第4話 【初配信】伊勢京、ヨロシクお願いします【リレー2番手】
同期の伊勢京ちゃんの視点あります。
「ふぅー、なんとか終われた……」
私、望月かなたは息を吐き出す。
目の前にはパソコンなどの配信機材がたくさん。これらを使って今まで配信をしていたのだと、そう頭ではわかっているけど。
配信を終えて、ようやく、確かな実感を得た。
うずうず。
「くぅー! 頑張った甲斐あったなぁ!」
たくさんのコメントがあった。
あんりママも来てくれた。
そして、無事に乗り切ることができた。
そのことがたまらなく嬉しかった。
色んな人に協力してもらって、なんとかスタートラインに立てた。ここからだ。
ここから、私のVtuber生活──フィーナ・アストライアとしての生活が始まるんだ。
そんな期待感と少しだけの不安と。
不思議な気持ちが渦巻いていた。
「それじゃあ、同期の配信でも見ますかね!」
* * *
少し時間を遡って。
ウチは同期の配信を聴いていた。
こっそり、わざわざアカウントを変えて。
『はい、見た目はこんな感じ! いやーどこからどう見ても美少女! 本当にありがとうございます』
声も姿も美少女そのものなのに、かなり残念な子。電話で聴いていた印象とほぼ同じというのも、彼女の持つ声の良さかもしれない。
彼女のおかげで、配信に向けての緊張はあまりない。幾分か落ち着いているくらい、だと思う。
前はどんな配信ならいいのか、ウチはどうしていくべきなのかなんて、色々悩んでいた部分もあった。
たまたま作戦会議の電話で議題に上がったこともあった。
その時のフィーナの反応がすごく自然体だったのが、やけに記憶に残っている。
Vtuberといえども、ウチはウチなんだと。
他の人に変わる訳じゃなく、そのままで勝負してもいいんだと、そう思えた。
ウチの武器はこれしかない。
フィーナのように、お喋りが得意な訳ではないし、この配信のように笑わせるようなことは難しい。
ベルみたいに、人々を自分の世界観に引きずり込むことも、きっと出来はしない。
だからこそ、ウチにはウチにしかないもので。
あの2人と並び立つにはそれしかない。
だから、今ウチのできる精一杯をぶつけるんだ。
* * *
『待機なうです』
『画面変わった!』
『始まったかな?』
『フィーナから来ました』
コメントが下から上に多数流れている。
目で追いきれそうで、なかなか難しい。
そんな無数の視線を浴びて、トントンと自分の胸を優しく叩く。
大丈夫、大丈夫だ。
緊張していないとは言った。けど、それでも胸の内に燻る何かがあることには違いない。
だから、それを少しだけ押し留めて。
「……ウチは、伊勢京です。よろしく」
その一言を出す。
少し声は低くなっていないだろうか?
トーンは落ちていないだろうか?
不機嫌そうに聞こえてはいないだろうか?
色んな思いが頭をぐるぐる駆け巡る。
あ、これやばいかも。
悪い方向に思考してしまう。
コメントもまともに見れない。見ようとして、視界に入っているはずなのに頭に入ってこない。
せっかく準備したのに、あれだけ背中を押してもらったのに。
どうして、どうして、どうして……!
やばい。
思考が真っ白になって、そして──
──大丈夫、できるよ!
目の端にそれが映った。
それは一通の連絡、手元の携帯から爛々と輝く通知が見えた。
配信が始まるということで、バイブレーションのみにしていたのだが、その振動でも通知に気づくことができた。
送り主は、フィーナ・アストライア。
ウチの同期の1人。先程まで初回配信をしていたはずの彼女から、そのメッセージは送られていた。
短い言葉。
きっと、通知だけ見れば伝わるように短い言葉を選んでくれたのだ。
その気持ちが、心に直接届いてくるようで。
少し落ち着いてコメントを見ることができた。
◇フィーナ・アストライア:『機材トラブルです! 誰か、パソコンのお医者様はいらっしゃいませんか!?』
『おいこらwww』
『初配信終えた直後の人だとは思えないハッチャケぶりw』
『間を繋ぐプロがいらっしゃいますな……?』
『パソコンのお医者様とはwww』
えと、なにこれ?
