第29話 懐かしい声
10万字超えてました。
ここまで続けられるとは自分でも思っていなかったので、驚いています。これも読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。
では、本編どうぞ。
今回は伊勢京の視点です。
──ウチのはじめての音は、あの時に。
* * *
「あ、伊勢さん。お姉ちゃん、寝ちゃいました?」
「ぐっすりやね。寝つきがええんやろうね」
フィーナ──望月かなたの家に連行され、こうして泊まることになってしまった。
ウチとしては迷惑をかけてはならんという気持ちの方が強かったんやけど、この姉妹はそんな事情などお構いなしと言わんばかりに、強引にウチを泊らせることにしたのだった。
晩飯を食べ終え、お風呂も入らせてもらい、ひとしきりゲームで遊んだ後。そのまま、かなたは眠ってしまった。今日の分の疲れが出たのかもしれない。
そんな風に思いながら、ウチはかなたを寝かしつけた後で、こうしてリビングまで足を運んでいた。
リビングには、まだ起きているかなたの妹──しずくがまったりとココアを飲んで過ごしていた。
「うーん、どうですかね? どこでも寝れるようになったとは聞きましたけど」
「それはそれで問題あるんちゃうかなぁ」
姉が寝たと聞いて、あっけらかんと言うしずくの様子から、普段のかなたの様子が透けて見えるようだった。たぶん、家ではあのモードがデフォなのやと、そう推測する。
「伊勢さんは、まだ寝ないんです?」
「目が冴えててな。もうちょっとしたら眠気もくるやろうし、のんびり待っとくわ」
「それがいいですね。あ、コーヒーいります?」
「余計寝れんくなるやん」
眠れないといった人間に、コーヒーという余計寝れない飲料を渡そうとは、お茶目がすぎる。
ウチのツッコミに、しずくはクスクスと笑みをこぼす。
「ですね。……じゃあ、ホットココアいれますね」
「しずくも大概強引やなぁ。でもありがたくもらっとくわ」
「いえいえ、好きですもんね。ホットココア」
「…………」
知られていることの驚きは、案外少なかった。
配信でも話したことある上に、ありふれた飲み物でもあるし、苦くもないから万人受けするものでもあろうから。甘いもの嫌いな人には受け入れられへんけど。少なくともウチは甘いものが嫌いではないので、ウェルカムやけども。
この子がウチのことを知っているのは、きっと当たり前なのだ。
それを確信できたのは、ほんの少しばかりの面影が感じられたからではあって。
でも踏み込んで話すことは、多分ウチからはしないけど。
気恥ずかしくて、とてもウチからはその話題を出せそうにない。
なんて自己保身真っ直ぐやけど。
「……服のサイズ合ってるみたいでよかったです」
そんなウチの心情を感じ取ったのか、しずくは話題を転換してくれる。
服、と聞いて、ウチは今着ているパジャマをつまんで言う。
「あ、これか。貸してくれてありがとうな。急なお泊まりやから、なんも用意してへんかったんよ」
「ですよね……私も強引だったかなぁと反省しきりです」
「ほんまにな。姉妹揃って強引やったわ」
くすくすと、どちらからともなく笑い声。
この姉妹、案外似たもの同士だ。
ちょっと抜けた所のある姉に、しっかり者の妹。
最初はそんな印象であったけど、今は少し違う印象を受ける。
根っこの部分で似たような性質を感じ取ってしまうのは、ウチの勘違いかもしれないけど。
「なんでしょうね。私は置いといても、お姉ちゃんはお姉ちゃんなりに何かしたかったのかなーと思ってるんですけど」
「……別にウチは悩みとかないで?」
かなたがウチを強引に泊めようとした理由なんて、『かなたが楽しいから』ってことぐらいしか思い浮かばないのは、考えが足りなすぎるかもしれへん。反省しとこ。
「あ、悩みを解消しようとか、そんなことは考えてないと思いますよ。ただ……えと、お姉ちゃんと話して、見つかりました?」
見つかったか。
その問いかけに、ぎくりとする。
非常に難しい問いかけで、答え難い問いかけであった。
そもそも、ウチがどうしてかなたに声をかけたかって言う話やけど。
実を言うと、アニメも見ていて内容も知っている物語をわざわざ案内してもらわんでも、本屋ぐらいなら自分で行けるし、買うことも容易やった。
けれど、そこで敢えてかなたを誘ったのは、ウチが遊びたいってこともあったけど、もう1つ大事なことがあった。
「見つかったかっちゅーと、まぁそうやね。『天然』ってのが、どういうもんかは分かったつもり」
「天然、ですか?」
しずくが小首を傾げる。
そう、『天然』。それが知りたかったのだ。
ウチが今回オファーを受けて、先輩とコラボすることになった『三月さんは天然すぎる!』のオープニングは、そのタイトルや内容とリンクする部分が多い。
天然な三月さんが歌う、伸びやかで暖かい、ぽわぽわするような春の陽気のような曲。
この雰囲気、空気感をウチは持ち合わせていなかった。
持っているのは、ウチの同期。
表現するのに適した人材は、フィーナやな!
