134.過去の話(蓮視点)
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……あの日。あの日から、僕は人間が嫌いになった。忘れもしない、小学校四年生の夏休み。五月蠅い蝉の声と共に、親父が泣きながら、僕と母に向かって土下座している光景を……今でも、嫌でも声が聞こえるくらい鮮明に覚えている。
その時の親父は事業か株か何か知らないが、旧友からの怪しい話にまんまと騙されて、金を持ち逃げされてしまったらしい。今まで溜めていた貯金はもちろん、借金した分も根こそぎ奪われたようだった。もちろんこのことは中学くらいでようやく理解したことだが、当時の僕も『ただ事では無い』ということは強く感じていたんだ。
……それで、平凡な暮らしをしていた三人家族は簡単に崩壊していって。ロクに食べ物も食えないような生活が何年も続いていったんだ。
当然辛かったと言えばそうだが、それ以上に僕は親父を騙した友人に対して。金が無くて僕や親父に当たり散らかす母親に対して。そして愚痴も言わず、ただずっと頭を下げ続ける親父に対して、ずっと怒りを覚えていたんだ。
……それで人の不幸話はすぐに広まるというモノで、僕の学校でも噂は一瞬で広まってしまった。そして好奇の目に晒された僕は、イジメの標的にされた。でも当時から短気で負けず嫌いだった僕は、やられっぱなしで終わる訳は無く、果敢にも無謀にも相手に立ち向かっていったんだ。
しかし相手は集団だ。当然正攻法なんかじゃ勝てっこなんかない。だったら僕はどうしたか……答えは単純だ。奴らに勝てるように、知識を付けていったんだ。
ガキなりに毎日何時間も図書館に籠って武器と罠の作り方。そして身体の構造を学んで、人間の急所を覚えていった。そこからイメージトレーニングを繰り返し、給食のおばちゃんとも仲良くなって、余った牛乳やパンを貰い……どうにか今出来ることを最大限活用して、特訓を続けて、身体を鍛えていったんだ。
そしてある日、またイジメられそうになった僕は、改造したスタンガン型のライターをガキ大将にぶち込んで、そのまま相手の鼻を思いっ切りへし折ってやったんだ。それからは僕がイジメられることは無くなったが、完全に人は寄り付かなくなったんだ。当然、悲しいなんて感情は全く湧き上がっては来なかったんだ。
それから中学へと上がった僕だが、当然友達なんか出来る筈が無かったし、そもそも作ろうとする発想すら思いついていなかった。意味が無いどころか、本当に邪魔な存在としか思っていなかったからだ。
それで僕は名前も知らないような奴からテストの点数を馬鹿にされたのがきっかけで、勉強に打ち込むことにしたんだ。理由は腹が立った、ただそれだけだったんだ。
放課後に友達とゲーセンで遊んだり部活に勤しんだり、下らない青春してる奴らになんか目もくれず、ただひたすら僕は目の前の問題集を解きまくった。別に楽しい作業では無かったが、特別辛い訳でも無かった。問題を解いてる間は、余計なことを考えずに済むのが心地良いと感じる瞬間があったのも確かだったんだ。
そして中学三年生の秋。遂に僕はテストで学年一位を取ることが出来たんだ。その時はただ素直に嬉しかったが……担任からの「五十嵐、この成績だったらお前、何にだってなれるぞ!」の一言で、ハッと夢から覚めたような感覚を覚えたんだ。
僕には何も、夢も目標も希望も無い。僕の努力は全て怒りが原動力になっていただけだ。終わったらそれまでだ。本当は僕がやりたいことなんて一つも無いんだ。そもそも自分のやりたいことすら全く分からないんだ。
…………無だ。
僕は無なんだ。
それに気が付いてから、僕は無気力状態に陥ってしまった。このまま馬鹿な面した奴らと同じ高校に行くよりかは、断然このまま働いた方がマシなんじゃないかって思っていたけれど……そこで偶然、ポスターか何かでサイコー学園の情報を手に入れてしまったんだ。
どうやらそこは全寮制、更に特待生ならお金が貰える。オマケにゲームで全てが決まってしまう、夢のような学園……なーんて怪しいったらありゃしないが、今の僕には失うものが何もなかったんだ。
特待生になれなかった場合、帰って働けば良いだけだし。でも……もしも特待生で受かったのなら、その三年間で出来るだけ金を貯めて……そして自分が納得できるような夢を。目標を。絶対に一人だけで見つけてやるんだ。人生を変えてやるんだ。
