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Acht

 意識を手放してからどれくらいの時間が経っただろうか。少女は眠ることに疲れて、重い瞼を持ち上げた。立て付けの悪い小屋に隙間風が入り込んで彼女の前髪を揺らす。それでも寒さをあまり感じなかったのは、彼女を包み込むように被せられた毛布のおかげだった。

 まだ力の入らない四肢を、蠢く芋虫のように緩慢な動作で引き寄せたとき、目の前に置かれた皮表紙の本が視界に現れた。そして、汚物を纏った本の放つ形容しがたい恐怖が、にわかに彼女の身体に這い寄った。

「ひっ」

 小さな悲鳴をあげて飛び退いた少女は小屋の壁にぶつかったが、その視線は本に向けられたまま、何度も瞬きを繰り返していた。息を吸っているのか履いているのか、それさえも分からなくなるほど浅い呼吸のなかで、下腹部を支配していた痛みを思い出して嘔吐(えず)く。しかし、込み上げるものもなく、ただただ筋肉痛に似た鈍い痛みを伴った疲労感のなかに、わずかな痙攣を覚えただけだった。

 姿勢を維持する力もなくなった少女の視界には、いまにも脈動しそうな薄気味悪い本と自分の間、横たわっていた場所にある赤黒く濁って淀んだ液だまりが映った。それは紛れもなく、彼女が苦痛に悶えている最中に、その華奢な身体から溢れ出たものの末路だった。

 反射的に目をそらした少女の視線の先には、夜の帳が下りた小屋に差し込む光をわずかに反射している箔押しの封筒があった。およそ崩壊が進んだ彼女の周りにおいて、それだけが整然と、さも空想の産物であるかのごとく穢れを知らないままで存在していたのだった。

※次回は、7月27日に公開予定です。

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