第35話 イニ、こんにちは【べるの配信/しなぷす】
今回はイニちゃんの配信です。
配信でベルやフィーナが、名前だけ出してたキャラです。
第三者視点です。
ベル・イエリス
@bell_ieris
【緊急告知】
イニです。
配信、やるよ。
↓↓↓
『イニ、こんにちは【べるの配信/しなぷす】』
* * *
『なにこれ』
『ベルさん?』
『べるってひらがなになってるw』
『え、なに?』
『イニ?』
『どゆこと?』
『こんべる』
『誰?』
コメントが様々に流れては消えていく。
その中身は似たようなものだ。
ベルさんの配信枠で、違うキャラが立っていたらそれも当然かもしれない。
配信の立ち絵として、表示されているのは、今まで見たことのないキャラクターだ。
「……ども。イニ、よろしく」
第一声は、とても静かに。しかし、芯のある声で発せられた。
『どちら様……?』
『イニちゃんってあの噂の?』
『初配信の時の?』
『この立ち絵は一体……?』
今、配信に表示されているキャラ──イニは、フィーナとベルに縁のあるキャラクターという話は、リスナーの間で広まっているようだ。
見た目は、とてもフィーナに近しいように見える。しかし、雰囲気自体が彼女のものとは異なっている。鮮血を浴びた黒のような髪色に暗闇で輝くであろう黄色の瞳が、フィーナとは異なる気配を漂わせている。
まるで、フィーナという存在を暗黒に反転させたかのような姿だと、誰かは言った。
「噂?」
『ベルとフィーナがちょくちょく名前出してたよ』
『フィーナの声?』
『でも声のトーンちゃうし、話し方も違うやん?』
コメント欄が騒つくのを止めることは難しいと、イニはリスナーに言葉を投げかける。
「ふーん、そう。何か質問あったら聞くよ」
その一言で、コメントの従者達が、質問をたくさん投げてくる。
『何者ですか!』
『女の子ですか?』
『女の子に決まってんだろ、見てわかんねぇのか?』
『この世には男の娘というジャンルがあってだね……』
「女……かどうかは知らない。性別ないし」
『ないんですか!?』
『ふむ』
『性別ないってどゆこと?』
リスナーからすれば当然の質問ではあって。キャラクターには性別がついて回るもの。たまに新たな第3の性別を名乗るキャラも現れたりするが、それはごく稀な話で、通常は男性か女性のどちらかにシフトするものだ。
しかし彼女は、もしくは彼は、そうではないのだとリスナーに示す。
その根拠と共に。
「イニは精霊だから。闇の精霊」
『精霊さんです!?』
『それってフィーナの?』
『闇っていいね』
『ベルはどこにいったんだ』
「べる? あの人、今貴族のお勉強中だけど」
少し首を傾げて、イニは告げる。
『貴族のお勉強ww』
『呼び捨てなんだw』
「いい。許されてるからイニは」
『どういう関係なのw』
『許される関係、ふむ?』
匂わせ、と呼ばれる行為がある。
キャラクター同士の繋がりを仄めかせて、リスナーにてぇてぇ成分を補給してもらうという効果があるが、今回はそうではない。
関係性を示唆するのは、イニというキャラクターに与えられた使命があるからだ。
「イニはあれだから、護衛だから」
『護衛!?』
『こんな女の子が!? あ、違った性別不詳だわ』
『ファンタジーならこの子が強くても不思議じゃない』
コメントで示されている通り、イニの出身はファンタジー世界──ベルやフィーナ、ゼクスなどと同じように異世界の住人であり、その世界観ではモンスターや魔王などの脅威も存在しているという。
それゆえに、イニが戦闘力を有しているのは当然の帰結ではあった。
「そ、フィーナから頼まれてるから。お仕事」
『あ、そこでフィーナが関係してくるの?』
『声がフィーナとクリソツなんだよなぁ』
「フィーナを真似てるから、似てるの当たり前」
『なるほど?』
『精霊ってそんなことできんの?』
『まじぃ?』
「まじ、精霊は不定形の存在だから。闇なら特に」
闇という属性は、他の作品でも曖昧に表現されることが多い。暗黒、モヤ、光と対になる属性、あるいは宇宙のダークマターを由来とする作品だってある。その存在を規定するのは難しいと言わざるを得ない。
酷く曖昧で不定形。そして不気味で形持たぬもの。そのような解釈で間違い無いのだろう。
『闇って古今東西、わけわからん存在だよなぁ』
