第46話 フレイア・ナイトメアは見た!
今回は、フレイアの視点です。
──それは、ボクにしては勇気のある行動だった。
* * *
ライブでのリハーサルも終わり、休憩時間。
ボクはフードを被り、控室からテクテクと歩みを進める。
今はスタッフさんが調整などをしてくれている時間で、ボク自身は暇になった。
レインは……しんどそうな顔をしていたので、休憩を存分に生かすことと思う。ルナは流石に余裕そうではあったけど、レインのお世話に忙しい。
なので、せっかくならと1人で観客席の方に歩いていこうと思い立ったのだ。リハビリも兼ねて。
もしも話さなければいけない時のために、懐にメモと鉛筆を潜ませるのも忘れなかった。偉いぞボク。
そうまでして、どうしてそこに向かっているのかといえば、ものすごく単純な話で、ライブの前にステージを見ておきたいという思いがあったからだ。
あと、今ならスタッフさんもこちらには意識を割かないだろうし、視線を気にする必要もない。大チャンスだと思ったのだ。
ボクの事情を知っている同期2人は、快く送り出してくれた。
とは言ってもすぐそこの距離だし、会うとしてもスタッフさんくらいだろうし、心配することはないと思ったのかもしれない。
ともかく、そうして送り込まれたボクなのだけど。
「…………………?」
ものすごく号泣しているお姉さんに出くわした。
「やばぁ……やばすぎる……かっこいい……かわいいよぉ……」
恍惚の表情で何か言ってる怖い。かっこいいとかわいいは同居するのはわかるけど、泣きながら言ってるのが怖い。
「あ"ー、ふ"き"ゅ"ーぅ」
言葉になってないよお姉さん!
喉を鳴らして、ついでに鼻も鳴らして、オンオン泣いている。その人は目元を手で隠しているけど、それでも相当な美人さんであろうことはわかる。
わかるけど……?
「生"ま"れ"て"き"て"く"れ"て"あ"り"か"と"う"〜!」
感極まって泣いてる姿は、なんというか。
ものすごく残念だ。残念すぎる。
けど、なんかいい。
それだけ打ち込める何かがあるってことだし。
もしかして、ボク達のファンの方かな、と一瞬思ったけど、この声には聞き覚えがある。
フィーナ・アストライア。
少し前に入ってきたボク達の後輩、そして今回のライブでのリポートをお願いしたVtuberの人だ。
声からして、多分間違いないと思う。
その人がここで泣いているってことは、さっきのリハーサルでこうなったってこと? ん? どういうこと?
ちょっと意味がわからない。
少し影から眺めてみるけど、延々と泣いている。余韻に浸ってるのか、涙が引っ込みそうだなぁって気配を感じた後、また思い出したように泣いている。
そんな泣いたら、体の水分カラカラになってしまいそう。大丈夫かな?
話しかけてみようかな?
いや、いやいや。
それは迷惑かもしれないし、ボクがどうかなっちゃいそうだよ。やめとこう!
でも、声かけなかったら、ずっとこのままなのでは?
いやいや、そんなわけないよ。
すぐに収まるに決まってるよ。うん、そうに違いない。人間、そんなに泣けるわけじゃないよ。
もうちょっと様子を見よう。
「……ぐすっ、うぇっ……」
えづいてない!?
大丈夫ですか!?
「……ダメだ〜、止まらない〜!」
あ、涙を抑えようとしてたのかな? でも溢れ出す涙を止める術はなかったと。
「……よかったよぉ、ライブすごくよかったよぉ〜」
あ、ボク達のライブしっかり見てくれてるんだ。ちょっと嬉しい。しかも、あれだけ泣いてくれたんだから、これは成功間違いなしなのでは?
すみません、調子乗りました。
でも、フィーナさんがあれだけ泣いてくれるなんて、意外だった。というより、泣いてる姿が想像つかなかったけど、嬉し泣きであんなに泣けるものなんだ。
……ほんとに延々と泣いてそう。止まる気配がすぐに無くなっちゃうから、早めに声かけないと。
うん。
ずんずんとフィーナさんに向かっている。
不思議と、足がすくむことはなかった。
ボク達のことをこれだけ泣いて応援してくれているからかもしれない。
ファンの人達と接する時と似たような心境なのかな?
ボクにとっては、かなり勇気のいる行動だったはずなのに、自分でも意外なほどに足は軽かった。
「…………あの……」
やった、声かけられた!
その後少しだけ声を出して、常備していたハンカチを手渡して、すぐに離脱した。
長時間話して、ボロが出ちゃうのは良くないし、困惑してたし。
なんで困惑してたんだろ?
……?
……あ、ボク自己紹介してない。
……あれ、失敗した?
「……大丈夫…………インタビューで……顔合わせるし……うん」
自己防衛もバッチリキメて、優勝していく。
その後インタビューの際に、フィーナさんからの視線がすごく痛かったのは内緒にしておく。『なんでもない』と取り繕うにしても、かなり慌てていたし。
本当にごめんなさいの気持ちでいっぱいだ。
そんな懺悔の気持ちで、ボク──フレイア・ナイトメアはこっそり手を合わせたのだった。




