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煙と共に  作者: 櫻井惇
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第三話 未確認第二号、再来

「あ、浮気者がやっと来た」


 開口一番でとんでもないこと言ってきやがった。しかしここで否定しても分は悪いままだ。目の前の里香が先刻言ってた通り、俺は他の女性とご飯を食べてきて、かてて加えて結構待たせてしまったのだ。ここは素直に謝った方がいいだろう。


「すまん、遅れた。全面的に俺が悪い」


 両手を胸の前に合わせて謝意を伝える。


「え、本当に浮気してたんですか。割とショックです」


 行動が完全に裏目に出た。てかまた浮気認定された。里香がわざとらしく目元に手を当て泣くそぶりをし始める。

 いややっぱりおかしいよ、杏子さんも里香もなぜこうも浮気という言葉を使いたがるんだ。そもそも付き合ってないし、付き合ってないよな、なんで今日だけで2回も自分の交際状況が分からなくなるんだ。あ、さっきのはもう昨日か、いや駄目だ落ち着け、またパニックになってどうする。とりあえず自分の状況を、身の潔白を伝えなければ……


「俺に今彼女はいない!!!」

「知ってますよ、何ですか改まって」


 嘘泣きを辞めた里香が冷めた目で見てくる。浮気という言葉よりも、言ってくる相手とか状況に弱いだけだと思いたい。


「立花先輩って本当に浮気って言葉に弱いですよね。元カノに浮気されてこっぴどく捨てられた過去でもあるんですか?」

「幸運なことにそんな相手と恋に落ちたことはないな」


 嘘は言ってない。1か0かはこの際問題ではないのだ。てかさらっとひどいこと言ってくるな。


「しょうがないじゃないですか。待たされてちょっと寂しかったんですよ」


 拗ねた顔可愛い、じゃない。こういう時は男の立場は弱いものだと先人たちが教えてくれた。謝罪に徹するほかない。

 最終的には土下座も辞さない、そんな考えが浮かび始めたころ、里香が俺からくすね……プレゼントされた煙草を咥えた。


「まあそろそろ立花先輩を苛めるのはやめておきます。試合開始のゴングを鳴らしてください」

「……ここじゃお帰りのお客様に見えるかもしれない、倉庫の裏に行こうぜ」


 倉庫裏は喫煙者の涙ぐましい努力によって快適空間になっている。パイプ椅子が2脚、腰くらいの高さの吸い殻入れ、小さいながらも机まで置いてある。ちなみに俺は机に出資した。意外と値は張ったが使い心地は中々の物だ。喫煙者は大体ここに店のソフトドリンクを片手に来て小休憩を嗜むのだ。


「ここってこんな感じになってたんですね、知りませんでした」

「まあ煙草吸う目的でしかこんなとこ来ないからなぁ」


 二人とも席に着いたところで里香はもう一度煙草を咥え直した。……意外と様になってる。コイツまだ18だよな。なんで如何にも吸い慣れてますよみたいな佇まいが出来るんだ。


「じゃ、先輩。ライター貸してください」

「……ちょっとそのまま顔をこっちに近づけてみな」


 顔に疑問符を浮かべながらも里香は俺の言う通りに動いてくれた。


「いいか、喫煙者ってのはこうやってコミュニケーションを取るんだ」


 ライターに火を灯し、左手で覆いながら彼女の口元の煙草にかざす。


「そのまま少しずつ吸ってて。……そう、そんな感じ」


 初めてにしては上手くいったのではなかろうか。煙草から煙が立ち上る。


「煙を吸うときは少しだけ、そんで煙草を口から放しつつ外気を吸うんだ」


 里香はなんでも飲み込みが早いし要領もいい。言われたことをちゃんとできる子だ。既に吸い方だけは銀座のマダムにも引けを取らない、銀座行ったことないけど。


「煙の味と香りを確かめたら、今度は口を少しだけ開いてゆっくり吐いていくんだ。まあドラマやアニメで見たことあればあんな感じで問題ない」


 初めて煙草を吸うとなると、結構な数の人間が慌ててしまう。一気に大量に煙を吸ったり、急いで煙を出そうとして咳き込んだり……。

 里香はそんなこと知らないとでも言わんばかりの落ち着きっぷりだ。綺麗に煙で一本線を描いている。あれ結構難しいんだぞ、俺は毎日練習している。


「立花先輩、灰ってどのタイミングで落とせばいいんですか」


 煙草初心者にありがちな疑問だ。ここは煙草の持ち方と一緒に説明しておこう。


「煙草は今の里香みたいに人差し指と中指で持つやつが多い。灰を落とすときは持つ指を親指と中指に変えて、灰皿を下にしてフィルター部分を人差し指で2,3度軽く叩くんだ。落とすタイミングは人によってまちまちだけど、早く落とし過ぎても駄目だから、目安としては灰部分が8ミリくらいになったらでいいと思うぞ」