『え、ちょっと精霊講座してよ』
「講座? ……めんどくさい」
リスナーからの質問に、ため息を1つ。
クールな彼女らしい言動ではあるが、それは配信者としてどうなのか。そういう問題もある。
が、概ね悪意的なコメントは見当たらなかった。心の広い人ばかりだ。
『めんどいてww』
『教えてよその仕組みをw』
『おいグールいんぞ』
少し、遊びが過ぎるのは玉に瑕だが。
コメント欄のわちゃわちゃをスルーして、イニは精霊について、少しだけ触れることを決める。
「……精霊が自然そのものだって話は誰かしてた?」
『フィーナがそんなような話をしてた気がする』
「そ、じゃあいいか。少し話す」
講座の入り口が説明されているなら、話しやすいと、そう考えたのか、あるいは単純に自分の存在を説明するのは気恥ずかしいのか、それはリスナーからは読み取れないが、説明をしてくれるということで、コメントは喜色に染まる。
『お、楽しみ!』
『ワクワク!』
ふぅと息を吐いてから、イニは話し始める。
「まず、フィーナ・アストライア。"アストライア"の名前を継ぐ、由緒正しい精霊師。『自然の体現者』って呼ばれ方をされる」
『え、名前に由来あんの……』
『自然の体現者ね、どこかで聞いた気がする』
『コメントで誰か言ってたんじゃなかったっけ?』
イニが話し始めたのは、フィーナ・アストライアについての掘り下げだ。フィーナが配信ではあまりキャラクター性に関わる話に言及しないのは、リスナーにも知られていることだった。
まあ、フィーナの中の人としては『設定なんて、覚えてる範囲少ないし! 間違えたこと言ったら取り返しつかないから、あんま話したくない!』というような嘆きもあるのだけど。
『自然の体現者』とは、コメント欄で単語が出たものではあったが、元々の設定としてあったものではあったので、イニはこれを利用することに決めた。さらりと触れる程度で。
「コメントで? 誰かこっちの世界の住人がいるのかもね。精霊の説明は、フィーナがしてたんだよね? ……じゃあいいか、そんな感じ」
『適当じゃんw』
『どんな話だっけ?』
「アーカイブ見ればいいんじゃない?」
『はい! みます!』
『クールな感じたまらん』
『ハスハス』
辛辣な言葉にも、リスナーは好意的、もとい変態的だった。レインがこの場にいれば、執行は免れないレベルである。
けれど、幸運なことに、あるいは不運にもレインがこの場には現れることはなかった。
「気持ち悪い。これ、べるの教育に良くないんじゃない? 闇魔法であれこれしとく?」
『お仕置きですか?』
「してほしいの? ……うわ、きも」
『ドン引いていらっしゃるんだけどw』
『これは従者としてもドン引きだよ』
『お嬢様にこんな馬の骨を近づけるわけにはいかんでしょ』
人間として当然の考えである。誰が可愛い娘に病原菌を近づけようというのか。お父さんの気持ちになって欲しい。
などとイニが従者と戯れていると、声が聞こえてくる。
──イニちゃん? どこにいます?
その声は、本来の配信主の声であり、ベル・イエリスの声であった。距離は少し離れているのか、聞こえづらくはあるが、それでも十分リスナーに届く音量であった。
『あ、ベルきた!』
『飼い主が来た』
『ベルおつかれ』
そして、ベルが来たということは、配信の終わりを意味していて。
イニは、淡々と告げる。
「時間切れ。じゃ、おしまい」
『え、急なんだけどww』
『ねぇw』
『またねイニちゃん!』
「はい、おつかれ」
終わり方も淡々としたものではあったし、イニというキャラクターが今後も配信で登場するのかは定かでは無い。
けれど、リスナーに確かにイニというキャラクターが刻まれた瞬間であった。
ベルの初配信の頃からシルエットを見せていた『イニ』というキャラクターが、今後どのようにベルのストーリー、フィーナと関わってくるのか。
それは、神のみぞ知るというところである。
配信は終了しました。
* * *
ベル・イエリス
@bell_ieris
あれ、イニちゃんが配信してましたね?
来てくれた従者の皆様、ありがとうございました。
イニちゃんに今後も出て欲しいと伝えたら『いや』と言われました。お疲れ様でした。
#イニの勉強会 #ベルの勉強会
次回は、イニの配信について話すベルとフィーナです。




