31.泣いた王子様
それから俺は、真白ちゃんとお喋りを続けていた。まだまだ彼女について知らないことも多いし、単純に彼女に興味を持ったので、色んなことを質問してみたんだ。
「それで真白ちゃんは、どうしてこの学園に来たの?」
そうやって聞くと真白ちゃんは、少しだけ答えにくそうに。
「えっと、それは……逃げたかったんです」
「えっ?」
てっきり俺は『王子様を探しに来たんです!』みたいなことを言うかと思っていたんだけど……逃げたかったって。どういうことだ?
「真白ちゃん、それってどういう……」
「そのままの意味ですよ。誰も私のことを知らない、そんな場所に行きたかったんです。私の地元には王子様どころか……私の夢を邪魔してくる、厄介な人しかいませんでしたから」
真白ちゃんは多くは語らなかったけれど……その口振りから、相当苦労してきたんだろうなってことが、ひしひしと伝わってきたんだ。
「……そっか。でもこの学園にまでたどり着くの、とっても大変じゃなかった?」
「はい。ここを受験するって言ったら、とっても止められましたよ」
「ああ、やっぱりそうだったんだ。それは真白ちゃんが病弱で心配だから?」
「それもあるかもしれませんが。どうやら親は、私を地元の有名な進学校に入学させたがってたみたいでですね。実は私、勉強だけは得意で、そこくらいなら余裕で入れる……って、あっ、ご、ごめんなさい。自慢みたいになってました……」
真白ちゃんは急に怯えたように声量を下げる。余程自分に自信が無いのか、あるいはそうやって思わせた……周りの影響か?
「ああ、いやいや、全然いいんだよ! 特技はじゃんじゃん誇って、俺に全部教えてくれよ!」
「……」
「俺は絶対に否定なんかしないからさ。だから一人で抱え込まずに、真白ちゃんの素敵な所を俺に見せてよ!」
せめて俺にだけでも心を開いてほしいって強く思ったから、俺は自分の想いをそのまま伝えたんだ。そしたら真白ちゃんは安心したように微笑んで。
「……王子様は優しいんですね。やっぱり私、あなたのことが大好きですよ」
「あっ、ありがとう。嬉しいよ」
ここまでストレートに言葉を伝えられたら、流石の俺も少し照れてしまう。やはり真白ちゃんは只者ではないな。
「それで話を戻しますけれど。こんな病弱な私だから、せめて学力くらいは付けさせたがったんでしょうね。両親や先生は、その学校を執拗に進めてきました……でも。私はそれを完全に拒否しました」
「どうして?」
「辛かったんです」
「えっ?」
食い気味な真白ちゃんの返答に、少し俺はたじろいでしまう。
「つ、辛かったって……どんなことが?」
「全部ですよ。学力だけで全てを判断する親も。異端だって仲間はずれにして悪口を飛ばしてくる同級生も。病弱で非力で何もできない自分も。何もかもが嫌で、怖くて、どうしようもなくて……とってもとっても辛かったんです!」
今まで誰にも言えなかったであろう、真白ちゃんの悲痛な叫びは。俺の心を揺れ動かすのには容易いものだったんだ。
「それで。私は本当に無理やり押し切って……逃げるように絵本だけ持って、こんな孤島にある、全寮制の学園にやって来たんです」
「……そうだったんだ」
「はい。ここでなら、きっと何かが変わるって思っていました。新しい私に変われるんじゃないかなって……でも現実はそんなに甘くはなかったです」
「……」
「ただ、変わったのは場所だけで。自分は何にも……変わっていなくて。簡単に友達なんて作れないし、身体だって急に丈夫になる訳じゃないし……それでも家には絶対に帰りたくなくて。そんな身体も心もどうしようもなくなった、絶望みたいな時に。あなたが。王子様が目の前に現れてくれたんです」
「そこで俺が……助けたんだね」
「はい。最初は私がそうやって思い込みたかっただけだと、現実逃避してただけだと思っていたんですけど……それは違いました。キラキラ輝いてて、ヒーローみたいに颯爽と助けてくれたあなたは……間違いなく私の王子様なんだって確信しました!」
そこでカチッとパズルのピースが埋まったような感覚を覚えた俺は、さっきの真白ちゃんの行動を思い出す。
……ああ、そうか。最初から俺を王子様呼びしたのも、俺を抱きしめて離さなかったのも。全部真白ちゃんからのヘルプのメッセージで、同時に俺を王子様として認めてくれたって、そんな合図だったんだね。
「……そっか。真白ちゃん。辛かったね……!」
「えっ、ちょ、ちょっと! どうして王子様が泣いているんですか!? 私、何かひどいこと言ってしまいましたか!?」
そこで自分が泣いていたことに気が付いた。だけどそんなのお構いなしに。
「大丈夫。これからは俺が護るから……」
俺は彼女を抱きしめた。
出会ったばかりの女の子を抱くなんて、いつもの俺なら絶対にしないけれど。真白ちゃんにはこれが一番慰められて、元気を出してくれるって確信していたから、取れた行動だったんだ。
そしたら真白ちゃん一瞬驚いたものの。
「わっ! あっ……えへへ。私……とっても嬉しいです。これまで辛かったことは全部……この時の為だったんだって思えてきましたよ」
そう言って、すんなりと俺の手を受け入れてくれたのだった。




