第1話 望月かなたの日常と4期生募集
望月かなた。それが私の本名だ。
私は動画を見終えると、額に手を当て、空を仰いだ。
「はぁ……なんてことだ……」
そんな私の放心状態をめざとく見つけたのは、我が愛しの妹ちゃん──望月しずくであった。
「お姉ちゃん、どうしたの? 頭おかしくなったの? 休みすぎで」
「言い方っ! お仕事はもう辞めたんです〜!」
尖った言葉を使いおる……我が妹ながらおそろしい。
そう、私は絶賛無職中です! やったね!
「人生の生き甲斐は、働くことと言いますからなぁ」
「やめて、お姉ちゃんに現実を見せないで。この怠惰な日々を謳歌したいんだよ……」
あんなに社会に出るのが大変だなんて思いもしなかったからね……それでも3年も続いただけ良しとしておくれよ。およよ。
そんな心の声が聞こえたのか、しずくは話題を元に戻してくれる。
「で、何かあったの?」
「聞いておくれよ! 翠様がね──」
「わかった、聞かなきゃよかった」
「おぉい!」
掌返しが早いヨォ! ここからなのに!
翠様──斜向翠は、今をときめくVtuberの1人だ。
大手Vtuber事務所『しなぷす』の1期生にして、現在までに登録者数100万を突破する売れっ子Vtuberだ。
『しなぷす』には、他にも多数のVtuberが所属しているが、その中でも特に私の一推しが斜向翠様その人であった。
何せ声がいいからね!
中性的な声、男の人のようにも女の人のようにも聴こえる甘く優しい声。心の臓に染み渡るとろけるようなウィスパーボイスは多数の女性を妊娠? させたことでも有名……!
見た目も当然素晴らしい。
髪色は名を体現するような艶やかな翠色、瞳の奥には無邪気さを感じ、ニコッと微笑んだときのキバもとても良い!
キバ……キバがあるのである。
斜向翠様の初配信からこのキバが特徴的で、しかしながらこのことについて長らく触れられることがなかった。
なぜか、それはわからなかった。
一説によれば、設定を詰めれていないんじゃないか、翠様の担当した絵師が勝手に描き足してしまったんじゃないかなど。憶測が憶測を呼ぶ事態が起こり、『しなぷす』考察班が捗ったという。
しかし、今回のストーリー仕立ての動画によって、その全貌が明かされたのであった!
「ま、まさか……翠様がヴァンパイヤの血を受け継いでいただなんて……」
初配信から追っかけている私ですら、思いもよらなかった。
斜向翠。
彼はどこにでもいる普通の人間であった。
ある日、夜遅くに悪い友達と徘徊をしていた際に、ある怪物に遭遇する。
それがヴァンパイヤ。
闇夜に暗躍する、人間の血を啜る化け物である。
怪物は、翠に交渉を持ちかける。
──友達を助けたければ、我が血を受けよ。さすればお前の友達は無事に帰してやろう。
──血を、受ける?
──左様。受け入れれば、苦痛が待ち受ける。数々の困難、悲鳴、絶望。それらがお前を襲うだろう。
──……もし、受けなかったら?
──その時は仲良く死ぬだけだ。さあ。
選べと。
闇夜の怪物は、翠に選択を与えた。
仲間思いの翠は、これを受け入れた。
血を受け入れる時の苦痛、それは想像を絶していた。
悲鳴を上げ続け、ようやく痛みが治まったのを確かめた翠に待っていたのは……
「長い長い戦いの始まりだったのだ……」
「……私、教えて欲しいなんて言ってないんだけど?」
「えー聞いてくれたっていいじゃない!」
そうだそうだー!
教えて欲しいって、私の耳は聴いてました!(幻聴)
しずくは、私と違ってこういったコンテンツには興味がなさそうに見える。
私は根っからのオタク気質なので、アニメからVtuberまで、そういったものは大好物なのである。
「そんなんだから、恋人の1人や2人いないんだよ」
「1人はともかく2人もいたら困るよね!?」
これでも人並みに恋はしたのだ。
誰かと付き合ったこともあるし、それなりに仲睦まじく『カップル』できていたはずだ。
でも、これじゃない。
私が求めていたのは、これではない。
そんなモヤモヤがずっと心のどこかにあった。
そんな折、出会ったのがVtuberだった。
そこには、私の求める世界があった。
ふわふわしていて可愛らしい『魔法少女』も。
キザったらしくて笑える『金持ちイケメン』も。
歌声が神がかっていて拝んでしまいそうになる『天使』も。
怒涛のマシンガントークで民を阿鼻叫喚に誘う『生徒会長』も。
あり得そうで、想像できない組み合わせから生まれる独創性。
それがたまらなく私の急所に突き刺さった。
鳩胸にハートブレイクさ!
そしてどっぷりその沼に浸かっているどうも私です。
きっとこのまま追いかける日々が続くのだとそう思っていた。
けど、その日、あの募集ページを開いてしまったのだ。
翠様の余韻に浸りながら、『しなぷす』公式ホームページを、なんの気無しに覗いてみた。
「ん、なにこれ……? 4期生募集……?」
1期、2期、3期と重ねていよいよ4期目。
さらなるキャラクターの出現に胸躍らせる時期が来たようだね?
なんて、思いつつ募集の要項をチラ見。
相変わらず年齢の幅が広い。さらに面接用のビデオを送りつけることで審査し、書類選考なども行い、その後面接、ですか。
あ、私でもできそうだな。
受かるわけないしな。
記念に送ってみようかな。
なんて。
そう思った私は、どんな動画を送るのか考えることにしたのだった。