127.ああ、やっぱり今回も駄目だったよ
「え、えっと……田中ちゃん? どうして君がここにいるのさ?」
若干戸惑いつつも、俺は金網越しの彼女へと話しかけた。そしたら田中ちゃんは少しだけ視線を下に逸らしながら、俺だけに聞こえるような小さな声量で。
「私は……単にチケットを探しに来ただけ。それよりも神谷の方こそ、こんな大事な予選期間中に何をやっているの?」
「それは──」
俺はクロスワードのことを喋ろうとしたが、慌てて口を閉じた……そうだよ! この子だって大会参加者なんだから、一応俺らの敵ってことになるんだよ! だからこのことは話しちゃいけないんだ! なら、どうにか上手いこと誤魔化さなきゃ……!
「それは……ちょっと身体が鈍ってたから、動かしておこうと思ってさ!」
「……こんな大会中に?」
「そ、そう! やっぱり大会中だろうと、鈍ってたら良くないからね! それにほら……バッティングセンターはストレス発散にもなるからね!」
「全然当たってなかったのに?」
「えっ……見てたの?」
「うん。見てたよ」
「……」
言われて俺は固まる。あんなへっぽこバッティングを見られていたと思うと……何か心がキュってなるよ。キュンじゃないよ。キュッ……って心臓を強く締め付けられるような感じで……っていやいや、それよりも次の言い訳を考えなくては……! えーっと、えーっと……。
「……打たないの?」
「えっ?」
「ほら、まだ投げてるよ?」
俺が言い訳をする前に、田中ちゃんはマシンの方を指を差してそう言った……まぁそれはそうだ。だってワンプレイ20球の設定になっているから、まだピッチャーは球を投げてくれてるんだよ……嫌がらせと思うくらいのスピードでね。
「あ、そ、そうだね!? 打つよ!」
そして言われた俺は再び正面を向いて、いっちょ前にバットを構えたのだった。
「さぁこーい!! ……ふうっ!」
「……」
「……ぬふぅっ!!!」
「……」
……まぁ、やっぱり今回も駄目だったんですけどね。
────
「神谷。お疲れ」
「あ、ありがとう……」
それで一旦俺はバッターボックスから出て、ベンチや自動販売機が並んでいる休憩スペースに田中ちゃんと来ていた。幾ら時間が無いとは言え、ゲーセン側の問題が解けるまではこっちもそこまで焦らなくてもいいし。それに来てからずっと打ちっぱなし(一回も当たってないが)だったから、休憩するのも悪い選択ではないだろう。
それよりも……田中ちゃんが俺から離れる素振りを見せないんだけど。何? 何なの? 君こそ大会中にそんなことしてていいの? 俺に惚れたの? あんなスイングで?
……いやまぁ。冷静に考えるのなら、俺らの情報を盗もうとしているしているのか、はたまた単に強敵になりそうな俺らを偵察しに来たのか。あるいは生徒会のスパイか……でも確か田中ちゃんは生徒会を嫌ってたから、その線は低そうだけどね。
まぁいずれにせよ、俺が良い立場にいないのは確かだ。だから早いとこ、田中ちゃんをここから追い払うべきなんだろうけども……。
「……どうしたの?」
こんな可愛い子に「どっか行ってくれ」なんて、俺が言える訳がないんだよ!! 本当にこれは俺の良くない所だけど、これは生まれ持った才能だから仕方ないんだよ!! 許してくれみんな!!
