130.ちょっと待てぇ!!!!
……それから、休憩を終えた俺は椅子から立ち上がり。再びバッティングセンターへと向かった俺は、変わらず170キロのマシーンに挑戦していたのだった。
「フッ……!!」
「神谷。振るのが遅いよ」
俺が空振りする度、金網の向こう側から田中ちゃんのありがたいアドバイスが飛んでくる……俺はバットを構えながら、後ろにいる彼女へと話しかけるのだった。
「分かってる……というかっ、田中ちゃん、まだここにっ、いるの?」
「集中したいなら喋らなくてもいいのに。私が邪魔ならそう言えば?」
「いやっ、誰かがいた方がやる気は出るしっ……! でも田中ちゃんはまだチケット探す必要があるんじゃないかって思ってさ……!」
「ん、それは大丈夫だよ。私にも優秀な仲間がいるからね」
「仲間って……あの水鉄砲大会の時にいた人?」
「そう。他にもメンバーは何十人かいるけれど、特に頼れるのはあの二人かな。彼らにレインボーハンバーグを一枚づつ見つけて来るようお願いしてるから、この三枚で私達は決勝に進むつもりだよ」
「……」
まだ手に入れていないチケットを数に入れているなんて、論理的な田中ちゃんらしくない考えだけれど……これは仲間を信頼している証ってことなのだろうか?
「そっ……か! じゃあ田中ちゃんの出番は……! 一旦おしまいってワケ……?」
「まぁそういうことだね。だから空いた時間にこうやって今のうちに情報集めたり、仲間を作っておいたりしてるんだ。賢いでしょ?」
なるほどね。もう関係ない筈の俺らの情報を知りたがっていたのは、そういう理由があったからか。まぁ……まだ田中ちゃんが決勝チケットを狙っている可能性が無くなった訳じゃないんだけどね。
……でも、もう既に俺は彼女のことをかなり信頼しているんだよな。俺はバットを振りつつ、こんなことを口にする。
「田中ちゃん……! 俺、田中ちゃんのこと結構信頼してるからね……!」
「何急に。どうしたの?」
「だって田中ちゃんが俺を裏切るのなら……! もうとっくに情報だけ持って……! どっかに逃げてるだろうからね……!」
「……ふーん。神谷が打ってる最中に私が他の誰かと連絡取っている、とかは全く考えないんだ」
「いや、だって俺……! 後ろ見えてるもんね……!」
「え?」
「恋する乙女みたいな表情で……! 俺のこと食い入るように……! 見てるのバレバレだもんね……!」
ここで数秒間、田中ちゃんの声が止まった。そして次に聞こえてきた声は、初めて聴いたであろう、彼女の相当焦ったような声だったんだ。
「えっ、なっ、ど、どうして……!?」
……と、ここでマシーンが止まってしまった。もう二十球が終わってしまったのかと、俺は横にある機器にまたポイントを払って、再びプレイしようとする……そこで不意に金網の外を見ると、田中ちゃんと目が合ったのだった。
何か言いたそうにしていたのを察した俺は、一旦ポイントを支払うのを止め、しっかりと彼女の方を見る。そしたら田中ちゃんは顔を赤く染めたまま、俺に向かって問い詰めてきたのだった。
「なっ、何で後ろが見えていたの? ここには反射するような鏡も、神谷が後ろを向いた素振りだって一度も……!!」
「ああ。あれって、ただの冗談だけど……もしかして本当だったの?」
「────ッ!!」
「だったら悪いことしたカミねぇ……」と俺が続けて呟く前に、みるみるうちに田中ちゃんは蔑んだような表情に変わっていって。
「……ほんと最悪。馬鹿。大馬鹿。もう送ってやるから」
そのまま端末をポチポチと弄って、何か作業を始めるのだった。
「え、えーっと……?」
「……はい。神谷のヘボいバッティングの映像を送ってやったから。これで彼女らの好感度は駄々下がりだね?」
「え、いや……その……」
何か『してやったり』みたいな感じで、田中ちゃんは勝ち誇っているけれど。それ見たくらいじゃ、俺のこと嫌いになんかならないと思う……まぁ心配はするかもしれないけれど。というか何で俺の仲間の連絡先知ってるのさ。
そんな感じで俺は何も言えずにいると、俺が端っこに置いていた端末からピコンと音が鳴ったんだ。これはメッセージが届いた時の着信音である。
まさか、と思いそれを見てみると、そこには『ファイトだよ! 神谷君!』と可愛らしい絵文字付きのメッセージが、藤野ちゃんから届いていたのだった。
「……」
た、田中ちゃん……多分、送る相手間違えてるって。だって藤野ちゃんはとっても優しいし……そもそも野球のルールも分かってないだろうから、全然意図が伝わっていないんだよ。何ならむしろ喜んだんじゃないかな……?
まぁ藤野ちゃんもいきなり俺の動画を送られてきて、何も疑問に持たずに俺に返事を出すのは、ちょっと抜けてる所があるけれども……ひとまず俺は、田中ちゃんへと問いかける。
「えーっと……何で藤野ちゃんの連絡先知ってるのさ?」
「だって友達だからね」
「えっ? そうなの?」
一瞬疑ったが、まぁよく考えたら田中ちゃんも同じ特待生だし、クラスも一緒だから仲良くなるきっかけはあるのか? ……と自分の中で納得していると。
「もちろん私が田中だってことを隠した上で、接触したけどね」
「え、どうして?」
「だってそれがバレたら、必ず神谷に伝わるし。変な企みしてるんじゃないかって思われたら、私も嫌だからね」
そうやって、ちょっとだけ寂しそうに言ったんだ。
「そうだったんだ……でも単純に藤野ちゃんと仲良くなりたかっただけなんでしょ? だったら俺は、藤野ちゃんと仲良くしてくれてありがとうってお礼を言うよ!」
「え、本当に変なの……私が勝手に接触しただけなのに」
「いやいや。彼女の喜びは俺の喜びだからさ! だから藤野ちゃんに友達がいるのなら、俺も嬉しくなるのは至極当然のことなんだよ!」
そしたら田中ちゃんは、なんとも言い難いような……複雑そうな表情を見せて。
「そっか……まぁ。私が彼女に近づいたのは、情報盗む為だったんだけどね?」
そう言って田中ちゃんは、俺に端末を見せてきたんだ。そこに映し出されていたのは……どっからどう見ても、俺らクランメンバーの位置情報だったんだ。
「……ちょ、ちょ、おい!!! ちょっと待てぇ!!!!」