そう決心した僕はその日のうちに、サイコー学園の願書を提出したんだ。
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…………ま、あんなことをほざいてた僕が……。
「王子様がやってくれましたよぉ……!! 涙が、涙が止まりませんんっ……!!!!」
「レンレン! 神ちゃん打ったよっ!! 特大のホームランを!!」
「……ああ! そうだな! やりやがった、アイツ!」
仲間の活躍でこんなにも喜んでいるなんて、全く笑えてしまうよな。過去の自分は今の僕を見て……なんて思うんだろうか? 馬鹿にするだろうか? 貶すだろうか? それとも……『居場所が見つかって良かったな』って言ってくれるんだろうか。
「ふふ、女の子の応援で簡単に打っちゃうなんて、本当に修一らしいね。応援し続ければ、メジャーリーグにも行っちゃうんじゃないの?」
「完全に否定できない所が、アイツの恐ろしいとこだよな……」
そうだ。この僕の性格を。僕の考えを大きく変えたのが……最強ゲーマーの神谷修一だ。奴はどうしようもないくらいの女好きで、馬鹿で、チビで、わがままで、ゲームが死ぬほど上手い、どうしようもない奴なんだ。
そんなどうしようもない奴に。僕を含めた仲間の全員は奴に……神谷に心を開いてしまっているんだよな。
深い闇を抱えてそうな奴も、凄い依存体質な奴も、自分に自信が持てない奴も、わがままで傍若無人な奴も、繊細で嫉妬深い奴も……そして。自ら人と関わることを拒んで逃げ続けていた、とても臆病な奴も。
こんな奴らを神谷は受け入れてくれて、全員に居場所を与えてくれたんだよな。
「五十嵐君? どうかしたの?」
「いや、何でもない……それより藤野。端末渡してくれ。僕は神谷から答えを聞かなくちゃならないんだ」
「あ、そっか! ごめんね、どうぞ!」
そうやって藤野は丁寧に両手で、僕に端末を返してくれた。そして僕は喜びを悟られないよう、落ち着いたような声を無理やり作り出して、神谷に話しかけたんだ。
「ああ。よくやったぞ神谷……それで答えは何だったんだ?」
「……」
「神谷?」
呼びかけても反応が無い……ここでまだテレビ電話状態であることを思い出した僕は、耳に当てていた端末を正面に持ってきたんだ。そしたら……バッターボックスのど真ん中で倒れている神谷の姿が目に入ったんだ。
「お、おい神谷!? 大丈夫か!?」
僕は慌てて呼びかける。そしてその映像を映し続けている田中が、その横になっている神谷に近づいて、首辺りに手を当てて脈か何かを確認したんだ……そして一言。
「……あ。これ完全に寝てるみたい」
「……は?」
「まぁ何時間もバッティングしていたみたいだし、流石の神谷にも疲れが溜まっていたのかもね?」
「……脅かせやがって」
寝てるだけかよ……しかもあんな場所で。まぁ寝てるだけなら大丈夫か……とりあえず僕は心配させない為、仲間に神谷の今の状況を報告したんだ。そしたら明智は立ちあがって、僕を差しながらはしゃいだように。
「じゃあ、シュウイチが起きるまで、レンがここのリーダーってことになるよな! 頼んだぞ新リーダー!」
「ええ……それマジで言ってんのか?」
「まぁ蓮って一応副リーダーだし。修一の代わりなんて蓮しか出来ないだろうから、そうなっちゃうのが自然な流れなんじゃないかなー?」
お気楽に葉山は笑ってそう言った。僕は神谷と比べてゲームセンスも対人能力も明らかに劣っているから、完璧な代わりなんて出来ないだろうが……アイツの言いそうなことはもう分かっている。だからアイツが復活するくらいまでの時間稼ぎなら……きっと出来なくはないんだろうな。癪だけど。
「はぁ……仕方ねぇ。じゃあ数時間だけ僕がリーダーだ。リーダーになった以上、僕の指示に従ってもらうからな?」
「はーい! レンレンお兄たまー!」
「別に神谷みたいに接しろとは言ってねぇよ……」
……ま。いつもアイツに美味しいとこ取られてたんだ。たまには僕らだけでも出来るんだぞって所をアイツにも見せておかねぇとな……完全に目閉じてるけど。
そんなことを思いつつ、僕は再び端末に視線を向けるのだった。




