Dreißig
明くる日、燃え尽きた炭の香りが漂う森の中に、エーリカの姿は無かった。
そして、ヒース・ウェッジウッドの名は、後に魔女狩りの英雄として語り継がれていく。その功績の上に、戦場においても成果を収めた彼はやがて広い領地と妻を得た。
時を経て、子宝に恵まれたヒースは、多大な愛情を注ぐとともに、上流の教育を受けさせた。しかし、才に秀でることもなく、彼は頭を抱えてしまった。
どんな教育者も首を振って匙を投げてしまう中、どうしても諦めきれなかったヒースは、伝手を辿ってようやく郊外に住む賢者の情報を耳にすることができた。焦りの見え始めていた彼の目に迷いはなく、その日の夕刻には馬を駆っていた。
すっかり夜の帳が下りたころ、息急き切って着いた情報通りの場所にあった家屋を見て、ヒースの心臓はより激しく鼓動した。記憶の彼方に追いやっていた景色が、蜃気楼のように浮かび上がってくる。
意を決して門を叩くと、程なくして中から妙齢の女性が姿を現した。
「何か御用でしょうか?」
その姿は思い描いていたものとはまるで違い、ヒースは安堵に胸を撫で下ろしてしまった。それから努めて冷静に話した。
「私は領主のウェッジウッド家の者だが、ここに住んでいるのは貴女だけか?」
彼女は驚きもせずゆったりと礼をすると、じっとヒースを見つめて答えた。
「これは領主様、ご挨拶が遅れてすみませんでした。ここには祖母と二人で暮らしております」
社交辞令にも似た口調で、彼女は問いかけた。
「如何なさいましたか?」
「いや、分かった。ならば貴女の祖母に合わせて欲しいのだが……」
ヒースが話を進めようとすると、彼女は急に表情を曇らせて言った。
「あいにくですが、体調を崩しておりますので、日を改めてはいただけませんか?」
今までよりもやや強めの語気に珍しく圧された彼は、渋々その願いを聞き入れ、治り次第連絡を寄越すよう託けて、自身の居城へと引き返した。
それから、待てど暮らせど知らせがないことに痺れを切らし、ヒースはもう一度彼女の家を訪ねた。
目的地が近付くにつれて、木の焼ける臭いが辺りに立ち込め、かつて彼女の家がった場所には、あの日と同じように黒焦げて倒壊したまま燻っている家の残骸があるだけだった。
場末の酒場で噂される不死の魔女は、今日も脈動する本を片手に彼の目の届かない場所を探して彷徨っているらしい。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
また、長い間お付き合いいただきましたこと、重ねて厚く御礼申し上げます。
今作は「魔女」を題材とした短編を週次で執筆する試みによるものでした。
読者の皆さまの心の隅に、エーリカの居場所を与えてくだされば幸いです。