なんて、楽観的に考えていたのだった。
けど、実際に会って話して、少し差異を感じてしまった。
「フィーナの、いや、かなたのは天然とちょっと違うかもしれんけど、どういう振る舞いが天然っぽいかは学ばせてもらったからな」
デ、デートをして、かなたは意外と理知的に物事を考えるタイプなのだろうということが、朧げながら見えてきたのだ。
あんな言動をしながら、場の空気を読んだり、相手のことを気遣ったりしているし、猪突猛進タイプではなかったということだ。獣の呼吸は使われずに済みそうや。
ただ、時々ぶっ飛んでいるのは、本来の性質なのかもしれへんけどな! 子供っぽい所とかな!
「そういうことですか。お姉ちゃんは、あぁ見えて考えて振る舞ってる節がありますからね」
「そうよなぁ、なんか大人の余裕を感じる時とか、気遣われてるなって思う時もあるしな」
ムードメイカーというのが、ぴったりなのだろうと思う。
場の雰囲気を整える方法として、あぁやって元気よく明るくやっているんやないかなぁ、と思いつつ。でもあれ絶対素なんよな。
演じている、とはちょっと違う感じがある。
元来、あぁいう性質なんやろか?
考察を頭に張り巡らせていると、しずくはポツリと呟く。
「……同期の方の中でも1番歳上ですよね。お姉ちゃんって」
「あーどうやろ、ベルは確かにウチと同い年くらいやし。でもかなたって年齢不祥すぎるんよな。見た目と行動とじゃ、全然わからへん」
「それはあるかもですね、美人ですし、お姉ちゃんは」
かなたが美人であることに、間違いはない。10人いれば10人振り向く美女、その認識で間違いないと思う。ウチの個人的観点からするとやけど。
それを含めて、トータルで考えても年齢が非常に読み難いのだ。さっぱり分からない。
それは、この妹にも当てはまることではある。
「あれよな、かなたが美人なら、しずくは美少女って感じよな」
「んなっ、そんなことは、ないと思いますけど……」
「や、そうやろ。美人姉妹で羨ましいわ。肌も綺麗やし、羨ましいわぁ」
少し照れて頬を紅くするしずくの姿は、社会に出た大人とは思えないほど可憐である。思わず守ってあげたくなる魅力がある。
今、しずくが着ている熊さんパーカーも合わせて、トニカクカワイイという気持ちしか湧かない。
肌がぷるぷるで、つい触りたくなる。化粧品何使ってんねやろ。後で聞いてみよ。
そんなことを考えていると、しずくが反撃とばかりにずびしっ! とウチを指さす。
「そんなこと言っても、伊勢さんだって可愛いじゃないですか! お姉ちゃんも事あるごとに言ってますよ。『京ちゃんがね、めっちゃかっこいいし、女の子らしくて可愛くてね』って」
「それ、矛盾してへん?」
「かっこいいと可愛いは同居できるんですってよ。お姉ちゃんが言うには、ですけど。私もそう思います」
「なる、ほど?」
「微妙に納得されてないのが不服ですね……」
ぷくーっと頬を膨らませて、しずくは納得いかないことを表現してくる。
こういった仕草もとても可愛らしくて、子供っぽさが垣間見えるのが、ちょっとおもしろい。
──お姉さん、歌わないんですか?
懐かしい声と姿に重なる。
ウチがVtuberになる前の、鳴かず飛ばずだった時代のこと。歌だけでいいんだと、そう思ってがむしゃらに歌っていたあの頃のこと。
そして、ファンになってくれた女の子のことを、ウチは回想していた。




