133.これが……愛の力さ……!!
──それから更に数時間が経過した。俺は変わらず、ひたすらバットを振り続けたのだったが、別にそれは考えも無く振り続けてた訳じゃなくて。完全に集中して挑み、球の動きを完璧に捉えられるくらいには成長していたんだ。
……まぁ。見えたからと言って、球に当たるかどうかは別の問題なのだが。でも確実にホームランという名のゴールに近づいてるのは目に見えていたんだよ。
「……あと一回。あと一回でいける……!!」
俺は歯を食いしばりながら、最適化された動きでポイントを支払う……傍から見れば相当キモい動きだろうが、この時の俺は、そんな周りを考える余裕なんて無かったんだよ。いわゆる『ゾーン』と言う物に入っていたんだと思うんだ……意味が分かんない人はググってみてくれ。エナジードリンクが出てくるから。
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「おーい神谷、まだいるの? あまりにマップから動かないから様子を見に来たよ」
「……」
「おーい無視するな──って、ええっ!? ちょ、神谷、手! 血が出てるって!」
マシンに挑んでる最中、ソフィーちゃんの声が聞こえたような気がした俺は、くるりと後ろを振り返ってみたんだ。このゾーン状態を自分から解除するのは、あまり得策ではないのだろうが……女の子を無視するなんてことは、それ以上に大罪なのだ。
「……ソフィーちゃん。どうしたの?」
背後にソフィーちゃんを確認した俺は、焦ったような表情をしている彼女に向かって問い掛けたんだ。そしたらソフィーちゃんは更に焦ったような顔をして。
「だから!! 血! 神谷の手から流れ出てるんだって!!」
「ん……?」
言われて俺はずっと握っていたバットから手を離して、自分の手の平を見てみた。そしたらそこから、赤色の液体がトロトロと滴り落ちているのが目に入ったんだ。ああ、俺って意外と血液サラサラなんだな……とか何とか思いつつ俺はまたバットを構え、バッティングを再開したのだった。
「ちょっと神谷!? 続ける気!?」
「うん……諦める訳には……いかないからさ……!」
俺はそうやって発しつつ、マシーンから放たれるボールをバットに捉えた。その球は芯には合っておらず飛距離は伸びなかったものの、前に飛ばすことには一応成功したのだった。
「あ、当たってる……!? ……でも、神谷の身体が!」
「ソフィーちゃん……心配してくれるのは嬉しいけど……良いんだ。男には……やらなくちゃいけない時があるんだからッ……!!」
「また当たった!?」
金属バットは心地良い音を鳴らし、ボールは前に飛ぶ。さっきよりも距離は伸びたが、ホームランにはまだまだ足りない。もっと……もっと力が必要なんだッ……!!
『ピロピロピロピロ』
そこで突然、謎の電子音が近くから鳴り出したんだ。
「この音……どこから?」
「多分俺のバッグの中の……端末だ……!」
この音は、俺の端末が設定している電話の音。つまり誰かから電話がかかってきたってことだ! ……というIQ70くらいの推理にたどり着いたが、バッティング中にこれだけ考えられたことを逆に評価して欲しいものだよ……そして続けて俺は言う。
「ソフィーちゃん……! この電話、出てくれないか……!?」
「えっ、私が? ……ヤダよ?」
「でも、俺は手が離せないんだ!! お願いだよ……!!」
「そんなの知らないってば……」
こんな会話の最中でも俺は剛速球をバットに当て続け、数少ないギャラリーにどよめきの声を上げさせた。そして依然と電話はピロピロ鳴り続けている……そこでソフィーちゃんも、俺の本気さを実感してくれたのか。
「はぁ…………もう、仕方ないなぁ」
そう言って、俺の置いていたバッグに手を伸ばしてくれたのだろう。端末から流れていた着信音は鳴りやんだのだった。そして。
「はい、もしもし……?」
そこそこ嫌そうな声で応答するのだった。
「もしもし……って誰だお前は!?」
電話の相手はおそらく蓮だろう。混乱している声が、こっちまで聞こえてきた。それか単にスピーカー設定にしてくれたから、聞こえやすくなったのか……まぁそんなことはどうだっていい。俺は正面を向いたまま、後ろに聞こえるように大きな声でこう叫んだんだ。
「蓮……!! この子は俺らの味方だ……だから警戒する必要はない!! 俺だと思って、喋ってくれッ……!!」
「ハァ!? 神谷、お前ふざけんなよ……!?」
ここで言い合いになると、余計に面倒なことになるとソフィーちゃんは思ったのだろう。ソフィーちゃんは蓮の言葉を遮り、淡々と蓮の情報を口にしていくのだった。
「……五十嵐蓮。チーム神谷の副団長であり、高い知能とゲームの腕を持ち合わせている……クランに無くてはならない、優秀な参謀だね。神谷の右腕、なんてのも呼ばれてるみたいだ」
「……」
「ただ、極度の面倒くさがり屋で、加えて短気。それにスポーツはあまり得意ではなく、自転車に乗れたのは最近のこと。そしておまけに殺傷力のある違法なパチンコも所持していると……これ、全部合ってる?」
「…………へぇ。何モンだお前? 脳天ぶち抜かれてぇの?」
でもそれ失敗してない!? だって今の蓮、俺にしか言わないような口調だよ!? それも中々出ないやつだよ!?
