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兄と父(2)

「貴人様、お水です」

「あぁ…ありがとう」


グイっと水を飲み干す。


「酔ってもあんまりお顔に出ないのですね」


今は朽木家の客間に貴人と二人きりだ。

あの後、貴人は機嫌の良い父にしばらく絡まれていた。

華は粗相があってはならないと貴人を奪還すべく何回か試みたが、上手いこと父にかわされてしまっていた。

耳をすませば、政治の話からお酒の話、華も聞いたことのない父の趣味の話など次から次に父が話しかけ、貴人が相槌をうつ。

時には笑い声も聞こえて二人ともとても楽しそうにしていた。

そうこうしている内に時間はあっと言う間に過ぎ、遅くなってしまった貴人を今度は朽木家に泊めることとなったという訳だ。


「そうだな。まぁ酔いを隠すには絶好だなんだが、今日は飲み過ぎた。普段は酔うこともないんだが、君の父君は…なかなかに強いな」


話が弾み、ついつい飲んでしまったらしい。


「父が無理に進めたのではないですか?機会を伺っていたのですが、かわされてしまって。兄も早々に退散してしまいましたし」


兄の健はやはり面白くなかったのか、また自分に話をふられては堪らないとばかりにご飯を終えるといなくなってしまった。


「いや、こちらも楽しかったよ。純粋に飲めたのは久々だった。心配をかけてすまないな」


随分と酔っているのか、ふうっと息をはき、緩慢な動きでネクタイを緩める。


「はは、これでは、この前の君と同じだな」


貴人が楽しそうに笑う。


「もう!でも、私とは違いますわ。ちゃんと会話してらっしゃいますもの」


「君も会話はしてたぞ」


「そうかもしれませんが…って、この話は恥ずかしいのでお終いです!忘れてくださいませ!」


「ははっ、すまない。そうだったな」

「だが、あの時の君も可愛いらしかった。そんなに忘れなくても良いと思うぞ」


「ええっ…か、かわ…」


貴人も酔うと饒舌らしい。

いつも言い慣れてるか知らないが、華は免疫がないのですぐ反応してしまう。


その上、先程ネクタイを緩めた首あたりから、鎖骨が見え、角ばった骨に滑らかな肌がとても色っぽい。


華はばっと貴人を仰ぎ見たが、直視出来ずにまたすぐ顔を背けた。


そんな事を考えてるだろうとは露知らずに、貴人が続ける。


「だが、本当に君の父君は、博識というか…よく物事を見てらっしゃる。自慢の父君だな」


「あ、ありがとうございます。父もきっと喜びますわ」


「こちらこそ学ぶことが沢山あった。君や…お兄さんがこう優秀に育ったのもうなづける」


「私はそれほど…あ!そういえば、兄は職場であまりよくない噂がありますの?」


もしそうだったら…気弱な兄なら心を痛めているのかもしれない…華は気になった。


「?ああ、そういえば、さっきも気にしていたな。知りたいのか?」


「はい。兄が隠したがっていたのはわかりました。本当は聞いていけないのかもしれませんが…兄は昔から言えないところがありますから知っておきたいのです」


「そんな隠すことでもないと思うが…さっきも言ったがな、軍に友人がいて、そいつからの又聞きだ。本当に朽木君はよく仕事が出来る奴だと聞いている。その上、容姿も良い」


「はあ」


「しかし女が寄っていっても、振り向きもせず、優しく用件だけを聞くらしい。仕事の用件しか受け付けてもらえないらしいから、そこで付けられたのが、冷笑の君という名だそうだ」


「まぁ大方女の方が、相手にしてもらえないってんで、面白おかしく付けたのが、広まったんだろうよ」


「冷笑の君…なんだか大層な名前ですわね」

「お兄様はそれを気にしてらっしゃるのかしら…?」


最後の一言は独り言のように呟いたが、貴人にも届いたらしい。


「大丈夫だろう。気にする性格には見えなかったぞ。というか、家と軍では全くもって印象が違う…」

「しかも以前から言われているから、気にしていたらもうすでに何か影響が出ているだろう」


「…そう…ですけれど」


何をそんなに隠したがっていたのか。

冷たい人だということ?女の人からちやほやされてる…のは、意外だったが、聞いている限りではそんな必死に隠すことでもないように思われる。

家では華の心配ばかりしているから、てっきりそういうことには疎いとばかり思い込んでいた。

(印象が違うから、隠したかったのかしら…?)


