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レッドとピンクが付き合っていて、ブルーとイエローも付き合い始めたらしいので、余ったグリーンの俺は新人の悪役ちゃんと付き合うことにしました

作者: 墨江夢

 新学期、掲示板に貼られたクラス分け表を眺めながら、俺はいつも思うことがある。

 クラスの人数が、男女合わせて31人。……いや、どうしてわざわざ奇数にするのかね?


 学年の生徒数が奇数なら、1クラスは絶対に奇数になるわけだし、わからなくもない。

 でも生徒数が奇数のクラスが2クラスって、どういうこと!? 片方のクラスの生徒を一人もう片方のクラスに移して、全部偶数にすれば良いじゃん! それで皆ハッピーじゃん!


 人数が奇数だと、なにかと不便なことがある。

 例えば「今から出す課題を、隣の人とペアになってこなして下さい。……あっ、一人余っちゃうから、そこは3人で組んじゃって」みたいな。

 何だよ、余りって。誰も好きで余ったわけじゃないっての。 

 体育の準備運動では、余った一人は先生とストレッチする羽目になるし。


 まとめると、学校でも何でもグループを形成するにあたって奇数というのはそれだけで確執の種になるのであって。今俺が置かれている状況においても、同様のことが言える。


 どうしてヒーローも5人組にしちゃうかな!


 俺・緑川進(みどりかわすすむ)は、地元のヒーローショーでアルバイトをしている。

 テレビで放映されている某戦隊モノに比べたら知名度は断然低いけど、これでも地元の子供にはそれなりの人気があったりする。


 俺に与えられた配役は、戦隊グリーン。こういう言い方は他の戦隊グリーンに失礼だけど、ぶっちゃけ5人の中で一番地味だ。

 定期的に行なわれる人気投票では、万年ビリ。しかもその人気投票が昇給に直結するわけだから、なんとも世知辛い。


 そんなヒーローショーのバイトには、ファンの間で流れているある噂がある。

 レッドとピンクが付き合っている。

 関係者である俺が暴露すると、その噂は事実だ。なんならクリスマスというかき入れどきに、二人揃って有休を取っていた。


 レッドとピンクは美男美女でお似合いだし、ショーの中でも恋人同士を演じているわけだから、話題性も抜群なんだけど……休憩時間毎回目の前でイチャイチャするのは、見ているこっちが恥ずかしくなるのでやめて欲しい。


 妬みこそするものの、それを口に出す程愚かな男じゃない。俺は二人に気を遣って、休憩時間はなるべくブルーとイエローと過ごすことにしていた。


 昨日レッドとピンクは、二人仲良く手を繋いで帰宅した。きっと日付が変わるまでお楽しみだったのだろう。

 そんな二人に鉢合わせると気まずいので、この日の俺は早めに出社していた。

 あまりに早過ぎたせいか、会社はまだ施錠されている。俺と同じことを考えていたのか、ブルーとイエローが既に出入り口の前に立っていた。


「うーっす。……ふあーあ」

「おはよう、緑川。すごく眠そうだね?」

「最近ショーの中で、アクションシーンがやたら派手になっただろ? お陰でなかなか疲れが取れなくてさ」


 答えた後、俺はもう一度大きなあくびをする。

 睡眠は大切だ。俺たちみたいな体が資本の仕事だと、特に。

 だから次の休日は、一日中惰眠を貪るとしようかな。


「お前はどうなんだ? 最近忙しいけど、きちんと眠れているか?」

「ん? まぁ、眠れているっちゃ眠れているね」


 なんだか歯切れの悪い言い方だな。それに「なぁ?」とイエローと示し合わせているのも気になる。


 違和感を覚えていた俺だったが、ふとあることに気が付く。この二人……昨日と服装一緒じゃないか?


 ショーに出る時は専用のヒーロースーツを着用するんだけど、通勤時の服装までは指定されていない。

 だから普通は皆、毎日服を変えてくるわけで。昨日と同じ服を着ているということは……昨日家に帰っていないということだ。

 それも、二人揃って。


 俺だって社会人だ。いい大人だ。それが何を意味するのか、わからない程常識知らずじゃない。


 レッドとピンクに続き、なんとブルーとイエローも付き合い始めたのだ。

 俺一人を、余りものにして。





 昼休み。俺は食堂の隅で、一人寂しく食事をしていた。

 これまではブルーとイエローと3人でランチをしていたわけだけど、二人が交際し始めた以上、もうこれまで通りとはいかない。

 ブルーとイエローだって、イチャイチャしたい筈だ。

 

 しかし、本当にどうして五人組ヒーローにしちゃったのかなぁ。オレンジとかゴールドとか、あともう一人仲間を増やしてくれたら、ぼっちにならずに済むんだけど。

 監督に直談判したところで、多分無駄だ。「予算の都合で無理」と返されるのが目に見えている。


 塩結びにいつも以上のしょっぱさを感じていると(恐らく寂しいあまりの涙のせいだろう)、一人の女性社員が俺に近づいて来た。


 女性社員は、黒色のタイツを着用している。これは、敵のモブキャラの衣装だ。

 スタイルは悪くないものの、童顔なところがピンクやイエローとはまた違う魅力を引き出していた。

 むさ苦しい野郎ばかりのモブ役に、こんな可愛い子いたかな? もしかして、新人さんとか?


