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電車、飛びこみ

作者: かげる

 顔面蒼白で、目が虚ろ。鏡に映るわたしの顔は、すでに生気が感じられない。頬を上げてみたが、ヒクヒクと痙攣したようになってぎこちなかった。


 ああ、もう会社に行かないといけない時間だ。どうしよう。休んでしまおうか。なんて、そんな馬鹿なことを考えてしまう。どうせ今日休んだからって、この脱落した人生は死ぬまで続いていくのだ。


 ああ、なんてダメな人間なのだろう。思い切って、どこか遠くに行ったら、なにか変わるだろうか。何度も、何度も、脳内で自己否定の言葉を聞いていたら、頭が、どうかしてしてしまったみたいで、わたしはふらふらとした覚束ない足取りのまま、改札を抜けて、ホームの奥の方に歩いていた。


 なんで、こんなにダメなんだろう。みんなみたいにうまくできないんだろう。ダメだ、こんな人間、死んだ方がいい。死ね死ね死ね死ね。脳内連呼が聞こえる。耳を塞いだけど、そんなことしたって意味はなくて、もう少し時間が経過したら、当駅着の列車がやってくる予定だから、それまでの間、辛抱しよう。


 やがて列車到着の警告音が鳴り出す。心はとても冷たく静かだった。黄色い線の点字ブロックから前に足を踏み入れて、わたしは、一歩一歩確実に前に進んでいた。


 耳が騒がしい。自己否定と嘆きの声が、まだ聞こえる。わたしは、なんで、こんなにもダメなのだろう。うまくいかない。毎日、同じことの繰り返し。しんどい。苦しい。もうやめたい。生きていたって、無駄だ。無駄無駄無駄無駄。死んでくれ。


 ホームの下。線路の上を見ていた。冷たい。苦しい。もう、やめたい。列車が、やってくるのを視認した。苦しい。死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。わたしは、感情の赴くままに、前進していた。


 鉄の塊が、こちらにやってくる。それに合わせて、わたしは、身を投げ出そう。


 ――ある時のことを思い出した。わたしが、学生の頃。同じクラスの生徒が、首を絞められてイジメられているのを見かけて、それで、わたしは、善意で助けてしまったことがある。あの頃のわたしも馬鹿だった。善意なんて、悪意と同じくらい、相手の事を考えていない勘違いでしかないんだってことに気づけなかった。


 ――イジメられた人は、わたしのことを優しいと言った。イジメていた人は、わたしのことをいい奴だと思っていたらしい。そうか、わたしは、そういう人間だったのだな、と思った。


 ――人の目を気にして、わたしは、生きていたのだ。偽りのない正しさなんてものを信じた時点で、終わっていた。人間として、終わっていたんだ。1つでも正しくないことがあると、全てが、否定されたように思える。他人を責めることをしないわたしは、自己を否定するしかなくなる。


 最期に、暴言の1つや2つを吐いて、死にたかった。みんなみたいに愚痴を言って。でも、もう終わりにしよう。わたしは、宙に浮いた足を、感じていた。苦しいのも、これで、終わり。


 列車が目前にやってきた。これでやっと――


「っ」











 なぜか、わたしは生きていた。投げだしたはずの身体は、まだホームにいて、飛ぼうと思って飛んだはずの意識が、この現実と混濁してわけがわからない。


 バランスを崩した重心を支えるものがあった。


「ふう」


 と、ため息をつく声が背後から聞こえる。いいや、わかっていた。手を取られたのだ。飛ぼうしていた身体を引き戻された。


 目は虚ろのままだから、焦点が合わない。だけど、その相手が誰なのかは、わかった。イジメられていた、あの人だった。善意で、助けた、あの人だった。


 わけがわからない息苦しさ。善意を善意で返された。シンドイ。苦しい。曖昧で、苦しい。そこに、愛はないのに、まるで優しいかのような、その行為が、虚しい。いまも、ずっと、これからも。


「……どうも」


 わたしは、そう言った。表情筋は、まだカチカチに固まったままで、うまく動かせないままだった。そして、まだ外れたピントのまま見つめ続けると、そいつは柔和に微笑んでいるのだとわかった。


 いまはただ、そいつに対して愚痴をこぼしたい。

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