5.洗礼式(2)
洗礼式の続きです。
お父様たちからそっと視線を外し、窓の外を見てみると、少し小高い丘の上にある神殿にだいぶ近づいてきていた。
青月の光を浴びた白亜の神殿は、ほのかに青白く光り、とても荘厳で、幻想的な雰囲気であった。
ふわぁ。ここでこれから洗礼式なんだぁ。と、うれしさがこみ上げるともに、身が引き締まった。
日中の洗礼式だったら感じられなかったのだろうな、と思うと、この急すぎる洗礼式も、これはこれでよかったのかもと思えた。
ちらりと、お父様のほうを見ると、口元が微笑んでいるように見え、王国魔術師長が完全氷解していた。
馬車の中の甘い雰囲気は気のせいではなかったらしい。
ごちそうさまでした。けぷぅ。
馬車は丘をスムーズに登り、神殿の扉の前に到着した。
馬車にある侯爵家の紋章を確認すると、神殿前の衛兵は何も言わず門扉を開いた。馬車はそのまま、門扉をくぐり、神殿前の広場横の馬車停めにすんなりと停めることができた。
御者が扉を開けると、お父様が先に降り、すっと手を差し出し、お母様は優雅に手を置き馬車を降りた。そして、お父様は私にも手を差し出し、エスコートして馬車から下ろしてくれた。
家では、抱き上げてくれることが多いけど、外では淑女として扱ってくれる。
お父様、とってもスマート。お母様がぽぅっとなるはずよね。
神殿の階段を神官たちが降りてきて、お父様の前に来ると、両手を体の前で重ねて、視線を下げ、軽く頭を下げる。
「ランベルト侯爵様。神殿内にて、青月の聖爵猊下がお待ちになっております。
ご案内いたしますので、どうぞ、こちらに。」
階段前の両脇には、白亜のオベリスクが聳え立っていた。
右側は捩じれ螺旋の文様があった。上っているようにも下っているようにも見え、また、どこがつながっているのかがわからない、複雑な形をしている。
左側はフラーレンの花と緑のツタが描かれている。
フラーレンの花は、先端だけほのかに薄紅色で、全体はクリームのような白い色をした花弁が幾重にも重なっている。ワーデンファルス王国では季節を問わず、いつでもきれいな花を咲かせているが、ひとたび王国を出ると、花は萎れ、また、その苗も王国外では根付かない、というとても変わった花だ。
「喜びをもってお迎えいたします。ランベルト侯爵様。
私は、六月の一人、青月の深藍でございます。」
神殿の中では、ほっそりとした背の高い方が私たちを待っていた。
神殿の中に入ってくる月の光を浴び、その背中まである髪は青銀色に光り、瞳はとてもキレイな金色をしていた。
他の神官たちの神官服は、すべての月の色のラインが裾に施された白地に、腰に青いサッシュが巻いてあったのに対し、聖爵様は、精緻な刺繍が施された真っ白な神官服に肩から反対側の腰に青いサッシュがかけられていた。
「聖爵猊下。お忙しい中、わが娘、エリュナの洗礼式、感謝します。」
「神の御心のままに。新たなる神の子の誕生に携われることが、我が幸せです。」
お父様からのあいさつを受けた後、聖爵様は私と視線を合わせ、ふわりと花がほころぶように美しく微笑まれた。
お美しい・・・ぽわぁっとしそうなところをぐっと抑えて、聖爵様と目を合わせて、ニコリと笑顔を浮かべた。
「青月の聖爵様。はじめまして。
ランベルト侯爵家の4番目の子、エリュナです。
今日の洗礼式、よろしくお願いいたします。」
隣でお父様が目元を覆い、天を仰いだ。口元から、くっ、という声が聞こえた気がした。
お父様どうしたのでしょうか・・・・
「かわいらしいお嬢様ですね。ランベルト侯爵様。
それでは、洗礼式を受けるエリュナ様、祈りの間へまいりましょう。エリュナ様が祈りの間で洗礼式をされている間、ランベルト侯爵ご夫妻は、控えの間でお待ちいただけますか。神官にご案内させますので。」
聖爵様が一人の神官を見やると、その神官が進み出て、礼をする。
「ランベルト侯爵様。こちらへ。」
「エリュナ。そなたに、神のご加護が多からんことを。」
「エリュナ。あなたに、神のご加護が数多ふり注ぎますように。」
お父様、お母様がそれぞれ、私を軽く抱きしめながら声をかけ、神官とともに歩いて行った。
聖爵様が、お父様たちが向かったのとは逆方向をすっと指差した。
「祈りの間はこちらです。私についていらしてくださいね。」
私の歩調に合わせるようにゆっくりと進む聖爵様の後に続くと、黄金色の扉の前についた。この扉も、オベリスクと同じように右側に捩じれた螺旋、左側はフラーレンの花が彫られていた。扉の彫り文様をじっと見ていると、聖爵様が扉をあけながら、こちらへ、というように、手をすっと動かされた。
「右側は創造の神エメンフレーデ、左側はその創造の神が加護を与えた愛しき少女を現しているのですよ。」
「そして、祈りの間の祭壇には、創造の神を象徴する銀の鷹が祭られています。その周りはもちろん、フラーレンの花がございます。そして、私たち六月もその周りに侍っております」
祈りの間は、『間』というので、小さな部屋を想像していたのだけれど、かなりの広さがあった。正面には祭壇があり、聖爵様の言う通り、神像の周りにお花があり、六月それぞれの色の光輝く珠がふわり、ふわりと浮かんでいた。
中央には、魔術文様が書かれた大きな円があり、その上の天井部分には、透明なガラスが嵌め込まれているようで、青月の光がきらきらと降り注いでいた。
「それでは、新たなる神の子よ。祈りを捧げよ。」
聖爵様に示された大きな円のところで、跪き、ぎゅっと手を握り、目をつむった。
神様!私も、皆のように体全体から魔力がにじみ出るようにしてくださいませ。
いっぱい、いっぱい、お祈りしに来ます。
だから、お願いします!!!ふつうにしてくださいませ。
と、私の願望ばっかりを伝えてしまったけど、果たしてお祈りがこれでいいのかわからない。
うぅ、だって、誰も、洗礼式のお祈りの内容なんて教えてくれていないんだもん。
すると、私の上に、金色の光の粒が降り注いできた。青月の光とまじりあい、とても不思議な感じだ。そして、とってもあったかい気持ちになってきた。
祭壇前に立たれた聖爵様は、閉じていた瞼を開き、
『セリノールキフォス』
と、美しい声音で、私の洗礼名を告げた。
次は、青月の聖爵様のお話です。