38.大丈夫。Kamiyaの攻略本だよ。
「まぁそれはそれとして……『俺はホントはゲームで稼ぎたいんだ! バイトは生きるために仕方なくやってるだけなんだ!』って人にも寄り添うことにしたよ」
「えっ、じゃあまだ他にも書くの?」
「うん。俺が仮入学中に身をもって体験した、初心者狩りの手口とその対処の方法に……全ジャンルのゲームの攻略方も軽く書いてやろうかなって思ってるよ」
いわゆる『これ一冊で大丈夫』な攻略本を作るイメージだ。『これ買っとけば間違いない』って噂が広まったら、きっとそれはめちゃくちゃ売れるだろう……
まぁその分、嘘情報が入らないように充分に気を付ける必要があるけど。電子書籍はすぐに修正出来るから、その辺はかなり便利だよな。
「でもでも神谷君、そんな貴重な情報をみんなに教えてもいいの?」
「いいよ別に。どうせ上位プレイヤーはみんな知ってることなんだし、それを知ったところで俺には勝てないからね」
まぁ、読んだ人とそうでない人とでは雲泥の差が出るだろうから、しっかり読み込むのをお勧めするよ……まだ、ゲームの攻略はなーんにも書いてないんだけどね。
「でもそんな情報まで書くなら……やっぱりタイトルは、しっかりした方がいいんじゃないかな? 『最強のゲーマーがゲームの攻略教えます』みたいな……」
「いいんだよ。これは90パーセントの凡人に宛てた本だからさ。残りの才能持った、既にポイントを所持してる奴は眼中にない……何なら読んでほしくないもん」
強い奴がそれを読んで、初心者の行動を把握されるのも嫌だし……だから俺はあえて、ポイントを持っているような奴が手に取らないようなタイトルを付けようとしているんだよ。
「うーん、そっかぁ……それで神谷君、私は何を手伝えばいいのかな?」
藤野ちゃんはペロッと平らげたパフェの容器にスプーンをカランと入れ、俺にそうやって聞いてきた。
「あっ、忘れてた。藤野ちゃんにはこの本の宣伝大使というか、キャンペーンガールというか、広告塔というか……そんな感じのになってもらおうかなって思っててね」
「……えっ、わっ、私が?」
「うん。だって著者である俺が自ら宣伝するよりも、藤野ちゃんみたいな可愛い子がやった方が、絶対に売れるでしょ?」
「か、可愛いって……」
藤野ちゃんは俺から見られないように、手で顔を隠した……でもその隠した手の隙間から、ほのかに笑顔が見えたので。喜んでいるってことでいいのだろうか。
「んでんで、俺は宣伝に電子ポスターを使おうと考えてて……藤野ちゃんは一年生の教室の前にある、でっかいモニターって知ってるかな?」
「知ってるけど……えっ、ま、まさか」
藤野ちゃんは察したのか、ポカンと口を開いて。
「うん。そこで藤野ちゃんの姿と俺の本を映してもらおうかなって考えてるんだ」
「ええっ!? いやいやいやっ! そんな、私が大画面で映るなんて!!」
「あっ、もしかしてCMの方がいい? それだと少し宣伝費が高くなるけど、藤野ちゃんの為なら俺は頑張るよ……」
「神谷君、話聞いて!!」
藤野ちゃんは大声で俺の言葉を遮る……うーん。てっきり俺は、ノリノリで承諾してくれると思ったんだけど。もしかしてあんまり自信がないのかな?
「大丈夫だよ。藤野ちゃんとっても可愛いし」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。神谷君の言葉は、何だかお母さんから言われてるのと似た感じがするなぁ……」
「とっても嬉しいってこと?」
「……神谷君は愛されて育ったんだねぇ」
藤野ちゃんは細い目をして言う……藤野ちゃんは『あんまり信憑性がない』って感じのニュアンスで伝えたかったのかもしれない……いや、でも! 俺の『可愛い』って言葉は、世界で一番信頼できる言葉だぞっ!
……まぁ最近言い過ぎて、俺の『可愛い』が安っぽく聞こえてしまうのは、紛れもない事実なのだが。
「でも……藤野ちゃんが本当に嫌なら、俺は無理させるつもりもないよ。代わり透子ちゃんか真白ちゃんに頼もうかなって考えてるけれど」
そしたら藤野ちゃんはピクっと反応して。
「そ、そっか。私がやらなかったら、どっちかがやるんだね?」
「うん、そうなるね。でも透子ちゃんは多分断るだろうから、多分真白ちゃんになるんじゃないかなって……」
そこで藤野ちゃんは割り込んできて。
「わっ、私、やるよ!」
「えっ、ホントに?」
「正直自信ないけど……神谷君が抜擢してくれたのなら私、頑張るよ!」
そうやって言ってくれたんだ。やってくれるのは非常に助かるけれど、どうして急に心変わりしたんだろう……まぁ考えても仕方ないか。
「そっか、ありがとう藤野ちゃん! それじゃあ今度一緒に、撮影スタジオに行こうか!」
「す、スタジオ? そんな場所あるんだ……」
「うん、それでどんな衣装着て撮る? やっぱりコスプレとかする?」
「えっ!? どうしてそんな流れになってるの!?」
「だって広告だから注目されるように、目を引くような恰好するべきだよ! あっ。それとも水着とか着るのもありなんじゃ……」
「そそそそ、それはむりむりむり!! 」
藤野ちゃんは両手を前にやって、首をぶんぶんと横に振る。
「そっかー残念。藤野ちゃんの水着姿とか見てみたいんだけどな」
「……」
そう俺がポツリと零して。藤野ちゃんの長い沈黙の後。
「…………か、神谷君は見たいの?」
「えっ?」
「あっ、着ないよ!? 今はまだ着ないけど!! これは聞くだけだからね!!」
「いやまぁ、そりゃ見たいっすけど……」
「……」
「……」
何だこの空気。
「……えーっと。撮影の日はまた後日連絡するから。それまでに好きな衣装見つけててね。ポイントはこっちが出すからさ」
「あ、ありがとね。神谷君……って、あれー! もうこんなじかんだー! 早く寮にかえらなきゃー!」
何だこの棒読みは。
多分この空気に耐えられなくなった藤野ちゃんが、なんとか取った演技だろうから……特にツッコんだりはしないけどね?
「そっか。じゃあ色々とありがとね、藤野ちゃん!」
「うん、またね、神谷君!」
そう言って藤野ちゃんは足早に、この場から去っていった。
「…………今はまだ着ないよ、かぁ」
何だか……夏が来るのが待ち遠しくなってきたな。そんなことを思いながら俺は、溶けかかったパフェを口に付けて。執筆作業を、もうひと頑張りするのだった。




