88.因縁のヤツ
……そして次の日から、透子ちゃんは素直になる努力をしてくれたんだ。もちろん慣れていないことをやっているから、すぐに照れて顔を赤くしたり、言葉に詰まって手が出そうになることは何度かあったけれど……それでも、前と比べたら見違えるほど素直になってくれたんだ。
それでそんな透子ちゃんの反応を見た周りの人たちは非常に驚いて、「神谷が透子ちゃんの弱みを握って好き放題している」なんて噂が独り歩きしたんだよな……いやまぁ、確かに透子ちゃんにはそういうことにしていいからとは言ってたけどさ、本当に周りからそんな風に思われてたなんて、心外だなぁ!
えーと……そんで。ダンスの方も上手いこと新しい動きを取り入れて、俺と透子ちゃんだけの振り付けを完成させることが出来たんだ。そしてそれの動画も撮って、朱里ちゃんに送ったところ『最高! 優勝間違いなしだね(⋈◍>◡<◍)。✧♡』と絵文字付きで返信が来たんだ……ところでこのハートって何か深い意味とかあったりしますかね。教えて下さい、恋愛マイスター。
まぁ……冗談は置いといて。俺もこれは会心の出来だとは思うが、未だに朱里ちゃんを襲ったゲーセンの犯人の情報は分からずじまいなんだよな。それに生徒会クランがどんな動きをするかも分からない。不正を行わない保証はどこにもないし……
……って、いけないな。答えの出ない問いに、ここまで深く考えるのは俺の悪い癖だ。俺は勝てるダンスを生み出して、透子ちゃんと練習を重ねたんだ。だからそれ以上は、何も心配なんかしなくていいはずなんだよ。
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そして大会当日。
「い、いよいよだな、シュウイチ。ボクらのぱっ、パワーを見せつけてややろう!」
俺達は大会が行われるステージの周辺にいた。開始時刻よりだいぶ早い時間に到着したけれど、遅れるよりはマシだろう……そんなことを思いつつ、俺は透子ちゃんに微笑みかけた。
「あははっ、緊張し過ぎだよ透子ちゃん。もっとリラックスしなよ」
「ぼぼぼぼ、ボクは落ちツイてるぞ!?」
なんて説得力のない言葉なんだろう……まぁそんな所がとっても可愛いんだけどね。
「透子ちゃん、手を出して」
「え、こうか?」
透子ちゃんは何も疑わず……いや、特に何も考えずに、俺の方へと手を差し出してくれる。
そんな小さな手の甲に向かって、俺は軽くキスをしたんだ。
「……な、なななっ、なにしてるんだオマエ……!!?!? 」
「何って、緊張が解けるおまじないだけど……嫌だった?」
「え、え? えっと…………ぼ、ボクは、嬉しいぞ!!!??」
「それは何よりだよ」
多分、透子ちゃんのその言葉は本心ではないんだろうけれど。でも……今日でこの幸せな夢から覚めてしまうんだ。だから少しくらいやりたいことやったって、バチは当たらないだろう。
「……ん?」
そこで背後から物音が聞こえた気がしたんだ。振り返ってみるとそこには……生徒会クランの団長、久之池の姿があったんだ。
そして俺が気付いたと見るなり、奴はニヤっと汚い笑みを浮かべて。
「よぉ、久しぶりだな神谷。お遊戯会の練習はもう済んだのか?」
「あははっ、誰かと思えば最強(笑)でお馴染みの久之池先輩じゃないですかー。絶対に勝ってつまらないから、大会には出ないんじゃないんですか?」
「まぁまぁ、そんな敵意むき出しにすんなって。それに今回もオレは、出場はしないから安心しろ」
「ふーん、じゃあなんすか。俺らは大会前で忙しいんすよ」
「悪いな、だがすぐ終わる」
「あ、そ。じゃあ手短にお願いしますよ」
「……」
そんな俺らのバチバチのやり取りを見て、透子ちゃんは俺の後ろに隠れる。透子ちゃんは強気に見えるかもしれないけれど、本当はとっても臆病で内弁慶なだけなんだよな。だから俺が守ってやらないと。
