40.案外ラスボスは、序盤の街にもやって来る
「どっ、どうしたの、藤野ちゃん?」
「……べつに。分からないならいいもん」
藤野ちゃんはそう言って、不機嫌そうに俺から視線を逸らす……いやいや、俺何か怒らせるようなことしちゃったか!? ……したんだろうなぁ!! じゃなきゃこんなに拗ねないもんなぁ!!
だけど怒っている理由が、皆目見当がつかないぞ。今日だってちゃんと『おはよう』のメッセージ送ったし。昨日は『おやすみ』のメッセージも送ったし……あっ、もしかして電話の方が良かったのだろうか……? いや、絶対ちげぇな……
「あっ、王子様!! もうお身体は大丈夫なんですか!?」
またまた聞きなれた天使の声に、俺は顔を上げる。そこには非常に心配そうな表情をした、真白ちゃんが立っていて……そしてその後ろには、ツンデレコンビ(蓮と透子ちゃん)もひょっこり俺に顔を見せていた。
「おはよう真白ちゃん。俺はもうすっかり元気になったから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」
「ああ、そうでしたか。本当に良かったです……!」
真白ちゃんはホッと、安堵した表情を見せる……しかし依然として、真白ちゃんの隣に立っている藤野ちゃんの表情は変わらずにいた。
「えっと、そんで……藤野ちゃん? 俺、何かしちゃったかな……?」
「……」
どうして何も言ってくれないんだよ! 怖いってば!!
「はぁ、鈍感にも程があるぞシュウイチ。胸に手を当てて考えてみるんだな」
そしたら後ろの方から透子ちゃんが、呆れたように言う……
「えっ、透子ちゃんの?」
「…………え?」
時間差で意味を理解した透子ちゃんは、みるみるうちに顔を真っ赤に変えて。両手で自分の身体を守るようして、叫んだのだった。
「なっ、じっ、自分のだ、大バカっ!!! もももしボクのを触ったりなんかしたらオマエ、ここっ、殺すからナ!?」
「あはは、そんなことしないってばー。そもそも透子ちゃんのお胸は、透子ちゃんに似て、可愛らしいくらいにぺったんこじゃ……」
────瞬間。目が回り、脳が揺れ、俺の身体に甚大なダメージが……あれ、もしかして俺は蹴り飛ばされて、床にブチ倒れたのか……? 俺の視線の先に天井が見えるから、多分そうなんだろうな……あははっ。痛すぎて立ち上がれないぞ☆
「どっ、どこまでもボクをバカにしやがってぇ……!! だからオマエは嫌われるんだぞッ、ヘンタイっ!!」
透子ちゃんは物凄く感情を込めてそう言う……美少女からの暴力や罵倒は、俺からすればありがたいご褒美なんだけども……女の子に嫌われるのだけはマジ勘弁。まぁさっきの発言は明らかに俺が悪いんだけどね。
……というかこの衝撃で思い出したけど。さっき藤野ちゃんは「可愛い女の子なら誰でもいいの?」って言ってたよな…………はっ、まさか!!
さっき藤野ちゃんは俺が女子に囲まれたのを見て! それで俺がニヤニヤしてたもんだから……藤野ちゃんは、その子らに嫉妬してたのか!? そこまで嫉妬深かったのか!? そんなに独占欲強かったのか!?
「なんて可愛いんだ……!」
「は、はぁ!? オマエ本当に頭おかしいんじゃ……」
「あっ、いや、透子ちゃんじゃなくて」
「……」
そしたら無言でダイレクトアタック(追加のキック)された。
「ぐがはっッ!!!」
当然これは俺が100パー悪い。
俺は腹を抑えながら、ガクガクと震えた足で立ち上がる……そして蓮はさっきまでのやり取りがまるで見えてなかったかのように、サクサク話を進めるのだった。
「しっかし、お前もやってくれたなぁ。今回ばかりは大成功じゃないか」
「え、なっ、何? 本の話? あ、ありがとう……でも、ここまで売れるなんてびっくりだよ。藤野ちゃんの広告が生きたのかな?」
そしたら真白ちゃんが会話に割り込んできて。
「それもあるとは思いますが…… 恐らく、あかりんの影響もあると思います!」
「あかりん?」
俺は一瞬、思考が止まる……どうして急にあかりんの名前が? 結局帯コメントも書いてもらってないし、そもそも俺との関係は誰にも言ってないはずじゃ……?
「神谷、もしかしてあのことを知らないのか?」
「あのこと?」
「どうやら知らなそうだな……つい最近な、アイドルがお前の本を学園テレビで紹介したんだよ」
「ええっ! う、ウソぉ!?」
学園テレビってのは、学園側が放映している、この島でしか見られないテレビ番組のことだ。学園の大切な情報もそれで流したり、学食やあちこちにあるモニターでもずっと流しているもんだから、圧倒的な視聴率を誇っているのだ。
時々サイコー学園の生徒も、番組に出演したりするのだが……そんな番組で、あかりんが俺の本を紹介してくれたなんてな。この異常なまでの売り上げに合点がいったよ。
これは後でお礼のメール……いや、電話をしなくてはな。別に急にあかりんの声が聞きたくなったとか、そんなんじゃないからな!! ほんとだぞ!!
「あかりんに紹介してもらえるなんて、王子様はとっても幸運ですね!」
「そ、そうだね!」
でも一応、俺とあかりん……朱里ちゃんとの関係は、まだ隠していた方がいいだろうな。朱里ちゃんは内緒って言ってたし、話題になると面倒だし…………って。
「……ん?」
何やら急に廊下がざわつき始めたぞ。
「何だ?」
「誰か来たみたいだな」
何人かのクラスメイトは窓から身体を出して、様子を確認しているようだ。
まさか朱里ちゃんでも来たんじゃないか……とか一瞬思ったけど、どうやらそれは違うようで。その謎の人物が近づいてくるほど、そのざわめきは大きくなっていった。
……そして遂に足音は止み、ガララっとこの教室の扉が開かれた。
「……失礼、ここに神谷という人物はいるだろうか?」
蓮よりも高身長、黒髪くせ毛でヘアピンを付けた制服男子が、そう言いながら教室に入って来て、教壇の上に立った。見たところ教師などではなく、学園に通う生徒のように見えるが……何だ、この得も言われぬプレッシャーは?
それにこの場にいる全員は、明らかにビビっている。だからここは悟られず……得意のポーカーフェイスで迎え撃つしかない。
「神谷は俺っすけど……どちらさん?」
手を上げて俺は答える。すると男は小さく笑みを浮かべて。
「ふっ、失礼。こっちから名乗るのが礼儀だったな……オレは三年の久之池遊だ。この学園の生徒会長をやらせてもらってる」
「……」
……う、うわぁー。分かりやすいくらいのラスボスが来ちゃったよ。どーすんのこれ。




