Fünf
目が覚めた少女は、朽ちた木材と僅かな緑の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。そうして今、自分がどこで何をしていたか、ぼんやりと薄目を開けながら思い出していく。下腹部の違和感、全身の痛みと倦怠感、そして、淋しさを押し殺すように羽織った毛布を抱きしめた。
「どうして、私なの……」
重力に従ってこめかみに伝う涙。強く閉じた瞼の裏に、あの甲冑姿の男性が浮かぶ。今にも壊れそうな四肢を体の中心に引き寄せ、残った力を振り絞って上体を起こした。少女は自身の言葉に従って、彼の恩義に報いる術を手に入れなければならないと考えたのだ。
少女はまだ力の入らない足を引きずって、藁にもすがる思いで崩れた本棚に近付いていく。人が残した知識の片鱗から何かが得られると信じて。たとえ、その先に理解しがたい現実があったとしても、すでに満身創痍の彼女にとって今さら失って困るものなどなかった。
床に散らばった本の山の傍に、ようやくたどり着いた少女。彼女が見つけたのは、自分の中指の長さよりも厚く、日焼けなどの劣化でページがぼろぼろに傷んでいる本だった。ちょうど腕を伸ばした先にあった本の、その焦げ茶色の背表紙に指先が触れたとき、奇妙な違和感が背筋を凍らせた。
紙特有のざらついた質感ではなく、鈍い光沢のうえに滑らかな肌触りの表紙は、まるで、人のそれだった。感覚的に開くことを拒まれる本を手に取った彼女は、改めてその装丁の不気味さを間近で体験した。妙な重みは赤子を思わせ、持っているだけで脈動を始めそうな異質さを放っている。高鳴る鼓動が恐怖なのか、あるいは好奇心なのか、少女はおもむろに本を開いた。
広いページいっぱいに記述された言語は、識字率の低い村で育った少女にとって、到底読める代物ではなかった。それは、ある意味では彼女の想定通りだった。そして、数少ない知っている文字、知っている言葉を頼りに、内容の把握に努めた。
森に群生していた木の実や、近くで見つけた小川の水を口にしながら何日かの間、その不気味な本を読んで過ごした少女は、限界を感じ始めていた。最初は歯を食いしばって読んでいたものの、始めから最期まで目を通しても、意味の理解できる文章は一つとしてなかったのだ。
※次回は、7月6日に公開予定です。