8.加護適性(1)
豪奢な廊下を抜け、講義が行われる小ホールへと向かった。
中に入ると、同じ学年の半分くらいの学生が既に集まっていた。今日から加護適性が始まるため、みなも少し緊張しているようだ。
「エリュナ、いつもよりちょっと遅めではなくて?」
淡いピンク色の髪をゆるく編んで右側に流したレティシャが私の右側に立った。ハートレー公爵令嬢であるレティシャは、目を引くきりりとした薄い灰色の瞳を私に向けた。
「何かあったのかと、レティシャと話していたところだったのですよぉ。」
トリヤが私の左肩に手を置き、ひょっこりと顔を出しながら話しかけてきた。
漆黒の髪に薄茶色の目をしたトリヤ・バーグマンは、かなり大手の商家の娘だ。のほほんとした話し方に騙されそうになるが、儲け話には敏く、侮れない。
「・・・ええっと、ちょっと馬車を降りるのが遅くなった・・・みたいな?」
とても、馬車が付いたことも気付かなかった上、カバンまで忘れたなんて言えない。
「・・・・ふーん。」
あぁ、レティシャの目が痛い。隠し事しているのは分かっているのよって目が言っている。
「まぁ、いいですわ。きっとエリュナのことですから、きっと、何かやらかしたのでしょうから。どうしても知りたくなったら、アドルフにでも聞いてみますし。」
アドルフに聞けばいいってことまでわかっている、鋭すぎるレティシャが怖い。
「あぁ。ちなみに、レティシャが鋭いんじゃなくて、エリュナがわかりやすすぎるだけですからねぇ。」
追い打ちかけるトリヤも怖い!!
二人は、目を合わせると、くすりと笑った。
「ふふ。いつものエリュナになりましたね。」
「ほんと、いつものエリュナですねぇ。」
その言葉で、緊張していた私を二人が心配していてくれたことが分かった。あぁ、胸がじーんとする。うぅ、友達っていいわぁ。
「いつものエリュナじゃないと、次は何をしてれるのかしらぁっていう楽しみが半減してしまいますからねぇ。」
あぁ、一言余分です、トリヤ。
この二人とは入学早々に親しくなった。
実技の授業が始まるにつれ、私にほんのちょっぴりしか魔力がないことが皆の知るところになった。簡単な魔術式ですら起動できないから、すぐわかっちゃいますよね。
―ランベルト侯爵家って言ったら、代々優秀な魔術師の家系よねぇ。今の王国魔術師長もランベルト侯爵でしょ。あんな魔力で恥ずかしくないのかしら。
―ほんとよねぇ。私のお父様だったら、娘がいることも隠してしまうんじゃない?それに私も恥ずかしくって、学院に行くなんて言えないわぁ。
クスクスクス。
明らかに悪意のある陰口を聞くことも度々。
まぁ、いいたくなりますよね。私も激しく同意です。あまりにもひどすぎますもの。
うん、うんと頷きそうになったところ、
「陰でいう陰口も品性を疑いますけど、わざわざ本人に聞こえるようにする陰口なんて、更に品格も疑いますわね。品性も品格も、更には品行もよいとは言えないなんて、あなた方のほうがよっぽど恥ずかしいと知るべきですわね。」
陰口の皆様の目線を遮るように、淡いピンクの髪が目に入ってきた。
これがレティシャだ。
くるりとレティシャがこちらを振り返ると、レティシャの肩越しに陰口の皆様がばつが悪そうな顔をして、立ち去るのが見えた。
この時のレティシャはとってもかっこよかった。
「あなたも、あんなことを言われて、その通りみたいな顔をして納得してはいけませんわ。一度認めてしまうと、更に度を越してしまうのですよ。」
「これからは気を付けるように出来たらしたいと思います、ハートレー公女様。」
すると、わきから、
「それって、やる気ないってことなのぉ?」
と言いながら、トリヤがにやにやしながら近づいてきた。
「えぇっと、確か、トリヤさんでしっけ?」
「わぁ、すごい。知っててくれたんだぁ。うれしいなぁ。エリュナ様は、他の方とは違って話しやすそうだなぁって思ってて、お話ししてみたかったのぉ。あ、私のことは、トリヤって呼んでくださいね。」
「トリヤですね。では、私もエリュナと呼んでくださいね。」
「・・・・レティシャ。」
すると、レティシャがぽつりと名前を言った。
「え!?ハートレー公女様??」
すると、ぷぃっと顔を横に向けながら、レティシャがもう一度言った。
「ですから、私もレティシャと言ったのです。」
私とトリヤは目を見合わせ、ふふふと同時に笑った。
レティシャはかっこいいけど、かわいい。
「では、レティシャ。これからも仲良くしていただけるととっても嬉しいです。」
弱きを助けるかっこかわいいレティシャと人懐っこいトリヤとは、この時からの仲だ。
「それでは、皆様、本日より、加護適性に入ります。」
皆がそろった頃合いで、デーン先生が入ってきた。
あぁ、とうとう、加護適性が来てしまった。
手に汗握るってこういう感じをいうのね、きっと。はぁ。