


 そう答えながらも呆けた様子の幼馴染みに、パーマがかった髪を揺らし、天利は大袈裟に息を吐いてみせた。


「全くもぉ、すぐにボーッとするんだから。んで、どんな考え事してたの?」


 わざとらしく首を傾げてみせた天利をチラッと見て、直ぐに周りの喧騒へと目を戻す。


 おかしな所なんてないはずの街中を捉えながら、小さく答える。


「んー、なぁんかいつもと違うなって」


 なんの脈絡も主語もない返答。ただ漠然と思ったことを口にしただけの銅。

 到底伝わるとは思わなかったが、何故か驚いたというように、天利は大きな目を見開いた。


「ええええ! 気づいてた!? やっぱいつもと違うって気づいてたんだ!? 誰も気づいてないと思ってたから言わなかったけど、さすが幼馴染み。きっと、いや絶対同じこと考えてるよ。幼馴染みテレパシー!」


 大きな驚嘆と共に、するすると出てくる言葉達。更にテレパシーと言いながら、謎のポーズを繰り出している。

 そんな怒濤の勢いに薄っぺらい上半身を反らし、銅はとりあえず相槌を打ってみせた。


(……うーん、でもこの反応は絶対話噛み合ってないわ)


 「おっ、おう」という相槌とは裏腹に、瞬時にそう思ったわけだが、薄緑の瞳を輝かせて話す幼馴染みの姿に、あえて訂正はできなかった。

 天利の場合、ここで何を言っても右から左に流れていくだけなのだ。


「テ、テレパシーかは分からねぇけど、長く一緒にいると考えることが似てくんのかもな」


「ほんとそれ。――――いやぁ、新調したこのシャンプー、やっぱ見た感じから違うってわかるだろ」


「…………はぇ?」


 予想していたどれをも上回る返答に、一瞬、言葉が詰まる。


(いやいやいや待て! ここはさすがに訂正すべきだよな。シャンプー変えたことに気づく俺、そこはかとなく変態っぽいだろ。つうか、シャンプーって見た目から変わるもんなのか!?)


 脳内でグルグルと考える。


 ここでツッコんで訂正することは簡単だ。


 だがそうなれば、先ほどの”いつもと違う”という言葉の真意を説明しなければならない。

 瞬時に思案した結果、銅はそれもそれで面倒だと直ぐには口に出さなかった。

 何よりも、シャンプーのことを否定してしまえば、幼馴染みの気分の沈みようは相当なものになるだろう。


 小学一年生から知る天利奏陽という人間は、とにかく純粋で明るく、感情豊かな男なのである。

 裏を返すと、態度や言葉を間違えてしまえば、見て分かるほどに意気消沈してしまうのだ。


 そんな人となりを熟知しているからこそ、言葉は選ばなければいけないのだ。


 危うく出かけた言葉を何とか飲み込み、天利の右肩に手を置く。


「……ああ。俺にはよぉーく分かってるぜ。伊達に幼馴染みやってないからな!」


 一拍置いた後、銅は清々しいほどの笑顔を向けて親指を立ててみせた。あたかも同じことを考えていましたよ、という風に。


「うんうん。たまには違うやつ使ってみても良いね。シャンプーってあんま冒険するようなものじゃないでしょ? でも思い切って変えてみたんだ。そしたらさ、いつものより手触りが良く…………って、あ!」


 饒舌に語り始めた矢先。いきなり大きな声を出し、天利は弾かれたように顔を上げた。

 何事かと思って彼の方を見下ろすと、彼は上着やズボンを叩いて、何かを探しているようだった。


「どうした?」


「俺さ、多分学校にスマホ忘れてきちゃった。取りに戻るから、悪いけど先帰ってて。じゃあ!」


 早口でそれだけ言った天利は、直ぐに踵を返して人混みへと消えていく。


「ちょっ! ……ったく、相変わらず忙しないやっちゃな」


 あまりの素早さに、咄嗟に上げた右手が宙を彷徨う。銅はろくに挨拶も出来ないまま、その右手を静かに下ろした。

 はぁ、と軽く息を吐き、気を取り直して一人帰路についた。


 駅へ近づくにつれ、余計に人が増えていく。

 人々の流れに沿って駅に入ると、タイミング良くホームに電車が滑り込んだ。


 九月も終わりだというのに、まだ夏を感じる天気と気温。車内の冷房が気持ちいい。

 夏空の夕暮れは明るく時間もあやふやになるが、もうすぐ帰宅ラッシュの時間なのか、電車が止まるたびに息苦しさが強くなる。


 ふと窓の外を眺めると、高層ビルが屹立しているのが見えた。

 その中でも目を引いたのは、いくつかのビルに設置された巨大モニター。

 多くの企業宣伝が流れている中、一際高い位置にあるモニターには、話題の科学技術社の広告が映し出された。


「日本をより良い未来へと変えていく。改革のカーニバル、サイロップメント社」


 最近よく耳にする、下手な韻を踏んだフレーズが銅の脳内を占領していく。


 ここ数年、日本は科学発展国と言われるようになり、世界でもトップの科学技術を誇っている。

 近頃では、科学研究所や医療技術系の会社が注目されているらしい。工学部に進んでいる銅は、あまりそっちの分野に詳しくないが。


『NEXT,神某(しんぼう)駅』


 アナウンスと共に電車は減速し、いつの間にか銅の乗り換え駅に到着していた。

 そこまで大きい駅でもないが、帰宅ラッシュとあって、ホームもたくさんの人で溢れかえっている。


 細長い体を駆使し、人と人の間をすり抜けるように改札へ向かったが、足元に目を向けたほんの一瞬、誰かに衝突してしまった。


「あ、すんません」


 転ばないよう踏ん張りつつ勢いで謝れば、ぶつかったであろうサラリーマンも、銅の目を見て頭を下げた。




 ――――その瞬間だった。


 脳内をかき乱すような、激しい頭痛が銅を襲う。今まで経験した事のない酷い痛みに、周りの目も気にせずしゃがみ込む。


 目を固く閉じても、両手で頭を抑えても、警鐘のようにガンガンと脳を揺らす。


(なんだよこれ!? 痛い痛い痛い痛い痛い!!)

 

 衰えない痛みに、自然と左のこめかみを軽く叩いていた。


 いつも咄嗟にやる、痛みが一瞬だけ分散できる動作。小さい頃からおまじないのようにやっていた、気休め程度の行動だ。

 今はその一瞬だけでも痛みが和らげばいいと、軽い気持ちでやったのだが。


 痛覚は瞬く間になりを潜め、先ほどまでの痛みが嘘のようにスッと消えていく。


 驚きつつも閉じていた目を開くと、

 ――刹那、白い光が弾けたように視界を覆った。


「……あ?」


 つい、間の抜けた声を上げて辺りを見回す。

 視界の端から端まで。


 いくら目を凝らしても、人でごった返していたはずのホームに誰もない。






 ――ドッカァァァァン!!!!






 銅が混乱を極める中、地面をひっくり返すような爆発音が轟く。

 見上げた空は真っ青で、灰色がかった赤とのコントラストが鮮明に映し出された。

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