Sieben
女性は掴んだ本を小屋の隅に投げ捨てる。少女はわけもわからず女性の動作を見届けた後、不快感のある腹部に視線を落とした。次の瞬間、焼けるような痛みが少女の下腹部を襲った。
「あ、熱い! 痛い、痛い痛い痛い痛い!」
少女はお腹を抱えるようにして、その場にうずくまって激しく悶えた。一方、女性は嘆息して、少女が息を荒げてのたうち回る様子を見守り続けた。助けを乞う声にも耳を貸さず、ただただ一部始終を眺めていたのだ。やがて、少女の動きも落ち着いてきたころ、女性はまだ呼吸も整っていない少女の脇に屈んで囁いた。
「お疲れ様。ようこそこちら側へ」
朦朧とする意識の中で、脳内に反響する女性の声はどこか優しく、見たこともない母のそれを彷彿させた。
「お母さん……」
止め処なく溢れる涙と唾液に塗れた顔で、熱を帯びた口腔に鉄の味を噛みしめながら、浅い呼吸にのせて漏れた言葉。それは、様子を見ていた女性も、少女自身でさえも、思いもよらないものだった。
少女の荒い息づかいだけが聞こえる小屋の中。女性は立ち上がり、小屋の隅、本を投げた方へと移動した。そこで床に広がった汚い本を拾い上げると、また少女の傍に戻る。
「時間はできたな。本はやるから、後は自分でやんな」
女性はそう言って本を、すすり泣く少女の顔の前に置いた。
「それから、あんたにはこれも渡しておかないといけない、な」
コートの懐から高級そうな光沢を放つ紙に箔押しされた封筒を、本の上に重ねておいた。そして、俯いて首を振りながら軽く溜め息をつくと、踵を返して崩れかけ小屋から出て行った。
まだはっきりとしない少女の視界には、沈みかけた夕日がキラキラと輝いて映った。
※次回は、7月20日に公開予定です。