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おわりの、はじまり

「ん…ぅ…」

今は朝。

陽の光が窓からさして、華にあたった。

華はふかふかのベッドの上で寝返りをうち手を伸ばすと、いつもの感触でない布団が手に触れた。

「んー…?」

少し目を開けてみる。

まだうつらうつらしている。

(今日はお休みよね…)

などと考えていたが、ふと見慣れない家具が目に入った。

そしてこの布団!

何かが違うと咄嗟に反応し、がばっとおきあがる。

「は!?…え?えっと、何ですの?」

あたりを見回してみても全く覚えがない。

自分をかえりみれば、紅色の振袖を着ていたはずなのに、今は寝巻き用の浴衣を着ている。


とかく混乱していたが、よく寝たせいか頭は働くようだった。

立派な部屋で、今ここにいるのは自分だけということはわかった。

(お、落ち着いて、華。よく考えるのよ)

深呼吸をして思い出そうとする。

(確か、貴人様との婚約披露パーティーにいて…)


ヒュッ!


(ん?)

華が考えていたところで、窓の外で何か音がした。

華はベッドから起きだし、音のする方向、陽の光が差す窓に近寄ってみた。


ヒュッ!ヒュッ!

相変わらず音は聞こえる。


ヒュッ!

窓から下を見下ろすと、そこにいたのは、道着姿で木刀を振る貴人だった。


少し汗をかいていて髪がしっとりしている。そして朝日に照らされ、木刀を振るたびに髪がキラキラとして見えた。

そして、力強い音と共に逞しい腕が見え隠れする。

芯の通った真っ直ぐの姿勢ーー


華はしばらくそうしてぼーっと眺めていた。

いや、初めて感じる自分とは違う"男"というものにーー華は気づいてなかったがーー目が釘付けでどうしようもなかったのだ。


そうこうしていたら、貴人がこちらを向いてにやりと笑った。

(ーっ!気づいてたの!?)

華は我に返って、窓から離れた。

(やだ、私ったら!殿方を覗き見してたなんて、はしたない!)

頬を赤く染めながら、今日何度目かの深呼吸した。


---


「よく見てたな」

「もう!おっしゃらないでください!」

「口が開いていたぞ」

くくっと喉の奥を鳴らすように貴人が笑う。


そういえば貴人は冷たい人のように思っていたのだが、よく笑う気がする。

(きっと、この笑みにみんなやられるのだわ)

「貴人様!いい加減にからかうのはよしてください!もう穴があったら入りたいくらいですので」

「ほう、そうか。穴が欲しいのか」

「だから!違います!」

さっきから、ずっとこんな感じで押し問答だ。


ここが西島家ということ、昨晩泊まってしまったということはわかっている。


実はあの後すぐに、西島家の使用人の方が来てくれた。そして一通り支度をすませ、貴人と朝食をとり、事情を聞くべくサロンにやってきたというわけだ。


だが貴人は華が面白いらしく、話が一向に進まない。

「貴人様!」

華の何度目かの抗議のあと、ようやく貴人が口を開いた。

「すまん。昨日パーティーをしていたのは覚えているか?」


「ーはい」

「そこで君は竹下商事のおっさん、あぁ酔っ払いにだな、絡まれていた」

「えぇ、覚えてますわ!」

「で、俺が出ていった。収集をつけようとしていたところ、君はふらふらと卓に近づいて、グラスに入っていた酒を煽った」


ここまで聞いて、ようやく事態を飲み込む。

(あれはお酒だったのね…)


「酒なんぞ呑んだことないだろう。酔いが回って楽しそうにしてたから、俺が見かねて引き揚げてきたわけだ」

「た、楽しそうとは…」

その辺りから全く記憶がない。


「そうだな。突然笑い出したり、笑ったと思ったら、皿に料理をよそい、手当たり次第周りの人間に食べさせようとしたり…」


「まだ聞くか?」

ふるふると頭をふり、華は小さくなった。

「ぃぇ…もう十分です…」


「大変失礼を致しました…」

やってしまった。

こんな失態は初めてだ。

婚約披露の場で、しかも西島家で、その上知らない方々の前で、恥ずかしい限りだ。

しかも、覚えてないときてる。

華は青くなったり、赤くなったり忙しくしていた。


(恥ずかしすぎるわ!どうしましょう…)

(これでは、お嫁にいけないわ!あれ、私婚約していて、ああ、でも、こんな失態だったら破棄がしやすい…?だから貴人様は機嫌が良いのかしら)


色んな考えが頭を巡る。


「あぁ、あと朽木家にはもちろん泊まることについて連絡してあるから心配はいらない」

「じきに送らせよう」


「…ありがとうございます」


さっきまでの元気は何処へやら、肩を落として家に帰った。

家に帰ると案の定、兄が心配してきたが、華はそのまま部屋に篭ったのだった。


---


昨晩、西島家の一室にて。

貴人の部屋に一番近い客間に華を運んだ。


(酒を煽ったときは、どうなることかと思ったが…まぁ大丈夫そうだな)

華はベッドの上ですやすやと寝ている。


竹下商事は西島家とは付き合いがあるが、あのおっさんの酒癖の悪さは有名だ。

パーティーは招待制。

呼んでいないはずだったが、当初の予定より人数が多くなってしまったと報告を受けていた。

あらかた最後辺りに増えた誰かの招待状を金で買ったんだろう。

もっと付き合いが欲しいようなことを聞いた覚えがある。


酒を飲んだときは、ヤケを起こしたかとひやっとしたが、その後の華の様子から水と間違えたのだろうと推測出来た。


(それにしても…こいつに酒はダメだな)

見境なくしなだれ掛かったり、暑いといって襟元を開けようとしたり。

他の客は華だとわかっていたから大丈夫だったものの、嬉しがっている奴が中にいたのを知っている。


女とよく会ってはいるが、その中で比べても華は綺麗な顔立ちだと思う。

そしてぱっと目を引く、芯の強そうな目をしてる。


今は女中に服を着替えさせ、貴人がここまで運んできたのだが、暑いのか、浴衣の襟元から覗く首筋がしっとりとして色香を放っている。

頬も上気し、より一層煽っているようにみえた。


(無防備すぎだ)


頬にかかる髪を払ってやる。


数回しか会っていないが、理不尽なことを言った自分に対しても感情的にならず、よくしてくれていると思う。


貴人は、申し訳なさとこれからのことを思い溜息をついた。


バシっ!

華が脚で布団を蹴る。


(おいおい、一応俺も男なんだがな…)

ふと笑いが出る。

貴人はもう一度布団をかけてやり、部屋を出ようと振り返る。


「ーっと!」

振り返ったときに、机に置いてあった華の荷物とぶつかった。

その拍子に、鞄の中に入っていた綺麗なハンカチに包まれたブローチが落ちた。


「?…これは…」

貴人は拾い上げると、眉間に皺を寄せた。


「どうしてこれを持っているんだ…?」

「まぁいい。要観察だな」

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