「あの……前、良いですか?」

「……どうぞ」


 他にも席は沢山あるというのに、彼女はわざわざ許可を取ってまで、俺の対面に腰を下ろした。


「私、先日入社した宮野英梨(みやのえり)と言います。よろしくお願いします」

「緑川だ。こっちこそ、よろしく。……だけど良いのか? 俺なんかと一緒に飯を食って」


 悪役連中は、自然と悪役同士で集まって食事をしている。ヒーロー役と悪役が一緒に食事しちゃいけないという決まりはないんだけど……これも一種の、正義と悪の隔たりというやつだ。


「実は私、前から戦隊グリーンのファンなんですよ。グリーンが好きすぎて、お近づきになりたくて、このバイトの面接に応募しちゃったくらいです」


 てへっと、宮野は舌を出して茶目っ気をアピールする。

 万年不人気のグリーンに、こうも熱烈なファンがいたなんて……余り物になった寂しさが吹き飛ぶくらい嬉しかった。


「ていうか、緑川さんこそ仲間と一緒に食べなくて良いんですか?」

「昨日まではそうしていたんだけど……なんていうか、蚊帳の外でな」


 言いながら、俺は戦隊の仲間たちを一瞥する。

 レッドとピンクは、いつも通り人目もはばからずに絶賛イチャイチャ中。ピンクがレッドに「あーん」をしている。

 ブルーとイエローも、レッドたち程ではないが仲睦まじさを醸し出していた。ブルーの食べているあの弁当、イエローの手作りだよね? 愛妻弁当だよね?


 そんな光景を目撃した宮野は、瞬時に全てを悟ったわけで。


「成る程。余り物ですか」

「余り物言うな。残り物って言え。その方が、なんか福があるっぽいだろ」

「そうですね。実際私としては、緑川さんが残ってくれて良かったわけですし。レッドさんやブルーさんには、興味ないんで」


 ……ん?

 なんだかその言い方だと、俺には興味があるって言っているように聞こえるぞ?

 それに話の流れを考慮すると、もしかして宮野は俺のことを……。


「レッドさんたちが、羨ましいですか?」

「そりゃあ、まあ」

「緑川さんも、ああやって職場でイチャイチャしたいと?」

「あからさまにするのはどうかと思うけど……幸せそうなあいつらを見ていると、俺も彼女が欲しくなってくるよ」

「だったら、私なんてどうですか?」


 つい数分前会ったばかりの女の子からされた、突然の告白。……どうやら俺のことが好きかもしれないというのは、勘違いでも自意識過剰でもなかったみたいだ。


「緑川さんがあからさまにイチャイチャしたくないというのなら、人前でベタベタするのは自重します。私も交際を知られたくないタイプですし、なので付き合っていることは内緒の方向で。……ヒーローと悪の手下の秘密の関係なんて、ドキドキしません?」

「いや、まだ付き合うって言っていないんだが……」

「私じゃ、ダメなんですか?」


 覚悟を決めたような、そんな宮野の瞳。その瞳が、この告白が冗談でないことを示している。


 宮野がダメな理由なんてない。

 こんな俺を好きになってくれる女の子なんて貴重だし、正直顔も好みだし。

 ……宮野を傷付けてまで交際を拒む理由なんて、どこにもなかった。


「……不束者ですが、よろしくお願いします」

「こちらこそ。頼りにしてますよ、ヒーロー!」





 出会って数分で始まった俺と宮野の交際は、びっくりするくらい順調だった。

 食べ物の好みとか、観たい映画とか、ありとあらゆる側面で相性の良さを発揮している。

 役柄とはいえ、俺はヒーローで宮野は悪の手下。肝心な部分が正反対のように思えるんだけど……二人の愛の前では、そんなもの何の障害にもならなかった。


 白状しよう。はい、宮野にゾッコンです。今ではもう、四六時中宮野のことを考えています。

 宮野は今何してるのかな、とか。今電話したら迷惑かな、とか。さながら中学生の初恋のように、俺は初めて出来た彼女に熱中していた。


 幸せの絶頂にいる俺だけど、しかしながら、万事上手くいっているわけじゃない。多幸感の中にも、一抹の悩みはあるわけで。


 現在俺が抱えている悩み、それは……宮野が可愛過ぎて、仕事に全然身が入らないということだった。


 如何にもくだらないこの悩みが深刻化したのは、グリーンと宮野演じる悪の手下が戦うシーンだった。


「悪の手先め、覚悟しろ!」

「そっちこそ! 私を倒せるものなら倒してみなさい!」


 台本だと、この後俺が宮野の肩に手を当てて、必殺技を放つところなんだけど……。

 宮野の肩に触れる寸前で、伸ばしていた手がピタッと止まる。


 ……どうしよう。宮野が可愛すぎて、触れられないんだけど。

 いや、触ろうと思えば触れるよ? でも多分、指先が肩に触れただけで発情して、欲求が抑えきれなくなってしまうと思う。


 彼女は悪の手下役だ。そんなこと、頭じゃわかっている。

 でもどうしても、中の人物が愛しの宮野だと思うと……尊すぎて、触れられない。ついでに言うと、照れてしまう。


(……緑川さん?)