どちらにしろ、もう小さい頃の気弱で華の後ろをついてくる兄ではないのだと、何かを手伝う必要なんてないということが華はわかったのだった。


「あ、貴人様、すみません。お疲れのところ、随分と話し込んでしまいました。替えの浴衣はこちらに置いてあります。どうぞこのままお休みになってくださいね」

「私の部屋は、突き当たりを右の部屋ですので、何かありましたら声をかけてください」


「ああ、ありがとう」


つい長居をしてしまった。

貴人は会話上手なのかもしれない。

話が弾んで、もっともっとと話したくなってしまうのは父だけではなかったようだ。


(貴人様といると…)

(いると何!?)


変な考えが起こりそうになり、ふるふると雑念を追い払う。


そうして、会釈をして襖に手をかけた。


ーその時



「…………華」


急に貴人が呼びとめた。


「!」


「…いや何でもない、……いつも世話をかけるな」


「い、いえ、お気になさらず、おおおやすみなさいませ」


華は声が裏返ってしまうのを必死に隠した。

頬が真っ赤なりんごのようになっていたが、多分暗かったからバレていないはずーあくまで平静を保って襖をそそくさと閉めたのだった。


---


襖を閉じた反対側で華は軽くパニックになっていた。


(あ、あの人今名前で呼んだわよね?は、はなって言った!)

(どういうつもりなの!?)


心臓のどきどきはしばらく収まることはなかった。


---



(ーー華、か)


一方、貴人も戸惑っていた。

華が出て行こうとする後ろ姿を見たとき、つい呼び止めてしまった。


(呼んでどうするつもりだった…?)


情がうつると何事もやっかいだ。

だから、名前は呼ばない、必要以上に親しくしないそう決めていたのに。


(今日は俺も相当酔ってるな…)


ふぅと手を額に当てつつ、溜息をつく。

朽木父の話は面白く、婚約者として決まっているからなのか、変な思枠も何も感じることなく、純粋に楽しめた。

華がときおり心配そうに見ているのはわかっていたが、それすら温かくて居心地が良かった。


貴人はいつも飲んでいる場面と今日を比べて考えてみた。


普段女と飲む時は、いつも裏側には何かしらが見え隠れしているように思う。

お金や政治、地位…相手の望むものはそれぞれだ。

それか単純に容姿、上部だけ見て必死になって気に入られようとくることも多い。

まぁ、それ自体が悪いことではない。

相手もそれなりに事情があるのはわかっているし、好意であることに変わりはないだろう。

一目惚れが存在するのだから、容姿から始まることもあっていいと思う。

ただ、貴人が相手からそういう感情を感じるとたんに冷めてしまうのだ。

貴人は育った環境のせいか、人より周りの機微を感じとりやすい。


(他とは違う…か…?)


最初、頭脳明晰で容姿も良いが冷たいという専ら噂の朽木健という人物がいることは頭の片隅で知っていた。

その妹というのに単純に興味を持っただけだった。

まぁ中身はそう他の女子と変わらないだろうと踏んでいたのだが…


全然違った。

だから、新鮮に写った。


もちろん朽木家の資金難のためであるから、金目的だと言える。


しかし、華は取り入ろうともせず、貴人の容姿にも反応せず、ただそこに有っただけだったのだ。


これまでの経験から言えば、見合いでなくとも一方的に好意を寄せ、結婚する気がないと言うと大抵泣くか怒るか、の反応をする。

そしてどうしても納得する理由がいるらしく問い詰められる。

たとえ側にいるだけで良いとなったとしても、しばらくするとやはり形にこだわってくるのだ。


だが、華は、そのどれにも当てはまらなかった。興味が湧き、質問してみると、跳ねっ返りな答えが返ってきた。


面白いと思って観察してみれば、色々と考えているらしく、表情がころころと変わる。

男を知らない初心の反応が面白くて、ついからかってしまっていた。


そして…ブローチの調査も兼ねて訪ねてみれば、この有様だ。



「何をやってるんだ俺は…」


あの決意はどこに行ったんだと呆れる。

自分からちょっかいをかけておいて、まんまと陥りかけているではないか。


妻は娶らない。

西島家はこの俺で終わりで良いんだ。

もう一度、貴人は決意を新たにした。

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