「早く落としたらダメなんですか?」

「煙草って温度が高くなりすぎると味や香りが悪くなるんだよ。灰が火元を包んでる状態だと温度が上がりにくいんだ。だからあまり神経質に灰を落とさない方がいいよ」

「へー、そんなことで味が変わるんですね」

「ああ、それと吸うときは出来れば長くゆっくり優しくした方がいい。これも早く燃えて温度が高くなるせいで味や香りを落とさないためだ」

「奥が深いんですね」

「まあ、全部先輩からの受け売りだけどな」


 そろそろ俺も吸うとしよう。さっき言った温度を高くし過ぎない工夫ってのは普段は意識してないけど、折角の機会だし、長くゆっくりと煙を楽しもう。

 二筋の煙が寒空に向かって、そして消えていく。煙と一緒に今日の勤務の疲れが溶けていくようだ。久しぶりにゆっくり味わう煙草は格別で、時間もゆっくり流れていく。

 こういう時間を幸せと言うんだろうか、ふとそんなことを考えてしまった。





 二人の煙草は燃え尽きたが、里香の希望通りこのままもう少し話して帰ることにした。


「どうだった初めての煙草は、美味かったか?」

「そうですね……、悪くなかったです。立花先輩の言ってたバニラの匂いも吸ってて分かりましたし。初めてがこの煙草で良かったです」

「そうか、なら良かったよ」


 本当に良かった。俺の常飲してるインフィニティはピースの中では弱い方だが、初心者にしてみれば強めの煙草だった。初めてで嫌いになるようなことがなくて助かった。里香の顔は満足気だ、今日はもう吸わないだろう。俺はもう一本頂きます。

 ただ、よくよく考えればこれで完全に未成年に煙草を吸わせたことになる。まあぶっちゃけ俺もぎりぎり未成年なんだが。これってもしかして犯罪か? 気にしたら負けな気がする、いや既に完全に負けてるけども。


「そういえば煙草も本当はダメだけど、そもそも高校生がこんな時間まで、しかも居酒屋でバイトしてていいのか?」


 そもそもの疑問をぶつける。


「ダメなんじゃないですか?」

「いや、俺に聞かれても……」

「まあ学校の先生は基本的に来ないですし、こんな時間にシフト入れるのだって金曜日だけですし、そもそもここのバイトって近所の工業高校生が多いじゃないですか」


 確かにそうだ。俺と同じタイミングでここに入ったやつも蓋を開けてみれば件の工業高校生だった。しかも初日から思いっきり店の酒を賄いと称して飲む始末。なんであいつは首にならないのだろう。


「まあ、そんな店だしいいかなって」

「俺が親なら絶対許さないな」

「私の親はむしろ今の内から社会経験を積んでおけって、そう送り出されました」


 考えの不一致である。親御さん、娘さんから目を離してるうちに彼女は優等生から非行少女にジョブチェンジしてますよ。


「今後は受験もないですから暇なんで、オープンからのシフトが多くなりそうです」

「へー」

「へーじゃないです、大事なことですよ」


 ちょっと演技の混じったふくれっ面でそう訴えてきた。俺にシフトを伝えて何になるというんだ。


「シフト、ちゃんと合わせてくださいね」

「……はい?」

「じゃないと私は誰から煙草を貰えばいいんですか」


 えらく独善的な理由だった。これを聞いても全く嫌じゃない辺り、俺は彼女のことをかなり気に入っているようだ。


「出来るだけ、な」

「はい、お願いしますね」


 彼女が俺にシフトを合わせるよう頼んできたのは、実はこれが初めてではない。寧ろ結構な回数お願いされている。表向きの理由は毎度違うが、裏は一貫している。まぁ、それについてはその時になったら話すとしよう。

 いまはただ、この煙草が燃え尽きるまではもう少し、このままで。



・・・



 アパートの前にたどり着いたのは2時ちょっと前だった。里香を家の近くまで送った後、明日、じゃなくて今日の朝飯用に惣菜パンと牛乳をコンビニで買っただけなのだが。しょうがない、今日の授業は3限だけだし、それまで寝ることにしよう。

 財布から鍵を取り出し、ドアの鍵口に差し込んで右に捻る。しかし、鍵が開いた感触がない。というよりこれは既に開いている。

 家を出るときに鍵を閉め忘れたのだろう。空き巣でも入ってなければいいが……。そんなことを考えながらドアを開けた。


「遅いぞ立花」

「何をバイト先で女とイチャついてんだぶっ殺すぞ」

「夜はまだ長い、朝までやるぞ。おい……、どこに電話かけてんだ」

「110番」


 不法侵入者その1に携帯をぶんどられた。住居不法侵入に加えて窃盗とは、彼らの罪は重くなる一方だ。奥のテーブルに目をやると、作り置きしていたはずのカレーがきちんと4人分並んでいる。追加の罪状名はなんだろうか。


「全然lineに反応ないから先に会議始めといたぞ」

「上林……」

「カレー美味いな、流石居酒屋バイト」

「吉田、うちの店のメニューにカレーはない」

「今週号のジャ○プどこ?」

「坂口、お前が持ってるのはマガ○ンだ」


 こいつら思いっきり俺の部屋でくつろいでやがる。てかどうやってこの部屋に入ったんだ。まさか本当にドアの鍵閉め忘れてたのか。


「窓の鍵壊れてるぞ、思いっきり引いたら開いたから」

「それは壊れてたんじゃなくてお前らが壊したんじゃないか!?」


 慌てて家の中に上がり窓の鍵を確認したが、別に壊れている訳ではなかった。じゃあ何で開いたんだ。魔法か? ここにいる全員魔法使い予備軍だから可能性がないわけじゃない。


「ほら、早く座れよ」

「お前が合宿の幹事なんだぞ」

「まずはサークルの奴ら全員に回すメールの文面からな」


 こんなことになるんだったら、気づいた時にlineを返しておくべきだった。後悔先に立たず、過去の俺よ、絶対に許さん。

 結局、春合宿対策会議は3限が終わるころまで続きました。


今日はここまで。みんな、未成年での飲酒喫煙は法律によって禁止されています。絶対にマネしないでね。もしやっちゃっても警察の人にこれを読んだからやったって絶対に言ったらだめだぞ。

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