そして久之池は口を開いて。
「この前の大会で、オレの仲間の相手してくれたらしいじゃないか。それの話がしたかったんだ」
「ん。ああー。あれは傑作でしたね。コメ欄クソ荒れててウケましたよ。アンタらどれだけの信者抱えてるんすか?」
「フッ……オレらのファンはちょっとばかしマナーのなってない奴が多いんだよ。そこら辺は大目に見てやってくれ」
「あれだけ俺らを集中砲火した癖によく言いますねぇ。それともアレは全部信者が勝手にやっただけとでも言いたいんすか?」
そう言うと、久之池はわざとらしく考える仕草を見せて。
「そうだな……オレはただ、慈善活動の一環として奴らにポイントを与えただけだ。それを依頼料だと勝手に勘違いした奴らが、勝手に行動を取ったんだろ」
「そんなの俺が信じると思うんすか?」
「はは、厳しいなぁ」
「……そうだ。俺もアンタに聞きたいことがあったんだ」
「何だ?」
「朱里ちゃんを怪我させたのも、お前らの仲間か?」
俺は気になっていたことを奴に問い詰めようとした。そしたらさっきとは打って変わったように、真剣な表情で考え出して。
「……。さぁ、どうなんだろうな?」
「濁しやがって……でも否定はしないんだな」
「ああ。オレは神谷のクランの偵察をお願いしただけだ。別に怪我させろなんて命令は出したつもりはない」
「チッ、やっぱりお前らか……!」
俺は握りこぶしを作り、奴を睨みつけた。
「ああ、そんな怒んなって。お前らも深夜勝手にゲーセンに入り浸ってたんだろ? 自業自得じゃねぇか」
「何言ってんだ。俺はちゃんと許可を貰っていたんだ」
「ふぅん……そんないち同級生のバイト君からの許可で、本当に許可を得たことになると思ってたのか?」
「……」
……実は俺も、あれは相当グレーな行動だとは思っていた。何せ、本来ゲーセンが開いてない時間で練習していたからな。いくら外出が許されるからと言っても、立ち入り禁止の場所に入っていたんだから。
それに同級生のバイトに頼んでいたのも、意図的だ。「あの子なら許してくれるだろう」という算段があった上での行動だったんだ。
……だけど。それでも、偵察しに来たのを易々と許せる訳がないんだよ。
「まぁ……オレだって、あかりんが怪我したのを聞いた時はショックだったんだぜ? 近くでアイドルの踊ってる姿、見たかったんだからな」
「近くって……そんなに客席は近くはないはずだぞ?」
そう言うと、久之池は訝しげに俺を見た後……合点がいったかのように、ポンと手を叩くのだった。
「ああ、そうか。お前らはまだ知らないんだったな……それじゃあ一足先に、特別に教えてやるよ」
そしてニヤリと笑みを浮かべて。
「今回、審査員のシークレット枠あっただろ? ……あれがオレだ」
「……ッ!?」
「ハハ。まあそういうこったから、精々頑張んなよ……最強ゲーマーの神谷君?」
そう言いながらポンと俺の肩を叩いて、久之池はその場から立ち去ってしまった。
「……しゅ、シュウイチ? 大丈夫なのか?」
立ち尽くす俺に向かって、透子ちゃんが俺の背中を掴んで言う。そこで俺はその身体を抱き寄せて、透子ちゃんの不安をかき消してやったんだ。
「あ、わっ」
「……上等じゃねぇか。あいつが低い得点をつけられないようなパフォーマンスをすればいいってことだろ? 世間体を気にするあいつは、バッシングされるようなことは、絶対に避ける筈だ」
「つ、つまり?」
「俺達はやるべきことをやって、奴を潰す!! それだけだっ!!」
そう言って、俺は天高く拳を突き上げたのだった。
「お、おお! 何だかカッコイイぞシュウイチ!」
「ふふ、惚れていいんだよ、透子ちゃん!」
「え、も、もう、惚れてるけどなっ!!!」




