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いつものように、裸足で砂浜を歩いていた。潮騒が耳に心地よい。足の先が砂に埋まるくすぐったい感触に思わず笑みをこぼしながら、どこまでもまっさらな砂のキャンバスに小さな足跡をつけていく。
最近覚えたお気に入りの歌を歌いながらしばらく歩くと、砂浜の中、ポツンと横たわっている巨大な流木が見えてくる。
そこに見知った人影が腰掛けているのを認めるや否や、私は走り出した。
向こうも私に気がついたようで、小さく手を振ってくれている。
「また来たの?」
流木の横で膝に手をつき、走ったせいで荒れた息を整える私を見ながら、私と同じ年くらいの男の子がいたずらっぽく聞く。
「またってなにさ。あなただって私に会いたかったくせに。」
また、という言葉に少々ムッとしたものの、大人な私はすぐにそれをおさえて冗談めかして答えた。
白い膝丈のワンピースがシワにならないように注意しながら彼の隣、流木に腰掛ける。
潮風になびく灰色の髪と、澄んだ海のように青い彼の瞳を眺めていると彼がおもむろに口を開いた。
「会いたかった、というには少し語弊があると思うんだ。君は言わば、僕にとっての日常だ。だからもちろん会わなかったら寂しいけど、会いたいというにはちょっと違う気がする。」
その話、まだ続いてたのかと思うと同時に、またこれだ、とため息をついた。彼はなんというのだろうか、そう、少しばかり理屈っぽいのだ。ただ、彼の言葉がいつでも、ひとつひとつ彼によって丁寧に考えられた上で紡がれていることを私はなんとなくわかっていたので、私は彼の言葉を聞くのが好きだった。
冗談の通じなさには時々辟易するものの。あと、彼はなかなか素直じゃない。
横を見ると、先程の言葉に返事を返さなかった私を気にするでもなく、彼は海を見つめていた。
私も、寄せては引く波に視線を移した。静かで、長閑な時間が過ぎる。潮騒に耳を澄ますと、海の声が聞こえる気がした。
ーー私と彼がここで初めて会ったのは、一年ほど前のことだった。
その日は、珍しく一人で砂浜を歩いていた。たしか、学校で嫌なことでもあったのだったろうか。よくは覚えていないけれど、私は少々沈んだ気持ちで自分の足が砂を噛むのを感じながら歩いていた。
そして、打ち捨てられたように砂浜に横たわる巨大な流木に座っている、私と同じ年くらいの男の子を見つけたのだ。
村の子ではないと思った。こう、雰囲気が村の子とは全然違う気がしたのだ。自分で自分が内向的な性格だという自覚のある私だが、その日はなにを思ったか、自分からその子に声をかけた。
「こんにちは。隣、座っても?」
そして、こちらを見た彼の顔を見て、軽く、いやかなりの衝撃を受けた。
潮風にさらさらとなびく灰色の髪。澄んだ、それでいて深い海の色をした瞳。白い肌。とんでもなく整った顔立ち。彼は女の子である私なんかよりも断然綺麗な見た目をしていた。その造形美に感嘆するとともに、はじめのうちは、あまりの綺麗さに胡散臭ささえ感じていたものだ。
「どうぞ、座って。といっても、僕だって誰かの許可をもらってここに座っているわけでもないんだから、僕がこう言うのも、ちょっとおかしい気がするけど。」
少しの間身惚れていたところから、彼の言葉で我に帰る。
そして思う。なんと言えばいいのだろうか。この子。
とても、理屈っぽいなあ。
大体3〜5話くらいで終わる予定です。