 動きを止めた俺を不審に思い、宮野が小声で話しかけてくる。

 いかんいかん。どんなに宮野が可愛くて天使でもう今すぐにでも結婚したいような女の子だったとしても、仕事はきちんと全うしなければ。


 今の俺は戦隊グリーンだ。緑川進じゃない。宮野英梨の彼氏じゃない。

 自分にそう言い聞かせて、演技を再開させると、うっかり宮野の肩ではなく、胸を触ってしまった。


(ちょっと、緑川さん! どこ触ってるんですか!)

(いや、今のは不可抗力で!)

(今は仕事中ですよ! そういうのは、自宅でお願いします!)


 自宅だったら、胸を触って良いのかよ。

 ツッコみたいことは色々あるけれど、取り敢えず今はショーに集中しよう。でないと……先の柔らかい感触で頭がいっぱいになり、セリフが飛んでしまいそうだ。





 宮野と付き合い始めて、三ヶ月が経過した。

 通称三ヶ月の壁と呼ばれるこの時期は、カップルの最初の難関なのだが……俺と宮野の愛の前に、隔たりなど存在しない。俺たちは、依然ラブラブだった。


 交際が三ヶ月目に突入した現在、俺の中では新たな悩みが生まれ始めている。

 

 ーー仕事中も、宮野とイチャイチャしたい!


 だってレッドとピンクは恋人役だから、ショーの最中もイチャイチャしてるんだよ? ブルーとイエローだって会議中こっそり手を繋いじゃったりしてるんだよ? なのに俺と宮野だけイチャイチャ出来ないなんて、そんなのズルいじゃん!

 欲求と理性の狭間で葛藤を繰り返しながらも、日々職務を遂行していたある日……事件というか、事故は起こった。


 ヒーローショー最大の見せ場である、5人のヒーロー対悪の軍団による大乱戦。レッドがワイヤーアクションを披露したり、ブルーがバク転をしたりと、このシーンでは至る所に観客を楽しませる要素が散りばめられている。

 

 ヒーローたちが全力なわけだから、自然と悪役たちの演技にも力が入って……ピンクに吹っ飛ばされた(勿論演技である)宮野が、必要以上に強くセットに打ち付けられた。


 いつもより力強く宮野を突き飛ばしたピンクと、いつもより強く自身の体をセットに打ち付けた宮野。予期せぬ相乗効果は、セットに多大な負荷を与えてしまい……身の丈以上あるセットが倒れ出し、宮野に襲いかかった。


「きゃあっ!」


 宮野は短い悲鳴を上げる。その悲鳴に呼応して、観客もどよめき始めた。

 俺はというと、「危ない、宮野!」と言う前に……無意識の内に、体が動いていた。


 宮野とセットの間に入り込むと、俺は倒れ込むセットを全身で支える。

 背中にのしかかるセットの重み。あー、これは完全に打撲だな。背中がジンジンする。


「怪我はないか?」

「緑川さん……」


 余程恐かったのだろう。宮野の瞳は、涙で潤んでいた。

 

 ひと足遅れて動き出したレッドたちが、セットを押さえて元の位置に戻す。

 ようやくセットの重みから解放された俺だったが、すぐに演技に戻る気力が残っておらず、その場で座り込んだ。

 そんな俺の体を、宮野が支える。


「緑川さん!」

「そんな顔するなって」

「でも、緑川さんが怪我を……」

「こんな怪我、放っておいても数日で治るよ。それより、宮野の方こそ怪我してないか?」


 宮野は頷く。


「そうか。それなら、良かった」


 たとえ悪役であろうと、困っている人がいたら助けるのがヒーローというものだ。

 ……いや、それはちょっと違うな。

 確かにヒーローショーにおいて、俺は戦隊グリーンだけど、宮野が怪我しそうになったあの時、俺は自分が戦隊グリーンであることを忘れていた。緑川進として、宮野を助けるべく飛び出していた。


「彼氏が愛する彼女を助けるのは、当たり前のことだろ?」

「緑川さん……私の方こそ、あなたを愛しています」


 ふと、柔らかい何かが俺の唇に触れる。

 突然のことだったので、それが宮野の唇だと気付くのにワンテンポ遅れてしまって……。


「ちょっ! 宮野さん!? キスなんて、台本に書いてなかったですけど!?」

「たまにはアドリブを入れたって、良いじゃないですか。それに……もう何時間もイチャイチャしてないから、緑川さんに飢えているんです」


 イチャイチャを我慢していたのは、どうやら俺だけじゃなかったみたいだ。


 予定にないラブシーンは、観客からの大喝采で幕を閉じる。

 この日に限って言うならば、俺は余り物でも残り物でもなく――主人公で、世界一の幸せ者だった。

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