「……フィーナ……初配信、終わった後……なのに……何してんの? ふふっ」
思わず笑ってしまう。
これは卑怯だ。
不安も緊張も吹き飛んでしまった。
◇フィーナ・アストライア:『同期の配信見に来たら、思ってたよりコメント芸人が捗りまして……ガハハ!』
「ガハハじゃない……全く」
あとコメント芸人ってなに?
疑問は尽きないけど、気を取り直して。
「ごめんなさい、手間取りました。改めまして、『しなぷす』4期生の伊勢京。よろしく」
『声かっこいい』
『これはこれは、たまりませんな』
『女の人の低音っていいよね?(クソデカ)』
か、かっこいいと言われることなんてないので、照れる。
……けど、感謝は伝えんとな。
「低音がいいかは、ウチにはわからへんけど、その……ありがとうな」
『ウッ!!!!(心臓破壊の音)』
『なんだこの気持ちは!?』
『萌だよ!!!!』
◇フィーナ・アストライア:『もれなく私も死亡』
「フィーナ!?」
なにがあったん!?
『同期が1人犠牲になったか……』
『しかたねぇ、尊すぎたんだ』
『死因は仰げば尊死ってことか』
『やめて差し上げろww』
よくわからんけど、多分大丈夫なやつやなこれ。
そしたら、最初のプラン通りに配信を進めてこう。
「フィーナは放っておいて、まずはウチの自己紹介……といきたいんやけど」
『フィーナの扱いがw』
『美少女(笑)の実力か』
『お?』
『なんでやんす?』
◇フィーナ・アストライア:『美少女だし!!』
「フィーナ、話進まへんから。ステイ」
フィーナ・アストライア『はい!』
『従順なペットかww』
フィーナは聞き分けはいいんよね。
従順な、はちょっと首を傾げざるを得ないけど。
「それでな、ウチも色々考えてんけど、やっぱウチにはこれしかないかなって思って。……なので、少しだけ聴いてください」
『なになに?』
『これは?』
◇フィーナ・アストライア:『わくてか』
◇ベル・イエリス:『聴かせてもらいますね』
『ベルはん!?』
『同期が勢揃いする初配信』
『4期生集合は笑うw』
いつのまにか、もう1人の同期であるベルも来ていた。
これは頑張らなければ。
「ベルも来てくれてありがとう。じゃあ、聴いてください」
──little to sing。
アコースティックギターの音色を流す。これはあらかじめウチが演奏して録音していたものだ。
弦が弾かれる音が、ウチの今いるスタジオに響いて心地が良い。
little to sing。
元の曲はかわいい女の子らしい歌。
そして思い入れの深い曲でもある。
紡がれるのは、ほんの少しだけの歌。
寝ている君に向けて歌う、恋の歌。
まだ自分の気持ちに整理もつけられないままに。
──この気持ちはなんですか?
──少しだけ、少しだけでいいの。
──確かめさせて。
恋も愛もわからない少女が歌う、ラブソング。
それが、この『little to sing』という曲だった。
ウチの声質だと、この曲の雰囲気にはやや合いにくい。でも、ちょっとだけアレンジを加えて、ウチの歌にしていく。
これがウチ──伊勢京なのだと。
ウチの武器である歌を使って、リスナーのみんなにウチのことを知ってほしい。
そんな願いを込めて、力の限り。
「──ありがとうございました」
曲を歌い切る。
同時に伴奏も鳴り止み、すーっと現実に引き戻される感覚。
コメントも全く見れていなかった。
今更ながら不安になり、コメント欄を遡って確認する。
『いきなり歌!?』
◇フィーナ・アストライア:『それが京さんなので!! 刮目せよ!!』
『初配信なのに!?』
『あれ、この曲ってこんな感じのだっけ?』
ウチなりにアレンジをしてみた演奏に気づかれ、少しドキドキする。
これでよかったんかな?
受け入れてもらえてるんかな?
