5
その日私は、何年かぶりにあの砂浜を歩いていた。
日射しが頭上に照り付けている。裸足で踏む砂が暖かい。
何故今日、帰郷してからずっと避けていたここに来ようと思ったのかは、正直自分でもわからない。ただ、今日は学校の仕事でうまくいかないことがあって、気づいたらここに足を運んでいた。
一際大きい波が押し寄せて、海水が私の足をくすぐる。海はどこまでも青くて、穏やかさと、自然の神秘と、ほんの少しだけの危険を孕んで私の目に映った。久しぶりの海に、心が凪ぐ。
それでも、進むにつれ私の足はだんだんと重くなっていった。
彼との時間は、年月を経て、私の中ではもう美しい思い出になっているものだとばかり思っていた。もうすでに、遠いものだと。でも、どうやらそうでもなかったらしい。
別れ際の彼の歪んだ顔は今でも昨日のことのように思い出せるし、声だって、笑い方だって、あの灰色の髪も海色の瞳だって、私にはまだ現在のことだった。過去になんてなっていやしなかった。
それに気づいてしまうと、現実を突きつけられるのが、一層怖くなった。
しかし、私の足が止まることはなかった。一歩一歩、砂を踏んで、歩いて行く。
彼のいないあの場所を見れば、私は諦められるんだろうか。忘れたい。でも忘れたくなかった。
潮風が吹いた。
いつもの、砂に横たわる流木がだんだん見えてくる。
そこに、見知った、それでいてとても懐かしい人影を認めて、
ーー私は、走り出した。
嘘だ。嘘だ。
どうして、どうして彼がいるのだ。
喉が詰まる。視界が霞む。
嘘だ。そんな、わけはない。
目の前に立った私を見て、彼はひどく驚き狼狽しているようだった。
澄んだ、海色の瞳が驚きに見開かれる。私の好きな灰色の髪が、潮風に靡く。
歓喜。困惑。動揺。思慕。そして歓喜。
自分が考えていることさえよくわからない。
ああ、エドだ。どうして、どうして私には彼が見える。
唐突に、理解した。
もしかして、いやきっと、私は。
大人に、なれなかったらしい。
その瞬間に湧き上がったのは、泣きたいような、喜びだった。
前はずっと、早く大人になりたいなんて思っていたのに。私は自分が思うよりも都合の良い性格をしていたらしい。
だめだ、泣きそうだ。いい歳をして泣くだなんて。
ああ、でも、彼が見えるということは、私は、まだ子供なのか。
それなら、子供なら、少しくらい泣いても…。
そう思った途端、いろんなものが一気に溢れ出す。
「エ、ド…」
涙に濡れた、なんともみっともない声が出た。喉を鳴らして息を吸って、口を、開く。
「エド、あなたのせいだわ!!」
出てきたのは、そんな言葉。酷くかすれた声。
彼の瞳が、驚きに揺れる。その唇が、音もなく私の名前を紡いだ。
「あなたのせいで、あなたのせいで…!」
自分が何を言っているのか、もうわからない。
でも、あなたのせいで、私、
「あなたのせいで、私、大人になれなかったわ。」
泣きながら、笑った。笑いながら、泣いて、いつのまにか私はエドに抱き締められていた。
私を抱く肩が、震えていた。
あれからずいぶん経ったけど、未だに私にはエドが見えている。
どうやら私はまだまだ大人になりきれていないらしい。私のどこが子供だというのか、さっぱりではあるが。エドに聞いても、不思議そうに首を傾げていた。
でも、大人になれないっていうのもまあ、今の私にとっては、悪くない。
ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました。
ものを書き始めたばかりでとても拙い文章だったとは思いますが、何か気づいたことやアドバイス等あれば寄せていただけるとすごく嬉しいです。