20.穏やかじゃないですね!!
「んふふー。よく気がついたね?」
あかりんはステージ上で見せた笑顔とは少し違う、ヘラヘラーっとした笑いを見せた。これは貴重なオフショットかもしれない……
「……って、俺は! 今までアイドルに膝枕してもらっていたのかっ!?」
そして自分がやってしまったことを把握した俺は、完全に目を覚ます。
もちろん気持ちのいい目覚めとは程遠いやつで……例えるのなら、エナジードリンクをパソコンにぶちまけてしまった時のアレ。あの時の気持ちと全く同じである。
そんな嫌な汗を流しながら隣を見ると、あかりんはこくりと頷いて。
「うん。ベンチで寝てる人いるなーって思って、隣に座ってみたらね。君がよいしょーって私の太ももによじ登ってきたからさー。私、ちょっと驚いちゃったよー?」
「えっ……俺、そんな厚かましいことしてたの!?」
「あははっ、そうだよー?」
「そんな馬鹿な……」
……しかし。極限状態にまで陥った俺は、平気でそういうことをしそうなんだよな。
俺の本能のままの行動をイメージしてみると、いとも簡単に自分のしそうな動きが見えてくるんだ……何とも嫌な未来視である。全く穏やかじゃない。
というか……その光景をあかりんのファンの誰かにでも見られたら、俺の命が危ないんじゃないか……?
「えっと……いや、あのっ、マジですいませんでした!!」
俺は急いで頭を下げる。何なら土下座して靴を舐める勢いだ。もしも命令されたのなら、全力でペロペロを遂行するつもりだったのだが……
「あー。いやいや、そんなに謝らなくても別に大丈夫だよ?」
あかりんは全く怒りを見せていなかった。
「わぁ! あかりん、マジ天使! 大好き!」とでも言いたい所なのだが……あかりんが許してくれても、世間が許してくれなきゃ、俺は安心して学園生活を送れないのだ。
「君が良くても、ファンが許してくれないってば! 絶対俺、処刑されるって……!」
「あー。それも大丈夫だってば。今この場所にいられるのは、私達だけだからさー」
「……へっ? どういうこと?」
そんなポカーンとしてる俺に向かって「じゃあ、説明しようかな」と、あかりんはベンチから立ち上がる。そして両手を広げて。
「実は私ね。結構なポイントを使って今日1日、この場所を借りていたんだー」
「えっ! 自分で借りていたの?」
「うん、そうだよー?」
はぇーマジか。てっきり学園側が色々と協力してくれていたのかと思っていたんだけど……非公式だったんだね。
まぁ裏を返せば、ポイントさえ払えば、勝手にライブとかも自由に出来るってことか。
流石、生徒の自主性を重んじている、素晴らしい学園だなぁ。あははは……重んじ過ぎだろってツッコミは野暮かな。
「もちろん、ライブをするために借りているから、お客さんも入れなきゃいけないんだけど……誰でも入れるようにしたら大変なことになっちゃうんだよねー?」
「それは……人が集まり過ぎるから?」
「うん、そんな感じ。だからポイント……まぁ、チケット代だね。そのポイントを支払った人だけが、一定の時間この場所に入れるって仕組みになっているんだー」
ああ、そういった仕組みだったんだね。道理でファンのみんなが、さっさと帰っていたワケだよ。
「なるほどね……ポイントを払っても、ここにいられる時間は限られているんだ」
「そうそう。早めに場所取りする人とか、談笑して帰らない人とかいたら困るからねー」
「じゃあもし、そのルールを破ったら?」
「それは校則違反になっちゃうから……退学とかかなー?」
「ええっ!? 俺退学!?」
俺の反応を見たあかりんは、お腹に手を当ててケラケラと。
「あははっー。だけど今回は特別に、君にも許可出しているから大丈夫だよー?」
「あっ、いいの!?」
「だってキミ、新入生で仕組みが分かってなさそうだったし……それに、『私に会いたかったから』とかじゃなくて、ただ単に気分悪くて寝ていたっぽかったからさー」
「そ、それはその通りで……というかあかりんも俺の先輩になるんっすね」
「……朱里」
「……えっ?」
俺が「何か間違ったことでも言っちゃったのか」と、固まって困惑していると……彼女はちょっと不機嫌そうに。
「今はアイドルじゃないから、その呼び方は止めてよ。私は葉山朱里。先輩って言っても君のたった1個上だし、敬語とかは無しでいいからさ」
「あっ、えっと、ごめん。じゃあ……朱里ちゃんは2年生になるんだね?」
それでも先輩をいきなり名前で、しかもちゃん付けで呼ぶのは、完全にやっちまったかと思ったが……どうやら彼女には、これが正解だったようで。
「うん、そうだよー。キミは?」
あかりん……いや。朱里ちゃんは、さっきと同じ反応を見せてくれたんだ。
俺の無神経でグイグイと距離を縮めようとする性格が、たまにはこんな風にいい方向に傾くこともあるものだなぁ……
「俺は神谷修一。特待生の新入生で、特技はゲームかな!」
「あははーっ。この学園だけなら、とっても頼りになりそうな自己紹介だねー?」
「へへっ、そうでしょ!」
そして、そこそこいい感じの雰囲気を作り出せたのをいい気にした俺は……さっきから気になっていたことを、朱里ちゃんにぶつけてみたのだった。
「それで朱里ちゃんって、アイドルの時と全く雰囲気違うんだね。ステージ上ではとってもキラキラしてたけど、今はどこかお淑やか……っていうか、大人しめな感じだよね」
そしたら朱里ちゃんは、頭に手をやって……少し恥ずかしそうに。でもどこか嬉しそうに、小さく微笑んだのだった。
「……あはは。やっぱり驚いちゃった?」




