第七話 膝枕よりおっぱい枕がいいって後輩が言ってた
夢を見た。
底のない砂時計、砂が落ちていくのを俺は必死に止めようとしていた。手を受け皿にして受け止めようとした。でも指と指の隙間から砂はとめどなくこぼれていく。それがどうしても悔しくて、止めたくて、あがき続けた。
結局、砂は落ちきってしまった。後に残ったのは後悔だけ。それが情けなくて、俺は砂を足していった。結局残らないと分かっていても、俺にはやめられなかった。
目を覚ますと、まだはっきりしない視界に人影が写っていた。
「あ、起きましたか」
「……おはようございます」
「おはようございます。そろそろ足がしびれてきたのでどいてもらえますか?」
なんのことだろう。頭が回らないからか誰かが何か言ってるということしか分からない。ただ、起きたばかりというのに寝ていた時より今の方が気持ちがいい。まどろみの中、優しく包まれているような、夢心地といったところか。
「まだ寝ていたいんですか? それはちょっと困るんですけど」
俺の頭を撫でながら彼女は呟く。そう、俺の頭を撫でながら。
「頭を撫でられてる!?」
「うわっ」
飛び起きて状況を確認する。目をこすって無理やり視界をクリアにしたら、状況が読めてきた。
ここは店の奥にある事務所、そしてさっきのは膝枕だ。正座したままやっと起きたと言ってる里香から判断はつく。マジか、膝枕か。しかも頭を撫でてもらうオプション付き。専門の店に行けば追加料金を取られるようなコース内容だ。なんで起きちゃったんだ俺、絶対もう少し寝ておくべきだった。母親を除く人生初膝枕だったのに。
「立花先輩よく寝てましたよ。徹夜でもしてたんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
「じゃあお酒弱いんですね」
「……あー、思い出してきた」
そうだ、里香のお父様とお弟子さんに追い詰められた俺はあの後酒を飲むよう迫られたんだった。寝てて忘れてた。
「ごめんなさい。うちのお父さん、嫌なことがあったり嫌いな人に会うとお酒を飲ませちゃうんですよね。大丈夫でしたか?」
「あ、いや、それは大丈夫。俺酒にそんなに弱くはないからさ」
「そうなんですか? その割にはよく寝てましたけど」
「俺ってさ、酒を飲むと気持ちよく寝れるんだよ。飲み会とかだと寝るより楽しみたいんだけどさ、今回はまあそのなんだ、危険を感じたから眠気に逆らわないことにした」
「なるほど、お父さんも寝てる人に無理やりお酒を飲ませることは出来ませんからね」
「そういうことだ。あれ、そういえばお父様はどうされましたか……?」
「何ですかその口調。帰りましたよ、ちょっと不機嫌でしたけど」
「そ、そうか。それは良かった」
本当に良かった。酒を飲まされるのは全然いいんだけど、飲んでる間中ずっと絡んでこられてきつかった。やれ娘とはどういう関係だとか、君より私の方が里香を愛してるだとか、童貞に娘はやれんだとか。冗談じゃなく本当に言ってたからな。なんで童貞ばれてんだよ、お弟子さんたちにめっちゃ笑われてしまった。あいつらも半分は童貞だ、そう決めつけることで心の安寧を図る。
「お父さんにlineで叱っておきましたから。今度謝りに来ると思いますよ」
「いや、謝ってもらう必要はないよ。だから来てもらわなくて大丈夫」
来てもらっても困るだけだ。絶対また絡まれる。一々釈明するのも疲れるだけだ。
「そうですか? まあ、立花先輩がそう言うならいいですけど」
里香ももう一度親がここにくるのは正直嫌だったようだ。ただ、多分お父様ここを出禁になると思うけどな。ジョッキ投げる客なんか聞いたことねえよ。割れてないから弁償の必要はないだろうけど。
「でもなんであんなにお父さん荒れてたんだろう、立花先輩何か聞いてませんか?」
「いえ何も、全然、これっぽっちも」
「絶対聞いてるじゃないですか。まあ、言えないことならいいですよ」
里香が本当に理解のある子でよかった。話の内容をここで赤裸々に語ってしまったら今後気まずくなること間違いなしだ。たとえ俺と里香の間にやましいことがなかったとしても。いや、ないけどね?
店の時計を見ると既に20時を回っていた。あれ、俺のシフト20時までじゃん。
「あ、シフトなら大丈夫ですよ。立花先輩がおさけを飲まされ始めた瞬間に杏子さんがタイムカード切ってましたから」
それでいいのか杏子さん、てか店長。他の客に店員の一人が客と酒を飲んでるところを見られてたら問題になってたんじゃ……。
「私も今日は早めに上がらせてもらいました。ピークも19時には過ぎてましたし、店は大丈夫です」
「そうか、ならいいか」
「はい、じゃあ帰りましょうか」
「え」
「帰らないんですか?」
「いや、その、これだよこれ」
右手の人差し指と中指を口元に近づけサインを出す。
「あー、いいんですか? いくら寝てただけとはいえ、お酒で倒れてたようなものですよ。身体は大丈夫なんですか」
「問題ない、寧ろ今日の疲れを煙草で忘れたい」
「……もしかして、私と煙草を吸うの楽しみだったりしましたか」
「……ちょっとだけな」
それを聞くと、里香は満足そうな顔をして立ち上がった。しょうがない人ですね、そう言いながらも嬉しそうに彼女は続ける。
「本当なら心配ですし早めに帰ってもらったほうがいいんでしょうけど、立花先輩がそう言うなら付き合ってあげます」
「おう、よろしく」
「あと、ついでにあれの説明お願いしますね」
「あれってなんだよ」
「咲、恭祐」
残念ながらというか、やっぱりというか、忘れてくれてはなかったらしい、全てが都合よくいくわけがなかった。毎度のことになるが、やましいところなんて一つもない。でも今回も、俺が謝り倒す展開になりそうだ。
「さ、行きましょう。今日も試合開始です」
私は膝枕が好きです。でかい胸ほど怖い物はない。ちなみに今のところ作中に出てきた女の子は全員貧乳です。巨乳はまた今度。