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兄と父

「あの…どうしてついて来るんですか!」


華は感傷に浸る暇なく、ただ困惑していた。

というのも、貴人が同じく華の後ろをついて歩いて来ていたから。


あの後、後ろも振り返らず華は歩いていたが、すれ違う通行人がちらちらとこちらをみるので、何かがおかしいと気づいた。


最初は自分の顔や着物に何かついてるのでは?と思ったが、特に何も見当たらない。

そうしてキョロキョロしている内に、後方の貴人と目があった。


通行人は華を見ていたのではない、貴人を見ていたわけだ。


「どうしてって、君を家まで送る以外に何がある」

平然と返答される。


「もう家も近いですし、お断りしたはずですが」

「俺は了承してない」


お互いに譲らない。


「そもそもだ。家が近いのはわかるが、もう夕刻だろう。時間も遅いし、女性を送るのは当たり前だと思うんだが違うか?」

「送ると言っても、俥ならすぐだ。今のほうが時間がかかっている」


さっぱりわからないという顔をされながら、貴人に畳み掛けられる。


「うぅ…」


わかっている。

これは華のわがままだと。

他の女性と同じだと思ったらなんだかもやもやして、すぐその場を離れたくなった。

今終わりにしないと駄目な気がしたのだ。


「それは…そう…なんですけれど…」


出来れば一人で帰りたかった。


でも、もう強がっていても仕方がない。

貴人の言っていることは至極もっともだ。

まだ完全に暗くなったわけではないが、最近は不審者も出るという噂もあるから、本当は送ってもらえるのはありがたい話なのだ。


華には断るだけの理由はない。

華の負けだ。


なぜ別で帰りたくなったのか華自身よくわかっていないのだから、貴人にはなおさら説明出来なかった。


「……」


大人気ない態度をとってしまったことを反省する。


「あのっ!ごめんなさー」


華が謝りかけた時、貴人は子どもをあやすように華の頭にポンっと手を置いた。


貴人は華が意地を張ってしまってることに気づいていた。


「じゃ、帰るか」


そして、何事もなかったように歩き出した。

華もとぼとぼとついて行く。


家まであともう少し。


「そうだ、最近変わったことはなかったか?」

「変わった…こと?」


貴人との関わりが一番の変化だが、そのことを聞いているのではないだろう。


「いいえ?特には何も思いあたりませんが」

「そうか。ならいいんだ」


「不審者も出てるらしいから、気をつけろ」

「はい」


その後何か話した訳ではなかったが、貴人が華の歩調に合わせるように、ゆっくりと帰ったのだった。


---


家に着くと、玄関先で兄が待っていた。


徒歩で来てしまったので、俥を呼ぶために華が貴人を連れて来たのだ。

貴人は大通りで拾うと言ってくれたのだがー


兄は最初心配そうにしていたが、貴人を見るや態度を変化させた。


「はじめましてかな、兄の朽木健だ。いつも妹が世話なっている」

「我が家はもう夕餉の刻なんだ。婚約者殿はいつもこんな時間まで出歩いているのかな?」


いつもふらふら出歩いているのだろうと、わかりやすい嫌味だ。


「あの、お兄様、これは違ー」


華が止めに入る。

俥ならもっと早く着いたはずだし、家に寄ることもなかった。


兄にちゃんと言わなければ。


すると、貴人もさりげなく参戦した。


「これはこれは。お初にお目にかかります。ご挨拶が遅くなり申し訳ない。かの有名な冷笑の君が将来の兄とは、私も頼もしい限りです」


(将来の兄!!……ん?冷笑の君?何のこと?)


二人の間で火花が散る。


破棄とはわかっていても結婚の単語が出ると慣れていない華は反応してしまう。

しかもよくわからない単語が聞こえ、一瞬意識がそちらに向いたのだが、華は収集をつけるため間に割り入った。


「お兄様違うの!私が無理を言って歩いて帰ってきたから、遅くなってしまったの」


そして俥を呼ぶために、家に寄ってもらっていることを簡単に説明する。


兄はそれでも華を連れ回したことが府に落ちないようだったが、それ以上言うことはなかった。


「お嬢様、こんな玄関先で立ち話では失礼ですよ!上がっていただいて下さいまし」


しずが横から教えてくれる。


「あ、そうだったわ。ありがとう、しずさん。あの部屋で良いわよね?」

「貴人様、重ね重ねご無礼を致しました。こちらへ」


慌てて華が部屋に案内しようとした時だった。


「お前たちは揃いも揃って玄関先で何をしているんだ」


ちょうど良く父が帰ってきた。

もう朽木家の玄関は大混雑だ。



---


「いや、貴人君!君を誤解していた!君は、良い奴だなぁ〜」

「ほら、たんと食え!それとも酒が足らんか?」

「はっはっ!遠慮せずともいいぞ」


結局、あのまま父が強引に貴人を誘う形で夕食会を開くことになった。


いつも寡黙な父が出来上がっている。

母曰く、娘の将来の旦那が来てくれたことが嬉しく、少しペースが早いらしい。


(お父様…お酒には強かった印象だけど…)


父はあまり家でお酒を飲まない。

飲んでも少しだったので、変化に気づかなかった。

こんなに饒舌になるとは驚きだ。


ー周りの人に食べ物を配ってまわってたぞー


(はぁ、食べ物を進めるのは血筋ってことね…)


自分の失態を思い浮かべる。


(貴人様は大丈夫かしら…)


貴人を見てみると、あまり顔は変わってないようにみえた。

父の話をひたすら聞いてくれている。


(もう、お父様ったら)


「華!」

突然呼ばれてびっくりする。


「……なあに?お父様」


「貴人君はいい奴だぞ。健より受け答えがしっかりしている。頼もしい限りじゃないか」


「承知しております…。けど、お兄様もしっかりしてますわよ。心配性なだけで」


「おお、そうだったな」


「ふふ」


確かに貴人は頭が回る、と思う。

でも兄と比べてしっかりしている、という基準もいかがなものか。


そろそろお開きにしないととは思うのだが、華はなかなか切り出せないでいた。

こんな和気藹々とした場は久しぶりだったのもあり、少し名残惜しかったのもある。


(でもそろそろ切り上げないと)

(あ、そういえばお兄様のこと言ってたのは何だったのかしら)

(最後にひとつだけ聞いても大丈夫…よね)


華は貴人をちらりと見て顔色を確認し質問した。


「貴人様?貴人様は以前から兄のことを知っていらしたの?さっき、冷笑の…なんとかって」


「ああ、あれのことか」


「おいっ」

それまで無言で食事をしていた兄が咄嗟に反応する。


貴人はそんな兄を一別し、父と華の方を見て続ける。


「軍に友人がいまして、以前から噂は聞いておりました。なんでもとても良く出来る方ということで人気だそうですよ」


「!」


「そうなのか?聞いたことないが…」


「何人からも聞いたので嘘ではないと思います。実際、今日も早く仕事を終わらせて帰宅しているのではないですか」


「確かに、健が遅いところを見たことはないか…いや、そう聞くと嬉しいもんだな」


「父さん!俺の話はもういいじゃないか。さ、そろそろお開きにしないと明日が大変だよ」


「おお、そうだったな」


父と兄は働いている部署が違うらしい。

兄を褒められて父はまた上機嫌になった。


「そういえば、貴人君!これは知ってるかねー」


せっかくお開きになるかと思いきや、父がまた別の話を始めてしまった。


質問の答えは結局分からずじまいだが、兄も言いたくなさそうだったので、華はこれ以上追求することはやめにした。

そして、本当に父から貴人を奪還すべく考えるのだった。

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