それでも、ソフィーちゃんは特に蓮に屈するようなこともなく。続けてこう言ったんだ。
「……私は田中。情報屋の貴方なら、もうこの時点で大体分かるんじゃないの?」
「ああ、なるほどな。神谷に寄生して決勝戦に行こうとしてんだなお前は……それでいつ神谷を裏切るつもりなんだ?」
「止めろっ、蓮!!」
思わず俺は叫んでしまった。バッターボックスの中で。
「田中ちゃんは……ソフィーちゃんはそんなんじゃないんだっ!! クランは違うけれど、もう俺らの仲間なんだよ!!」
「……」「……」
俺のその言葉に、蓮もソフィーちゃんも反応を示さなかった。きっと色々と難しいことを考えてるんだろうけれど……これ以上そっちに脳のリソースを割く余裕は持ち合わせていなかったんだよ。
そして長い沈黙の後に、ソフィーちゃんは再び口を開いたんだ。
「……それで。神谷はああ言っているけれど、どうするの五十嵐。君が私を信じられないなら、今すぐに電話を切るべきだけど……用があるから君は電話してきたんでしょ? だったら私がちゃんと伝えてあげるよ?」
「……」
ソフィーちゃんは悪役っぽく、楽しそうにそうやって発した。きっと自分が今面白いポジションにいることに気が付いたのだろう……ホントに君は良い性格してるよ。
それで……蓮も腹を括ったのか。いつもの俺と話すような口調が、電話越しに聞こえてきたんだ。
「チッ、わーったよ……神谷、こっちは終わったぞ! 貰えたアイテムは『とうめいなサイコロ』だ! これをクロスワードに当てはめた時の特殊マスは『と』だ! だが、これだけじゃまだ全容は分からない……要するにお前待ちってことだ!!」
「蓮……!」
「だから……早く打ちやがれ、馬鹿神谷がっ!!」
「……へへっ、ああっ!!!」
「あ、テレビ電話に変わったみたい。これは……映せってことかな?」
ソフィーちゃんの言葉で、俺は少しだけ後ろを振り向く。その金網の向こうには、ソフィーちゃんが俺の端末を持って立ってて。そしてその画面には……俺の大切な仲間の姿が、みんな映っていたんだ。
「頑張ってください、王子様! 絶対にいけますよ!」
「にゃははー! 神ちゃんならヨユーだよねー?」
「修一。私に見せてよ、カッコイイ所をさ?」
「シュウイチ! ホームラン打たないと承知しないからな!」
「神谷君、私信じてるよ! あ、えっと、それと……大好きだよっ!」
……一瞬の静寂。でもそれもすぐに過ぎ去って。
「ああっ!! 私もですよ!! 死んでもいいくらい大好きです!!!」
「ぼ、ボクだって!! ボクだって好きだもん!!!」
「あ、ウチもウチもー。神ちゃん愛してるぅぅううう!」
「ふふー。私もシューちゃん大好きだよー?」
愛の言葉が沢山俺の耳に届いて来たんだ。こんなに……これ以上に幸せなことが、この世に存在し得るのだろうか? いや、無い。
「うわぁ……恥ずかし過ぎて耳塞ぎたくなるよ……これが共感性羞恥ってやつ?」
「ふふふ……違うよ、ソフィーちゃん! 俺らはもう恥ずかしいとか……そんなレベルはとうの昔に過ぎ去っているんだよっ!!」
「えっ、ええ……」
そしてドン引きしているソフィーちゃんを尻目に、俺はバットを振り続ける。そして最後のに二十球目に達するであろう所で。
「俺も大好きだよ、みんな!! はぁぁあっ……うらぁああああっっ!!!!!!」
真芯で捉えた球は天高く舞い、アーチを描いてホームランのエリアに思いっきりぶち当たるのだった。端末からは割れんばかりの歓喜の声が。そしてソフィーちゃんからは、呆然とした声が聞こえてきたのだった。
「わぁっ!! やりましたね王子様!!」
「凄いっ!! 凄すぎるよ、神谷君っ!!」
「う、うそでしょ……?」
「へ、へへ……これが……愛の力さ……!!」
そこで限界が来たのだろう。今まで感じていなかった疲れが急に、それも一気に溢れてきて、俺はその場で倒れこんでしまったんだ。
「ちょ、神谷!? 大丈夫!?」
このまま眠りにつくのも悪くはないかな……なんて思っている内に、意識が朦朧としてきた。そして目を閉じるその一歩手前で……遠くで花火が打ち上がっている音が聞こえてきたような気がしたんだ。
「花火……?」
……ああ、そうか。そういや俺は、ホームラン打った時の音を知りたがっていたんだっけ。その答えは『花火』ってことになるのか……いや。確かクロスワードにはスペースが七つあった気がするから……。
「ああ……答えは『うちあげはなび』ってことか……」
そう呟いて、俺は深い眠りについてしまったんだ。