「いや……まつ毛長くて可愛いなーって」
「……口説いてるの?」
「い、いやいや! これはその……俺の口癖みたいなものだからさ!」
そんなクソみたいな弁解? をしても尚、あまり表情を変えなかった田中ちゃんは、椅子に座って腕を組むのだった。そして。
「ふぅん……まぁいいけど。そろそろ本当のこと喋る気になった?」
「えっ……?」
それでどうやら田中ちゃんは、俺が何かを隠していることに気づいていたみたいだ。まぁ流石に自分でも、あれで誤魔化せたとは思っていないけど。でも自分から喋るのはなぁ……とか、そんな風に思っていると。
「まぁ……お互い隠し事してても、会話は弾まないだろうし。だったら私から先に本当のことを話してあげるよ」
「えっ?」
『それはどういう意味?』と俺が問う前に、田中ちゃんは続けてこう言ったんだ。
「チケットを探しに来たってのは嘘。本当は神谷に会いに来ただけ」
「ああ……やっぱりそうだったんだ。それなら俺も聞きたいことが三つ出てきたんだけど……一つは『どうして俺の居場所が分かったのか』ってこと。もう一つは『その目的は何か』ってこと」
「後一つは?」
「それは……田中ちゃんのフルネームが知りたいな!」
俺は少し場を明るくするために……いやまぁ実際、田中ちゃんの名前が知りたかったから、聞いてみたんだけどさ。田中ちゃんの返答は、俺の予想しなかったもので。
「ヤダ。全部言いたくない」
食い気味に断られたのだった。たまげた俺は、慌てて聞き返した。
「ええっ!? 全部!?」
「全部。私だってペラペラ喋るほど馬鹿じゃないんだよ?」
「い、いやいや、名前くらい教えてくれたっていいのに……というかさっき隠し事はお互い無し、みたいなこと言ってなかった?」
「言ってない。捏造しないで」
「あ、はい、すんません……」
俺は枯れかけの植物のように、ぐったりと首を曲げる……何か全然距離が縮まった気がしないんだけど。この子と会話するの難しいんですけど。誰か助けてくれ。
「それで、次は神谷の番だよ」
「これで俺にパス回ってくんの? ……ほとんど何も教えてくれなかったのに……」
半分愚痴っぽく俺は呟いた……それで思う所はあったのか、俺のリアクションを見た田中ちゃんは、仕方なさそうにこうやって言ってくれたんだ。
「……はぁ。じゃあ会いに来た目的くらいは教えてあげる」
「おお、ホントに?」
やったぁ! と思う反面、どんだけ名前言いたくないんだよって思うよ……逆に名前が一番気になってきたんだけど。これでめっちゃシンプルな名前だったら、一体俺はどんな反応すればいいんだろう?
「それで俺のとこに来た目的は?」
「それは……単に、神谷が気になっていただけ。それ以上の理由は無いよ」
「えっ! 気になってたって……!?」
それってつまり……! 俺のことが……俺のことがッ…!?
「はぁ……変な勘違いしないで。私はゲームプレイヤーとしての神谷の動きが気になっただけ。チケットを探す素振りも全く見えなかったからさ……だから。今すぐ変な妄想は止めて。不快だよ」
「そっ、そんな拒絶しなくてもいいじゃん……!? ちょっとくらい夢見たっていいじゃん……!?」
俺の言葉を聞いた田中ちゃんは、少し呆れたように。
「本当に変なの……そんなこと言って、五人の彼女から嫌われないの?」
「……ッ!? お、おお……!? そこまで知ってたの……!?」
言われて俺は、今日一の驚きを見せた……こう見えて俺は、彼女がいるなんてことは公言していないんだ。というか自分から言ったことは一度も無いから、俺の彼女については彼女自身か、蓮しか知らないものだと思い込んでいたんだが……。
「ふふ。良い反応じゃん」
珍しく田中ちゃんは笑顔を見せながらそう言ったんだ。もしかしてこの子って、とんでもないくらい情報を握っているんじゃないか……?
「ちょっと君が怖くなってきたよ……」
「別に怖がらなくてもいいのに。それで今度こそ、次は神谷の番だよ」
そしてまた俺にラリーが回ってきた。まぁ今回は色々教えてくれたし、俺も少しくらいは喋ってもいいんじゃないかって思い始めているんだけど……。
「いや、つっても……その田中ちゃんの情報量なら、大体俺のやってることが分かってるんじゃないの? 聞く意味ある?」
俺は思っていたことを口にしたんだ。すると田中ちゃんは俺の方を向いて。
「……まぁ。神谷達が決勝戦参加チケットを狙っているのは分かってるけど。でも、どれだけ考えても、バッティングセンターとチケットの関係性が分からないんだよ」
「ああ……そういうことね」
じゃあこのクロスワードの存在を知らないってことなのかな? いやでも……田中ちゃんくらい賢かったら、コンビニの謎も簡単に解けると思うんだけどな……?
「じゃあコンビニの謎が解けなかったってこと?」
気になった俺は、思ってたことをそのまま聞いたんだ。そしたら田中ちゃんは不思議そうな表情を浮かべて。
「え? 解けなかったというか……そもそも、あそこには何も謎が無かったじゃん」
「えっ? いやいや、看板あったでしょ? そこに巨大な落書きがあって……」
そう言うと、田中ちゃんは目をぱちくりとさせて。そしてまた俺に視線を合わせて……こう言ったんだ。
「……落書き? そんな物は全く無かったよ?」
「──えっ?」