そんな気持ちで下に下にコメントを流し読みしていく。
『なにこれ、なんだよこれは』
『うますぎでは』
『好き』
『もしかして(プロ)』
◇ベル・イエリス:『いつ聴いても惚れ惚れしますわね』
意外と好意的なコメントで占められていたが最後らへんのコメントは途切れ途切れになっている。
あれ、失敗した?
と思いきや。
『88888888888988888888』
『ブラボー!!!』
『さいこーーーー!!!!!!』
歌い終わって少しして、こんなコメントが大量に送られてきた。
いわゆる弾幕、というやつだろうか?
ペンライトみたいなコメントもちらほら見かけたので、楽しんでもらえてる、かな?
「……よかった」
口からぽろっと溢れる。
『フィーナが言ってたのは、これだったのか』
『最高だった』
『開幕しょっぱなからやってくれますねぇ!』
◇フィーナ・アストライア:『これです!』
フィーナが配信でウチの宣伝をしてくれていたのは、嬉し恥ずかしい気持ちだ。
……たぶん、フィーナはドヤ顔してるんだろうなぁというのが想像できてしまう。
歌でインパクトを与えられたところで、今回は打ち止め。ここからは質問などに答える時間になる。
「ウチは歌が得意で、歌ってみた動画を出したり、歌配信をしたりが主になってくるんで。よろしく」
簡単にウチが今後していく方向性を伝える。
『歌う人なのね』
『歌枠楽しみ!』
『カッコええ曲たくさん歌ってほしいわぁ』
ウチの方向性は、音楽系Vtuber。
リスナーのみんなに認められて、4期生に並び立つためのスタートラインに、初めて立てた気がした。
「そしたら、事前にもらったマシュマロ? を読んでいくんで。まずは──」
ウチは送ってもらった質問の1つ目を表示させた。
* * *
「よかった、なんとかなったね」
自室。
私、望月かなたはパソコンの前でほっと一息をついた。
配信に入ってすぐ、京さんが無言のまま、うろうろする姿が映されていた。
何か喋ろうとしているのはわかるように、口はパクパクと動いていたので、これは言葉が上手く出ないか、本当に機材トラブルなのではないかと当たりをつけた。
意外と緊張しいなのかもしれないし、機材トラブルならマネージャーさんなど対応できそうな人もいるから、とりあえず間を繋いでみようとボケにボケまくってみたのだが。
「意外となんとかなるもんだねぇ」
コメントでリスナーを笑わせる『コメント芸人』なる役職に就任した私にかかれば、チョロかったですかね!
「……Vtuberは助け合いでしょ」
某ヒーローに倣って指を軽く鳴らす。
別に先輩でも後輩でもない同期だけど、助け合いの精神は大切だと思います!
なんなら、ちょっと妹っぽいなぁと思ったり。
まぁ、実年齢で言えば年下だろうし。京ちゃん、なんて呼んでみてもいいかもね。
ともあれ。
「あとはのんびり初配信聴かせてもらいましょうかねー!」
開幕の歌で、京さんのペースに持っていくことができている。あとは京さんがどれだけ話せるかぐらい。
あまり心配はいらなそうな気がする。
ので、お客様気分で聴かせてもらいますね!
ちなみに、ましゅまろは大量に送りつけまくったのであしからず!!
* * *
伊勢京
@ISE_KYO
来てくれたみんな、ほんまにありがとう。
緊張で喋れんかったけど、みんなのおかげでなんとかなりました!
これからも伊勢京をよろしく〜
#京Live #京、配信始めます #ヨロシクお願いします
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フィーナ・アストライア
@Fina_astlaia_
@ISE_KYO
おつかれさまー!
機材トラブルにも負けずよく頑張りましたっ!!えらい!!
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伊勢京
@ISE_KYO
@Fina_astlaia_
どこ目線やねん!
ってか、ましゅまろ送りすぎなんよ。読めど読めどフィーナのばっかりやったよ?
─────
フィーナ・アストライア
@Fina_astlaia_
@ISE_KYO
……えーっと、てへぺろ?
配信後。
終われた興奮で足バタバタ。
ひとしきり暴れた後。
「……みんなみんな、ありがとうな」