144.世界で誰よりも、貴方のことが好き
それから俺は走って、ステージの上まで駆け上がった。そして俺を姿を見たファンのみんなのざわめきは更に大きくなり、ブーイングや罵詈雑言まで飛んできたんだ。
だがそんなことは気にも留めず、俺は朱里ちゃんに近づく。そこで驚きと安心が混ざったような顔をした朱里ちゃんからマイクを貸してもらって、俺は客席に向かって呼びかけたんだ。
「みんなライブ中にごめん! 神谷だ! 想定外のトラブルが起きたから、急いで駆けつけたんだけど……」
……俺が喋っている最中でも、依然として映像は流れ続けている。そして俺の登場で、ファンの困惑もざわめきも増え続ける。ここで俺は『このままこの状況を説明しても、更に混乱を招くだけじゃないか』と考えた俺は。
「えっと……とりあえずこれ、一旦全部見てみる? これと俺の声が音声ダブっても、みんな聴き取りづらいだろうしさ」
もうこうなったらいっそのこと開き直って、映像を最後まで見てみることにしたんだ。ここで俺は客席から背を向ける形にして、映像の流れているスクリーンに目を向けたんだ。
それで映像はと言うと……かなり安い作りになっていて。俺と朱里ちゃんが喋っている所を盗撮した動画を背景で流し、追加で字幕と機械音声を付けて解説していくという、どっかで見たことあるような気がするモノだったんだ。
そして字幕では『神谷とあかりんは恋愛関係である』だの『神谷は他にも恋仲の人物が複数存在している』だのまぁ否定はできない箇所も確かにあったが、『神谷はあかりんをポイントで釣ってる』だの『神谷は暴力癖がある』だの根も葉もないことを言われている箇所も多くあった。というかなんなら、デマ情報が大半だったよ。
……で、何十分にも及ぶ映像がやっと終わって、スクリーンは暗くなる。そこでまた大きなざわめきが始まったので、俺は改めてマイクを手に取ったんだ。
「えー……あの映像はですね。当然、俺らが作った物じゃありませんし、全く関係のない物です。ただ一つだけ分かるのは、このライブをハッキングしてこんな自己満な映像を流したという、クソみたいなクランがいるということだけです」
「おいっ!! そんなのはいいから映像の内容について説明しろ!! お前とあかりんは本当に付き合っているのか!?」
前の方にいたファンが強めの口調で、俺にそう問い詰めてくる……うーん、まぁそうなるわな。どうやって答えるべきか。
「えっとね……まず前提として、あの映像はほとんどがでたらめな情報だったんだ。だから、あの中であった本当のことだけ、今伝えようと思うよ」
とりあえず情報を整理して、みんなには真実と嘘をちゃんと理解してもらわないとな。根も葉もないデマを信じられちゃ、俺だって嫌だもんな。
「それであの映像で言われていた本当のことは『俺が朱里ちゃんと付き合っている』こと。そして『俺が他の子とも付き合っている』こと。それだけだよ」
俺はそうやって客席に向かって説明したんだ……しかし返って来たのは沈黙。絶句。そして一人のファンの怒号をきっかけに……会場は今日一の盛り上がりを見せるのだった。まぁ盛り上がりっつっても、完全な炎上なんだけどね。
まぁ……ここで「全部違う、でたらめだ!」って嘘を貫き通すべきなのが普通の対応なのかもしれないけどさ。やっぱりそんなの噓くさいじゃん。それに……俺は朱里ちゃんを含めたみんなが本当に大好きだからさ。たとえ嘘でも、彼女であることを否定したくないんだよね。
……そんな感じで自分の中では完全にいい話ムードに持って行ってるけれど、この状況は流石の俺でもマズいことは分かる。さて、ここからどうやって話を進めるべきだろうか……?
「……修一。私に任せて」
「えっ?」
突如、そう言いながら朱里ちゃんが俺に手を差し出してきた。まさかマイクを渡せ、って言うのか? いや、ここで朱里ちゃんに代わってもらうのは、かなりリスクのある行為なんじゃないのか……?
「早く。私を信じて」
「……分かった!」
信じて、なんて言われたら俺はただ信じるしかないんだよ。俺は持っていたマイクを朱里ちゃんに手渡したんだ。そして……。
「みんな、聞いて。私、朱里だよ」
その一言で、会場のざわめきがピタッと一瞬で止まったんだ。それは朱里ちゃんがただ単に喋ったから、という訳じゃなくて……。
「ごめん。ステージの上では絶対に出さないって決めてたけど……今日だけは許して。今の私は葉山朱里だよ」
さっきの天真爛漫の『あかりん』とは程遠い、低音で落ち着いた声色をした『朱里ちゃん』がそこには立っていたからなんだ。
「急にこんなことが起こって、言われてみんなも混乱していると思う。修一もきっとしてる。私だってしてる。だから変なこと言うかもしれないけど、とにかく私の言葉を聞いて欲しいの」
その言葉に、俺を含めたファンのみんなは黙って頷いたんだ。
「それでね。いきなりだけど、私と修一が付き合っているのは事実なんだ。隠しててみんなには悪いとは思ってたけど……これは本当のことなんだ」
瞬間、約束を守れなかったファンの数人が騒ぎ出したのだが、それは周りのファンに止められていたんだ。おお……とりあえず止めてくれてありがとう。そして朱里ちゃんは続ける。
「だけど。少しだけ言い訳させてもらえるのなら、私はこうやって言うよ。私はアイドルのあかりんじゃなくて、葉山朱里として、ただの一人の高校生の少女として、修一と付き合ってるだけなんだ」
なるほど。あかりんと朱里ちゃんは別人だって言いたいんだね。確かに俺もあかりんと付き合ってるって感じはあんまりしてないもんな……いや、まぁ全くないかって言ったら、流石にそれは嘘になるけどさ。
でも俺はあかりんだから付き合ってるとか、アイドルだから好きだとか、そう言った思いは全く無いのは本当なんだ。朱里ちゃんだから、俺は彼女を愛しているんだ。これは俺の命を懸けたっていい。
そして彼女は少し目を伏せて。
「……ちょっと虫が良すぎるかな。でも修一だってあかりんじゃなくて、朱里ちゃんとして私を愛してくれたんだ。私が『あかりん』と『朱里』の乖離に悩んで、本当に苦しんでいた時に、修一は私を救ってくれた。心温まる楽しい居場所を作ってくれた。そして……一人ぼっちだった朱里を愛してくれたんだ。恥ずかしいけど、それが私にはとっても嬉しかったんだ」
「朱里ちゃん……!」
これを聞いて俺は泣きそうになってしまったんだ。俺のやってきたことは……決して間違ってなかったんだって。そう思えて、俺はとても幸せな気持ちになったんだ。
「それでさ。この話を聞いて、私のことをとっても嫌いになった人も多くいると思う。二度とライブに来ないって人もいると思う。物凄く憎む人だっていると思う。それは本当にごめんね。……でも、私はもうみんなに隠したくないからさ。ここでハッキリと宣言をしておくね?」
朱里ちゃんは客席の方を向いて、声を整える。そして。
「あかりんの恋人は、応援してくれるファンのみんな! いっつも応援に来てくれて、踊ってくれてありがとう! 私はそんなみんなが、とーっても大好きだよ!」
聞いたファンは歓声を上げる。そんな中、朱里ちゃんはくるっと俺の方を向いて。過去最高級のニヤニヤとした笑顔を見せて、こうやって言ってくれたんだ。
「でもね。朱里の恋人はたった一人だけなんだー。私は世界で誰よりも貴方のことが大好きなんだよ、神谷修一くん?」




