17
私の叫び声、もとい雄叫びが屋敷中に響き渡った。
―響き渡ってしまった。
つい興奮して叫んでしまった私は、慌ててアイテムボックスの発動をやめた。
途端にパタパタと慌ただしい足音が聞こえる。
―やべぇ、どうやって言い訳しよう。
そして、ノックを慌ただしくされた後、勢いよくドアが開かれた。
「大丈夫ですか!ミッシェル様!?どうされました!?」
部屋に入ってきたのは、毎度おなじみカノンさん。
そして昔、ミッシェルの時にお世話をしていただいていたメイドさん二人、メリさんとグラジューノさんだ。
この二人は、一言で表せば。
メリさんは活発系女子、グラジューノさんは可憐系女子さんだ。
メリさんの髪の色は、近い色で言えば『菜の花色』で長さは、恐らくだが前世でショートヘアと呼ばれていたもの。
グラジューノさんの髪の色は、『紺青色』で、長さは、ロングと言うもの。
その長い髪は、緩く後ろでまとめられている。
―そしてこの二人、タイプは違えど仲がいい。
『私』になった時からはよく知らないが、よく二人だけで話しこんでる場面をたびたびミッシェルが見たことがあった。
―でもまぁ、今はそんなことはどうでもよくて…。
「ミッシェル様!?」
と、カノンさん。
「ちょっ!カノン!もう少し声のトーン下げて…!」
と、私の機嫌を損ねたくないとカノンさんを注意したメリさん。
「どこか具合が優れませんか?お体に触れても?」
とわたしの側まで来て膝をつき、グラジューノさん。
一応体には触れていいと許可を出し、私は悩んだ。
(どうしたものか、魔法が成功して興奮のあまり叫んでしまった)
私は何か良い言い訳がないかと脳みそをフル回転させた。が、いい案が思い浮かばない。
その間にもグラジューノさんが私の体に異変がないかを確認している。
そしてカノンさんは、周りや外の確認を。メリさんはなにやら驚きながらも部屋の中を隈なく観察していた。
―おぉ!なんとも連携の取れた動きだ。
と、私は思いながらも、必死に言い訳を考えていた時である。
「そこに居ますよね?説明、お願いしてよろしいですか?」
―っえ…?グラジューノさん、誰に向かって言ってんの?
と私が疑問に思っている時、それは現れた。
ガタリと天井から音がしたような気がした。
私は上を見る。
―そこには忍者のような服を着た黒ずくめの人間がいた。
それは地面に降りてきて、私に一礼し、グラジューノさんと向かい合う。
私はこの世界に来て、初めて『猛烈な焦り』を覚えた。
そして私の頭の中は真っ白になる。
(…は??……え??は?ん???)
私は焦った。
―常日頃、あそこに居たとすれば、私がここにきて、やっていたこと、考えていたこと、これからやろうとしていること。つまりは私の私生活が公開状態になっていたということ。
この人は、私が、少しだけだけど、魔法が使えるということ。
…でも幸い、私は自分の頭の中で考えることが多いので、転生したという事実は伝わっていないと思う。いや、最悪、伝わっていると考えた方がいいか。
そして、グラジューノさんは言った。
「お忙しいとこ申し訳ありません、ガガル様」
その問いかけにそいつは答えた。
「はははっ、お忙しいなんて大丈夫ですよ、グラジューノさん、もとよりお嬢様のかんs…失礼、護衛は僕の仕事ですから」
とそいつは言った。
―その声は男性の声だった。
心地がいい落ち着いた雰囲気の声を発しているが、私は油断しなかった。
―こういう奴の特性を私は知っている。
前世でいた、悪いやつでもないが良い奴でもない。くえないやつ。
そしてグラジューノさんは続けて言った。
「ミッシェル様はどうされたのでしょうか?突然奇声…失礼しました、悲鳴を聞いたのですが、何かあったのでしょうか?」
「んん~そうですねぇ~」
(……………)
―背中に冷汗が流れる。
頭は回る。ぐるぐるとあれやこれやの思考が脳内を駆け巡り、地面が揺らいでいるような感覚に陥った。
そうか、そうだよ。
大体、私は第一、公爵家の令嬢。
どんだけお嬢様ぶっていようが、どんだけ無理なお願いをして従わせようが、やはり私は公爵令嬢。
誰も私を監視しないわけがない。
くそっ、抜かったな、私。
ミッシェルの記憶の中にもこういう存在は記憶されていなかった。きっとうまく立ち回っていたのだろう。
…いや、違うな。今まではこいつの登場が必要なかったのだ。
それは何故か。今までミッシェルは何が何でも相手が悪いと主張し、不満を盛大にぶちまけていた。
しかし、その言葉の大半、いやそれよりもっと多くは大体ミッシェルが悪かった。
メイドさんたちはその無茶苦茶なミッシェルの言葉を聞いた。
今回は何故、どのような原因で暴れたのかを。ミッシェルの言葉から推測をしていたのだ。
しかし今回、私は黙っていた。
黙ってしまった。
―この時になるまで、この存在を知らなかった。完全にやらかしピーポーである。
―そしてその男は、言った。
「特に何もありませんでしたよ?」
―――は?
その言葉に私は驚愕を顔に浮かべてしまった。
そしてもちろん、周りの人たちも。
作業していたメリさんは部屋の物色、もとい観察をやめ、カノンさんは静かにこの人たちの会話を静かに聞いていた。
…てゆうかカノンさん、もしかしてこの人の存在知ってた?
この所、私の部屋に来ていなかったグラジューノさんでさえ知っていたのだ。
そしてメリさんもこの人の存在に驚いてなかった。
―ねぇもしかして、知らなかったの私だけ?
私はカノンさんの方を見た。
そして目線を逸らされた、露骨に。
(だよね~、分かっちゃいたけど)
「え、今なんと…?」
グラジューノさんは言葉が理解できず、額に汗をかきながらその言葉を聞き返した。
うん、その気持ち、すっごく分かるよグラジューノさん。
普段、やらかしにやらかしてる奴が、「何もない」、なんて、無い筈がないもんね。
しかしそのことを表に出すと後々面倒そうなので私は黙っていることにした。
そして男は続けて言う。
「はい、特に何も問題ありませんでしたよ。あっ、しかし、お嬢様は先ほどまで考え事をしていらっしゃったので、何か癪に障ったのかもしれませんね?」
(――!!いいぞ!もっと言ってやれ!!)
私は心の中でその人を応援した。
するとメイドさんたちは、私の、もといミッシェルのイメージが抜けないのか、先ほどのこの男の言葉に怯え、八つ当たりは嫌だと感じ、そそくさと出ていこうとした。
「で、では、ワタシはこれで!失礼いたしましたミッシェル様!」
とメリさん。
「では、メイド長にはそのようにお伝えいたしますわ、失礼いたしますミッシェル様」
とグラジューノさん。
「では、失礼いたしますね、ミッシェル様」
―あんたは行かせねぇよ?
「カノンさん」
カノンさんの肩がびくっと揺れ。
「いらっしゃ~い」
次の瞬間、泣きそうな声になった。
――――――
ガチャリと扉が閉まった音を聞き、私は後ろに居るその男を見る。
―私はこういう人間を知っている。
その雰囲気は悪い奴でもなく、しかし良い奴でもない。
そいつは私と目が合うなり、にこりと顔に笑みを浮かべた。
…どうやらこれは話し合いが必要のようだ。
そして私もまた、負けじとにやりと笑みを浮かべた。
4月7日の分を更新できそうにないです、申し訳ない。