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―体が熱い。
業火の中に身を投げ出されたかのようにそれは体全身を覆っている。
抵抗も空しいぐらいに私の意思など無視してどんどんとその波は私を飲み込んでいった――。
―――――――――――――――――――――――。
「――うぅ」
「っ!―――ッま!」
…。
「ミッ――様!」
声が…聞こえる。
「ミッシェル様!ミッシェル様!」
誰かが私の名前を呼んでいる。
そして何やら私の体に何かが触れた。
―これは人の手だろうか。
外からは騒がしい音が聞こえているのに反し、その手には落ち着いた様子で私の体を撫でる。
その手は火照っている体に丁度良い安らぎを与えてくれた。
私は必死にその物体を確認しようと眼を瞼の下で這わせた。
そして、私の意識は完全に浮上した。
―――――――――――――――
「ミッシェル様!」
「良かった!」
「お目覚めになられましたのね…!」
目を開けて最初に目に入ったのはきれいなメイドの服を着たお姉さん。
お姉さん、というか見たことがあるわ、この人。
確か私専属のメイドさんたち。
…ん?“私”?
私の中で何かが引っ掛かる。
「良かった、もう三日も目を覚まされなかったから、心配したのですよ」
しかし、声によってその疑問は分散されてしまった。
声をかけてきたのはここのメイドさんたちの中でも一番偉い、いわばメイド長という肩書を持っている人、クウーバメイド長。
「どこかお体で優れないとこはありませんか?」
どこか体で良くない所は、と尋ねられたので体に意識を集中させる。
喉の渇きがすごいのと、体がだるくて仕方がない、インフルエンザになって寝込んでしまった時のようだ。
そのせいだろうか、体の全部がベトベトしていて髪の質感も損なわれている気がする。
それらのことを伝えると、メイドさんたちはすぐさま行動に移した。
その仕事ぶりはプロ顔負けでテキパキと行動していく。
すぐさま体をきれいなタオルで拭いてくれ、服の着せ替えも難なく手伝ってくれた。
ふと、
――私は普段からこのようなことを普通にされていたな、と思い出す。
体をきれいにし、喉をある程度潤したところで、私が、『少し一人でゆっくりしたい』と一人のメイドさんに言う。状況を整理するためだ。そうすると、うるさくならないようにすぐさま情報が行き渡り、ものの30秒ほどでメイドさんたちは私の部屋から出て行った。
――――――――――――――――――――――――――――――
―さて、これから私は少し自分の状況を整理したいと思う。
さっき、起きた時からあった気持ちの不自然さ。
そしてメイドさんのこともあるだろうが、まずは「私」のことである。
私の名前はミッシェル・フォン・グランツェ。肉体はまだ七歳。
公爵家の長女。未来は次期国王、つまり王子様の婚約相手であること。
容姿で特徴的なのは、少し上がった二重の大きな目。
髪は魔力を多く持っている者の印の金髪で目も同じ。栄養が毛先まで行き渡っており、今でこそ普通だが、体が本調子な時は淡く光ってさえいるという。
―これが今の私。
「ま、、、まじか~…」
私は、呆れた、というか諦めたような声が出た。
――違う、違う!
私の名前は園田海、どこにでもいる普通の高校生だ。
いや、『だった』。
黒髪、黒目、平凡日本人顔の異世界物が大好きだった普通の高校生だった。
好きなことといえば、ゲームをしたり、小説を読んだり(異世界物)、お菓子を食べたりすることくらい。勉強がまぁまぁできて、普通の偏差値の高校に行っていた、普通の高校生だった。
―のに!!
「なんじゃこりゃ!!」
私は叫んだ。
「いやいやいや!どう考えたっておかしいだろ!!なんだよ!寝て起きたら別の女になってましたよってか!!しかもこいつ、悪役令嬢役のミッシェル・フォン・グランツェじゃん!!」
そう、それなのだ。
この体は、ミッシェル・フォン・グランツェ。
鏡を見たときに知らない人が写っていたことと、なんか見たことあるなーと同時に思った時のことである。
―私は日本というところで生まれ育った、いや正確に言えば育っていた。
高校生の時、友人から、とあるゲームをして、と渡された。(ゲームを)やらないと(物理的に)やるよ?と脅されたので仕方なく(ゲームを)やった。
それは乙女ゲームの『美しい蝶はここで踊る~甘い恋をしませんか?~』という、なんとも言い難いタイトルのやつだった。
文字道理、THE SWEET LOVE。
そして、ストーリーは、町娘だと思われていた主人公ちゃんが、実は私の家に匹敵するぐらいの高貴な位の貴族の娘さんということから始まる。それが明るみになり、主人公ちゃんは貴族様が通う学校に入学するというものだ。
しかしそこで事件発生である。
元々、高貴な貴族さんの血が入っているが、隠し子であったり、村人の生活をしていたためか、はたまた妬みか、周りの人たちから虐められてしまうのだ。
ある人からはいないものとして扱われたり、ある人からは直接暴力を振るわれたりする。
そんな時、主人公ちゃんの目の前に王子様が訪れる。あぁ、王子様というのは、『私を暗いところから助けてくれるのね…!』的な感じの王子様の意味だ。
このゲームは、攻略できるキャラの心情がのぞけるパートがあるのだ。
その時に見た王子様たちの心情は、最初こそは、事実上、位が高いということであいさつ程度には話しておけばいいか、という感じだった。
しかしそれがきっかけとなり、彼らは交流を深めていく。
ある程度好感度が上がると、攻略キャラ同士の衝突パートが入ってくる。
これは本命と決めたキャラと他の攻略キャラの中で、一番好感度が高いキャラ同士がぶつかり合う。ので、ハラハラドキドキとした、同じ本命キャラでもいつもと違うキャラとの展開が見られるということでやる側は大盛り上がりした、という。
私は真顔で見ていた。すべての攻略キャラ、すべての衝突パートすべてクリアしたが真顔で始まり真顔で終わった。
あぁでも、途中からこいつら(攻略キャラ)は主人公ちゃんをどれだけ愛せるのか、とか、貢ぎ具合はみんなどんなもんか、とかそんなことを考えながらゲームをしていたと思う。
さて、少し寄り道をしてしまったが結局何が言いたいのかというと。
王子様と主人公ちゃんが交流を深める→それが周りの目につく→妬む奴が出てくる、
ということだ。
先ほども言ったように、私の名前はミッシェル・フォン・グランツェ。
今の私は悪役令嬢だ。悪役令嬢?アクヤクレイジョウ。
ガイドブックにはこんなことか書いてあった気がする。
―あなた(主人公)のライバル、ミッシェル・フォン・グランツェ。
気性が荒く、口より手が出てくるタイプの彼女だから、あなたにひどいことをしてくるかも!?
しかし彼(攻略キャラ)との絆を深めて返り討ちにしよう!!
――さぁ、あなたの冒険が今始まる!!
―――じゃねえよ!!!!!!!!
返り討ちにされるやつ誰だよ!!!!!!!!私だよ!!!!!!!!!!!!!!!!
なんかもう、笑えてきた。
誰か、助けてください。切実に。




