華麗なるパーティー
5月某日、西島家の離れ、迎賓館ホールの一室に華はいた。
「ああー緊張する。ね、変なところはない?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。とっても綺麗です。今日のお嬢様は誰にも負けてません。しずが言うのですから、本当です。西島様もきっとお喜びになりますよ」
朽木家女中頭のしずが手放しで褒める。
紅色にピンクの大きな花があしらわれた絞りの着物は、それはそれは華やかで華の雰囲気にぴったりだった。
遠目でも本日の主役が誰なのかわかるほどだ。
兄の健がいたら、泣いて喜ぶところだろう。
今日は、婚約披露パーティーということらしい。
貴人から何か聞いていた訳ではなかったが、結婚式の日取りをまだ決めていないことから、近しい人だけに婚約披露の場を設けるとなったようだ。
そして手伝いのしずを連れ立って、華は単身西島家に乗り込んでいた。
ーーコンコン
「ご準備整いましたでしょうか。貴人様が控えの間でお待ちでございます」
「はい、ただいま参ります」
はっきりとした声音で返事をする。
「それじゃ、しずさん。行ってくるわね」
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「華です。入っても宜しいですか?」
「入れ」
恐る恐る扉を開けると、紋付姿の貴人が待っていた。
「お久しゅうございます、貴人様」
「そうだな、変わりないか?」
「…はい」
あぁまただ。この感じ。
声音は優しいが、この人は一線をひいている。
話をしているが、していない、そんな印象を華は受けた。
(そのうち破棄になるとはいえ、この状況は結構堪えるわね)
そんなことをぼーっと考える。
「…お前は何も聞かないんだな」
突然、貴人が口を開いた。
「何か聞いて現状が変わるとは思えません。それとも、貴人様は聞いてほしかったのですか?」
言ってから、華ははっと口を押さえた。
思考が停止していたところに問いかけられ、いつもお兄様に返す感じで話してしまった。
率直に言いすぎたかもしれない。
貴人がこちらを見る。
華が下を向いていると、ふっと息を吐くような、かすかな笑い声のようなものが聞こえ
「いや、言う通りだ。よろしく頼む」
と、返答がきた。
怒ってはいないようだ。
はじめて華は、貴人と話が出来たような気がした。
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時を遡ること、数ヶ月。
西島 貴人は自室で、多数の見合い写真に囲まれていた。
婚姻する気はないと常々言ってはいるのだか、一人息子が故、気になるのだろう。
その気持ちもわからなくはないが、こうして見合い写真が届いては返事を返すというのが、かれこれ数年続いていた。
「よく飽きもせず、持ってくるものだ」
もうそろそろ勘弁してほしい。
貴人が断れないないよう、時には見合いまでセッティングしてくる。
今までは運良くいっているが、次が上手くいくとも限らない。
五代華族であるが故のしがらみは多い。
「何か対策を練らねばな」
ふっと溜息をつき、一番上にあった写真を手に取る。
「朽木健の妹か…」
朽木と言葉を交わしたことはないが、面識はある。確か軍の文官で…以前に女達が、優しい顔立ちでその上頭も切れるが、妹を溺愛していて相手にしてくれないと嘆いていたその輩だったはずだ。
「これは使えるかもな」
そう呟き、部屋を後にした。
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さっきから入れ代わり立ち代わり、華達のもとに人がやってくる。
ここは西島家の敷地にある迎賓館ホールだそうだ。入口には紅い絨毯がひかれ、天井にはシャンデリアが見える。
部屋はそう大きくないが、調度品も質の良いものが整えてられているのが、素人目にもわかるほどだ。
テーブルの上にはお抱えの料理人が作ったであろう、数々の美味しそうで上品な料理が並んでいる。
各々座る椅子は用意されてはいるものの、自由に歓談しつつ、この西島家跡取りの婚約を祝っていた。近しい人達だけでと聞いていたが、結構な人がいるのは、それだけ関心が高いということか。
華は話が違う!と内心思ってはいたが、そんな態度はとらない。
今まで婚約まで辿りつくことがなかった、話すら出なかったため、よっぽど貴人が気に入ったのだと皆そのことで持ちきりだ。
逆に未婚の娘がいる家などは、華を品定めし、腰眈々とまだチャンスを狙っているようだった。
案の定、貴人が華から少し離れたときには、これ見よがしに近寄っていく。
「貴人さん、お久しゅう」
「あぁ、桂子か。今日は来てくれたんだな」
「そうですわね、私と貴人さんの間柄ですのに…呼ばれないかと思いましたわぁ。ほんに若くてお綺麗な娘さんで、喜ばしいことですこと」
(聞こえてます!)
(しかも、結婚はしないんです!)
と華は思ったが、言い返せもしないので黙って、別の方の対応をする。
そうこうするうちに、一通り挨拶が終わったのか、華のところから波がひいた。
華は緊張と疲労でぐったりだ。
(つ、疲れてきたわ…。喉がカラカラ!さっきから誰が誰かわかったもんじゃないし)
誰も見てないとは思うが笑顔を貼り付けながら、心の中で独り言ちる。
貴人をチラ見すると、涼しそうな顔で談笑していた。
(少し外の空気を吸ってこようかしら。ちょっとだけなら、いいわよね…?)
そして、扉に手をかけ廊下に出ようとしたときだった。
「ちょっと、そこの君!」
「おい、ちょっと!」
「え、私…?」
「そう、君だよ、君〜」
中年の男性に声をかけられた。
かなり酔っ払っているようだ。
酒で顔が真っ赤で、油汗をかいている。
(こんな方いたかしら…?)
「…あの、何か?」
「お嬢ちゃんは誰と来たのかね?」
「え?あの…」
と言いかけた時ー
さわっ!
この酔っ払いがさりげなく華の尻を触ってきた。
「きゃっ!」
華は驚きと恥ずかしさで硬直している。
そして、ぞわぞわと嫌な感情が背中にはしった。
「おじさんとさ一杯付き合ってや、なぁ!」
他のことなら咄嗟に判断できる華も、こういったことには免疫がなく、何も言い返せずいた間に、もう一度尻を触られた。
今にも肩も抱かれそうな勢いだ。
(気持ち悪いー)
(こ、こ、この酔っ払い〜!)
華は真っ赤になって半泣きになりながら、なけなしの勇気で抗議しようとした。
ーーその時
「失礼、」
「私の婚約者に何をなさっているんですか?」
「イタタタタっ!ヒッ」
酔っ払いの手を捻りあげて、鬼の形相をした貴人が横に立っていた。
「おい、大丈夫か?」
「は、……ぃ」
華は意気込んでいた行き場のない勢いや、見られていたという恥ずかしさなど色んな感情を持て余しながら、とりあえず頷いた。
(うぅ〜今日は散々だわ…)
そして、近くのテーブルにふらふらと行き、そこにあった水ーーと思しきものを一気に煽ったのだった。
「ーーーおいっ!」