第39話 思いもしなかったから/今だけは、おやすみ
前半は朝雲鈴音、後半は望月かなた視点です。
敷布団の中でぬくぬくと横になっている。
寝るためと電気を消してから、半刻くらいは経っている、気がします。
そのくらいの時間が経っても、まだ寝ることができないのは、上手く寝付けなかったせいでしょうか。
隣で寝ているであろうかなたさんに声をかけてみる。
「……寝てます?」
「うん、寝てるよ!」
「寝てないですよね……」
そんな元気良く返事をされても。起きてる人しか返事はできないんですよね。
かなたさんの方を向いてムッとすると、たははーっと笑っている。
「いやぁ、なんか寝れなくってさ。普段はすぐ寝れちゃうんだけどね」
「そうですか」
家が変わると眠れないタイプの人なのだろうか? そんな繊細なタイプだとは思わなかったけれど。
そんな現実との擦り合わせをしていると、かなたさんが真面目なトーンで尋ねてくる。
「……ねぇ、ベルさんってさ、なんで私を家に誘ってくれたの?」
「なんでって……」
「前はスタジオだったじゃん? そりゃ、『イニちゃんの配信』でベルさんの監視がないと怖かったのは事実だけど、お家に誘ってくれるとは思わなかったから……あ、私は嬉しかったけどね?」
「それは……そうですね」
不思議と、スタジオという選択肢は頭から落ちていた。
「どうして……でしょうかね」
「うん?」
あまり明瞭な解答はできそうになかった。
それは自分の中でも答えが出ていなかったからだ。
もやもやと霞のように形もないそれを、上手く言葉にできる気がしなかった。
ただ、同期として。同じVtuberとして。
あるいは、私の物語の一助になってくれたお礼として。
「……そうするのが自然だと思えたんです」
「……そっか」
言葉足らずだったかもしれない。
けれど、その言葉が妙にしっくりきていて。
そうするべきだと思った。
それが必要なことだと思えた。
──停滞した物語を進めたいんです。
──先輩の物語と、私の物語を、
──終わらせたいんです!
面接の時に、私が『しなぷす』の社員に言った言葉。
それが、私の願いそのもので。
コンテンツはいつか終わるもの。
ストーリーは完結するもの。
生命は潰えるもの。
だから私は──自らの終わりを選びたい。
そう決意を固めていた。
物語を進ませて、進んで、進み終えて。
そしていつか遠い過去として私は消える。
それでいい。
それがいいのに。
それが始祖に描いた、私のビジョンなのに。
どうして、でしょうか。
こんなにも居心地がいいなんて。
思いもしなかったから。
* * *
「……ぃ…………ぁ」
「んぁ……」
なにか物音で私──望月かなたは目が覚めた。寝ぼけ眼をこすって、眠気を払う。
「……んにゅ……なんだぁ……?」
私はなんで目を覚ましたんだろう?
「……い……なぁ」
これは、ベルさんの声だ。
寝言、かな? これで起きてしまったのだろう。
声に耳を澄ませてみると、さらに鮮明に声が聞こえる。
「……いや……だなぁ」
ん!? え!?
何が嫌なのかな? 私と過ごす空間が、とか言われたら、立ち直れないんだけど!
もう少し聞き耳を立ててみる。
「やめたく……ないなぁ……」
「……ベルさん」
ベルさんの閉じた瞳から、雫が一筋。そのせいか、表情も苦しそうに見えてしまって。
やめたくない。
その言葉の真意は、掴めない。
距離を詰めにくい子だとは思っていた。
けど、もしかしたら距離を詰められないように振る舞っていたのかもしれない。仲良くならないようにしていたのかもしれない。
いつライバーをやめてもいいように。
関係性をすっぱり断ち切れるように。
けど、今、揺れてくれているのだろうか?
そんな気がしてならない。
それだったら嬉しいんだけど。
ま、これは私が勝手に推測しただけなんだけどね!
けど、私は仲良くしたい。
自己満足だけど、それでもベルさんと仲良くなりたいのだ。同期として仲間意識がすごくあるからなのか、同じ仕事をする達成感を共有しているからなのか。
そこらへんは定かじゃないけど、この気持ちは偽物じゃなくて本物だ。本物と呼べるもののはずだ。
だから、私は手を伸ばす。
こっそりとベルさんのお布団に入り、人差し指で涙を拭う。……ベルさんには涙は似合わないからね!
そして、ぎゅっと抱擁する。
「えへへ……少しは悪夢が覚めますように」
心なしか、呼吸が穏やかになったような気がする。スースーと私の胸の中で眠るベルさんの表情は、穏やかに見える。
やっぱり胸でみんな落ち着くんや。人間みんな好きだからね! しかたないね! 万乳引力あるからね!
なんてね。
「今だけは、ゆっくりおやすみ。ベルさん」
起きた時、ベルさんはどんな反応をするかな?
それが楽しみで、私はふふふと笑った。
今日は泣いたって、明日笑えばいい。
今だけは、おやすみって言いたいから。
夜はまだ更けない。それでいい。
もう少しだけ、ベルさんに安息を。
月の光が、微かに差し込んでいる。
この光が、ベルさんを導いてくれますようにと願いつつ、私も微睡の中に落ちていった。
ベルさん編は一旦おしまいです。




